第10話 アインダーク・後編

「おぉぉっ!!」


 裂帛の気合いを込めて1つ目巨人サイクロプスの硬い皮膚をアインダークの持つ魔法剣、シゼルが切り裂いた!


 脇腹を通り抜けざまに抜き撃ったが、硬い皮膚を相手に渾身の斬撃も致命傷には至らない。


 2体のサイクロプスがアインダークの方へと向きながら巨大な拳を振り回す!


 嵐のような風圧の拳を屈んで避けて、懐に入りサイクロプスの太腿から肩口までを斬り上げる!


 やはり傷が浅い、とてつもない硬度だ。


 1度距離をとるとサイクロプスの傷は見る見るうちに塞がっていく。


 防御力に超再生、剣士にとって最悪な相性と言っていい相手だ。


 ビリーならどうする?


 不意にアインダークはそう考えた、サイクロプスの討伐難易度はBクラス。


 ビリーなら単独で苦もなく相手をしていた魔物だ、そう考えてアインダークは「くそっ」と小さく呟く。


 いつからそうなったのか。


 初めてアインダークがビリーを見た時、その目には羨望の光があった。


 たった1人で低位迷宮を踏破する男がいるらしい。


 その噂を聞いた時、思った事は「有り得ない」だった。


 まず、冒険者になって最初のランクはFランク。


 その時点では低位迷宮であっても立ち入りを許されない、只、死にに行くような物だからだ。


 屋外での討伐依頼や採取依頼を散々こなしてCクラスまで上がり、試験を受けてやっと入る事が許される迷宮。


 まず、入る時点で相当数が振るいに掛けられる。


 それでも、迷宮を攻略出来る冒険者は極1部だけだ。


 振るいにかけられても、大抵のパーティは満足に迷宮内を歩き回ることすら出来ずに死ぬか逃げ戻るのが関の山。


 そんな場所にたった1人でアタックを仕掛ける男。


 それがどうやら実在している。


 ビリーに初めて会った時はその雰囲気に痺れた。


 まさに、猛者だけが持つ空気だった。


 アインダークはビリーを必死に口説いてようやっとパーティに加入して貰った。


 それから、一緒に迷宮に潜る度にビリーから色んな事を学ぼうと、盗もうと努力した。


 何をやっても何一つアインダークはビリーに勝てなかった、何処と無く自分を下に見ているクラマリオでさえもビリーを一目置いていた。


 アインダークがビリーに抱いていた羨望と尊敬が、いつの間にか嫉妬と憎悪に変わっていた。


 何が何でもビリーに勝ちたい、その一心で剣を振った。


 何千回、何万回、何億回。


 剣に闘気を纏い、岩を斬り裂いてようやくビリーに勝てる事が一つだけ出来た頃。


 Aランクに上がり上位迷宮にアタックを仕掛けるようになってアインダークとビリーの力関係が逆転した。


 アインダークは凄まじい征服感を覚えた。


 やった、ようやっとビリーに勝った!


 そう思っていたのに・・・


 劣等感と敗北感は一切拭うことは出来なかった。


「はぁ、はぁ」


 汗をかいて巨体から繰り出される殴打を避け続ける、一発でも当たれば致命傷になりかねない。


 目の前にいるサイクロプス2体にジワジワと追い詰められていく。


 マナルキッシュはどうする事も出来ずに両手を合わせて見ているしか出来ない。


 飛び出していけば足手まといにしかならない事はわかっている。


『アイン、出し惜しみしていては死ぬぞ?』


 握った柄からシゼルの声がする、自分の中の魔力を使えと言うのだ。


 だが、アインダークは出し惜しんでいるのではない。


 自分の力だけで目の前のサイクロプスをどうにかしたいだけだ、つまらない意地を張っているのは分かっている。


 ようやっとビリーに勝ったのだ、今、シゼルの力を借りればビリーにまだ及ばないのを認めるようで気に入らなかった。


 シゼルの魔法を使ってサイクロプスを倒しても、ビリーに敗北を突き付けられるようで我慢ならなかった。


「シゼル、俺にあのサイクロプスは倒せないのか?」


『・・・ いや、余計な事を言ったな、黙っているとしよう』


 愛刀はアインダークの意思を汲んだ、アインダークは柄を握りしめ、喋る魔法剣プリムブレードを自分には過ぎた物だと改めて感じた。


「舐めるなよ」


 ビリーならどうするか、そんな事を考えた自分が馬鹿らしい。


 アイツに出来る事で俺に出来る事なんてほとんどない。


 逆に、アイツに出来なくて俺に出来ることは一つだけ。


 剣に、闘気を纏うこと。


 それだけだ。


 なら、やることはひとつ。


 サイクロプスを一撃で殺すか。


 再生を上回る速度で斬りまくるだけだ。


 アインダークはサイクロプスを睨めつけた、だが、すぐにフッと口元を綻ばせた。


 また、ビリーを意識して剣を振る自分が妙に滑稽に思えたからだ。


「いつからだ? ビリー、お前を、鬱陶しく感じた始めたのは・・・」


 呟きながらサイクロプスの攻撃を流れるような動作で避ける、サイクロプスの巨大な拳が起こす風圧さえ心地いい様な心境をアインダークは感じていた。


 プライドの高い自分が素直に凄いと思ったのに、いつの間にか誰よりも鬱陶しい存在になっていた。


 何一つ勝てない完璧な相手。


「あぁ、なんでお前を鬱陶しく感じてるのかは」


 アインダークの視線が一瞬、マナルキッシュを捉える。


「わかってるさ、わざわざ2人きりにしやがって・・・」


 刹那。


 サイクロプスの腕を斬り飛ばし、飛び上がって肩に乗り、サイクロプスの頭を脳天から顎までシゼルで貫いた!


 絶命したサイクロプスがゆっくりと倒れる。


 そのままサイクロプスの背中を蹴って、向かってきたもう一体のサイクロプスの拳を空中で身を捻って躱し、そのまま旋回しつつ首を斬る。


 アインダークが音もなく地面に足を下ろすと遅れてドスンとサイクロプスが巨体を地面に横たえた。


 余計な物、誰の援護も無く、自分の一部とも言える魔法剣も意識から消して。


 只ひたすらに自分自身だけを頼りに後ろのマナルキッシュを護る事を考えた時。


 ようやっと認めた、ビリーを鬱陶しく感じている訳。


 それを認めた瞬間、心の中が何処までもスッキリとした気分になった。


 そして、つかえが取れたように今までに感じたことの無い程の闘気が胸から溢れるのを不思議な程に冷静な頭で感じていた。


 集中力が極限まで高まったアインダークの闘気は鉄をも斬り裂く程に研ぎ澄まされた。


「相変わらず、アイツの思うように動かされてる訳か・・・」


 そう思ったアインダークは呟いて皮肉な笑みを浮かべた。

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