第9話 クラマリオ・前編

 あらゆる攻撃魔法を体得し、どんな敵にも、どんな環境でも最適な魔法を撃ち出す。


 彼はいつの頃からか【サウンドソーサラー】という称号で呼ばれていた。


 クラマリオ・クラッセン。


 クラマリオは今、誰もいない広間の地面に腰を下ろしていた。


 そこは扉が一つだけで他には剥き出しのゴツゴツした岩壁にぐるりと取り囲まれた殺風景な広間だ。


 扉を開けるには、この迷宮に一緒に入った自分以外の4人が来るまで待たなければならない。


 だから、クラマリオは部屋に入ってからずっと腰を下ろしてひたすらに待っていた。


 先程、この空間に入った時にビリーの通信の魔法球で告げられた彼の課題は〈全員が揃ったら次のフロアでパーティメンバーと戦うこと〉だった。


 それを聞いた時、クラマリオはやはり自分が1番ビリーに恨まれているんだと感じた。


 クラマリオは聞かれて意見を言うことはあっても率先して何かを言う事は無かった。


 アインダークとクーリーンがビリーに冷たくあたり、それをよく思っていなくてもクラマリオは何も言うことが出来なかった。


 だから、ビリーは自分にそんな試練を与えたんだろうとクラマリオは思っていた。


 クラマリオは銀色の風シルバーウィンドに最後に加入したメンバーだ。


 魔法学校を首席で卒業し、気弱な性格だが、それでも彼は自分が誰よりも優れた魔法使いだという自負があった。


 冒険者になろうとギルドに入り、アインダークにスカウトされてパーティに入った。


 入った理由はアインダークの持つ喋る魔法剣プリムブレードが気になったから、只それだけだった。


 そして、パーティで迷宮に入るようになり、パーティメンバーの1人に衝撃を覚えた。


 学校の教師でさえも何処か小馬鹿にしていた彼に初めて敗北感を与えた相手。


 それがビリーだった。


 クラマリオは攻撃魔法には凄まじい適正があったし、その他どんな魔法もクラス3までは会得していた。


 だが、ビリーは攻撃魔法は勿論、回復や補助、その他にも魔法陣や魔道具等。


 果てには剣の腕でもクラマリオが入った当初はアインダークにも全く引けをとっていなかった。


 全ての分野において非凡な才能を誇っている。


 攻撃魔法に関しては勝っていたが、それ以外では全てが負けていた。


 専業の魔法使いですら無いのに、だ。


 クラマリオは初めて他人に尊敬の念を抱き、ビリーについて回って色んな事を吸収した。


 迷宮での立ち回りを覚え、クラマリオがサウザントソーサラー等と呼ばれるようになったのはビリーのお陰だと素直に思っていた。


 サウザントソーサラーと呼ばれるようになっても、ビリーの幅広い魔法の知識と独自性の豊かな応用力にはまだまだ届かない。


 そんな彼について学ぶのが楽しかった。


 冒険者も、迷宮探索も悪くない。


 そんな風に、クラマリオが今の環境に馴染んだ頃だった。


 順風満帆に行っていた迷宮攻略が狂いだしたのはAランクに上がり、上位迷宮に挑戦を初め出した時。


 ビリーが全ての場面で決定打に欠けた。


 それでも、ビリーは常に迷宮攻略にあたって観察眼と洞察力でパーティの力になった。


 それなのに。


 ビリーの凄さが分からないアインダークとクーリーンがビリーを馬鹿にしだしたのだ。


 クラマリオはそれが許せなかったが、何も言えなかった。


 臆病な自分にも腹が立った、ビリーに励ましの声をかけることも出来なかった。


 自分がビリーを励ますなんて、そんなのは彼に対する侮辱だ。


 そんな言い訳をして、口をつぐんだ。


 ビリーはあんな低俗な連中の言葉なんて気にしていない。


 そんな言い訳をして、ただただ傍観しているだけだった。


 クラマリオは彼を助けない言い訳ばかりを頭で探している自分にどんどんと自己嫌悪を募らせた。


 散々ビリーから色んな事を教わり、散々助けて貰っておいてビリーが困っている時になんの助けにもならない。


 そんな自分が嫌で仕方なかった。


 クラマリオは1人、フロアに座り込んで涙を流していた。


 彼の頭はひたすらに逡巡していた。


(必ず、ビリーを苦しめたアイツらをビリーに変わって復讐してやる)


(そして、ビリーに謝るんだ)


(でも、1番悪いのはあの2人じゃないのか?)


(謝るべきはアイツらだ、僕じゃない)


(いや、1番悪いのは助けられなかった自分だ)


(自分が彼らを糾弾する資格があるのか?)


(違う、今からでも遅くない。 アイツらにビリーの凄さを解らせてやる)


(でも、やっぱり1番悪いのは・・・)


 そうやって、彼はパーティを待っていた。


 胸が苦しくなり、何度か吐いた。


 それでもクラマリオは、目に次第に闘志を燃やしていた。


 後暗い、危なげな炎だが、彼は必死に自分を変えようと心を鼓舞していた。

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