第7話 クーリーン・前編
通路の奥へと進むと魔法陣が薄い青色の光をぼんやりと放っていた。
「コレって、転移の魔法陣?」
クーリーンが魔法陣を見下ろして呟いた。
不安そうに周りを見回す。
「行くっきゃないか・・・」
クーリーンはクラマリオに言われた通りに魔法陣へと入る前にスクロールを読み上げた。
強い光を放つ魔法球がクーリーンの頭上に浮かぶ。
クーリーンはもう一度「はぁ」と溜息をついて円の内側に足を踏み入れる、体が引っ張られる様な感覚を覚えた瞬間に視界がブレて気が付くと辺りの暗闇を頭上の魔法球が照らしていた。
「あれ? なんか体が重い?」
クーリーンが首を傾げて手の平を見つめた。
そう思ったのも束の間、目の前にフッと魔法球が浮かび上がった。
クーリーンが「ちっ」と舌打ちをして魔法球に手を翳す、案の定、魔法球からはビリーの声が響いた。
〈クーリーン、あんまり舌打ちするのは良い癖とは言えないな〉
「なっ!?」
クーリーンは姿勢を低くしてショートソードの束を握り、辺りを警戒した。
〈ふふ、図星だろ? コレは録音した音声だ。 僕が直接喋ってるわけじゃないよ〉
クーリーンはおちょくられていることにまた舌打ちをして、舌打ちをした自分に腹が立った。
〈さて、冗談はこの辺にして。 クーリーン、今、体が重いだろう?〉
クーリーンは眉根を寄せた。
〈そのフロアは重力がキツくなっている、いかなスピードスターと言われる君でもそこでは凡夫といえる程度の速力しか出せないだろう〉
〈そうだ、僕の嫉妬の対象である君の足をもがせて貰った訳だ。 ここに用意した魔物は只のゴブリンだ、だが、そのフロアのゴブリンは重力の影響を受けていない〉
〈つまり、君は得意の足を止めて戦う事になる。 はははっ、まぁ、頑張ってくれ〉
通信はビリーの笑い声と共に終わった。
「くっそ、ムッカつく!! こんなに嫌な奴だったっけ! 見つけたら思いっきり蹴っ飛ばしてやる!」
魔法球に悪態をついて地面の石ころを蹴飛ばした。
もう一度手の平を見つめながら握ったり開いたりを繰り返す。
2、3回ジャンプをしてみた。
確かに体が重い、だが。
「はっ、舐めんじゃないわよ。 この程度の重力だったら関係ないっつーの」
そう言って通路の奥へと進む。
通路は狭い一本道、幅はショートソードなら振り回しても中心にいれば壁には当たらない程度には広い。
そんな計算をしながらクーリーンは歩を進めた。
辺りはクーリーンのカツっカツっという靴音以外は何もしない、靴音は石壁に反響してクーリーンにはやけにうるさく感じた。
不意にクーリーンが足を止める。
ジャリッジャリッと前方の暗闇からナニかが近ずいてくる音が聞こえた。
クーリーンはミスリルのショートソードをスラッと引き抜いた、羽根のように軽いクーリーンの愛刀。
足を活かす彼女にとってこれ以上無い剣である。
暗闇から浮かび上がったのは醜悪な顔をした
身の丈は120cm程度、知能はそれくらいの身長の子供にも劣る魔物だ。
切れの悪そうな短剣を持って、クーリーンを見ると嫌らしい笑みを浮かべた。
「ギャギャ、ウマソウナオンナダ」
ニタァっと笑ってヨダレを垂らす。
「うえぇ、汚ったない。 アタイこいつら大っ嫌いなんですけど」
ゲンナリした顔で腰だめに剣を構えた、一瞬でゴブリンの横を通り過ぎ、抜けざまに横薙ぎに一閃してゴブリンを真っ二つに斬り裂いた!
ゴブリンは叫ぶ間もなくドサリと倒れる、ゴブリンは顔が地面に落ちるまで自分が斬られた事を理解出来なかった。
「ふん」っと鼻を鳴らしてクーリーンは通路を奥へと進んでいく。
途中で何体かのゴブリンを斬ったが全く問題にしなかった。
「ラクショーラクショー」
そう鼻歌混じりに言いながら歩いていると通路の先が開けているように見える、そこから明かりが見えた
「あれ? もう終わり?」
ニヤリと笑いながら広い空間に足を踏み入れた。
「うげ、最悪」
空間はクーリーンが歩いてきた通路よりも1段下がっていて床がすり鉢状に窪んでいた。
壁に松明が添えられており、その松明に照らされた無数のゴブリンが手に棍棒や短剣、長柄の棒を握ってこちらを見ていた。
クーリーンの通って来た通路の真向かいに奥へと進む通路が見える、その通路へ空間がロートのようにすぼまっていた。
「嫌らしい、全部倒してから進めってわけね。 いーわよ、一瞬で蹴散らしてやるわよ」
前傾姿勢ですり鉢状の広間に突っ込んで凄まじい速さでゴブリンを斬り飛ばしていく!
ゴブリンはクーリーンの姿を捉えることも出来ずにどんどんその数を減らして行った。
「はっ! こんなゴブリン、1000匹いたってアタイに傷一つつけらんないよっ!!」
クーリーンはゴブリンの群れを縫う様に走り回って次々に切り裂いていく、ミスリル製のショートソードはゴブリンの着ているボロい皮鎧を裂き、骨をどれだけ断ち切っても鋭さは衰える事を知らない。
だが、広間の半分程のゴブリンを切り裂いた頃。
クーリーンが異変に気付いた。
当初はゴブリンに攻撃させる間もなく斬り殺していたのに、いつの間にかゴブリンの攻撃を避けてから斬っていたのだ・・・
「はぁ、はぁ、くっそ。 なにさ・・・」
クーリーンは更に速力を上げようと足に力を込めて地面を蹴る!
前方のゴブリンの胴を薙いで横っ飛びに飛んで並んでいたゴブリンの首を飛ばした!
続けざまに前方に踏み込んで逆手で下から斜めにゴブリンの体を切り裂いた時、頭に衝撃が走った!
「いったっ!!」
後ろにいたゴブリンが棍棒でクーリーンの頭を殴打したのだ!
「こんのっ!!」
クーリーンが剣を持ち替えて振り向きざまに首を斬る。
その瞬間、ゴブリンの棒がクーリーンの背中を突いた!
「がっ! くそっ!」
ゴブリンの棒を斬ってから1歩距離を詰めて首を斬る。
そこで一旦クーリーンはゴブリンの群れから距離をとった。
「はぁ、はぁ、くそっ、なんだって急に攻撃が」
肩で息をしながらクーリーンは毒づいた、広間にはまだ十数体のゴブリンがいる。
「消耗が早いな、そっか。 アタイが思いの他遅くなってんのね」
クーリーンは独り言を呟いきながら息を整える。
「・・・ もしかして、ビリーのヤツ。 この為に重力を?」
そこまで言ってクーリーンは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
「ちっ、ムカつく。 嫌らしい事考えるね、こんな程度でアタイがへばるかってのよ! はぁぁぁっ!」
クーリーンは気合いを込めて駆け出した。
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水晶球に映されたクーリーンを眺めながらビリーは薄く笑った。
「思ってたより早くボロが出たな、クーリーンは」
水晶球の中のクーリーンは額に汗を浮かべて振り回される武器を避けながら残り数体になったゴブリンに向かって行った。
その速さはスピードスターと言うには随分と鈍い。
「さぁ、ココからが面白くなる。 精々頑張るんだな、仕掛けは完璧だ。 スピードスターは、もうお終いだ」
そう水晶球の中のクーリーンに囁いてビリーは笑った。
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