第2話 亀裂
中位迷宮では全ての能力値が平均以上のビリーはパーティで常に中心人物だった。
クラス4の攻撃魔法に補助魔法、回復魔法までを操り。
元々が一人で迷宮へ潜っていたので罠の解除も扉の解錠も、なんでもこなせた。
唯一、出来なかったのが
低位迷宮の守護魔獣を1人で倒した時、その問題に当たって教会の推薦で初めてパーティを組んだのが回生の女神マナルキッシュ。
そして中位迷宮を攻略するようになり、名が通るようになったビリーとマナルキッシュのコンビに声をかけてきたのが当時、魔族の意思の解呪をしていたメンバーを失ったアインダーク率いる
ビリーは前衛が自分だけではマナルキッシュが危ないと思い、彼女の安全を考えてパーティ加入を決める。
中位迷宮を3つ攻略してAランクに昇格し、上位迷宮にも挑めるようになってから事態はビリーに良くない方へと傾き出した。
敵を仕留めきる事が出来なくなり、ヘイト管理をしようにも魔物の攻撃を受けきる事が出来ず。
出来る事は補助魔法でのサポート、罠の解除、扉の解錠、そんな役回りしか出来なかった。
それも、罠の解除はバラックも可能であり、扉の解錠はアインダークも出来る。
持ち回りすればビリーの特技は問題無く事が済んでしまうのだ。
一人でも低位迷宮を突破出来るほどの万能性を持ちながら特化した部分が無いだけに上位迷宮ではどの力も通用しなかった。
「おい、さっさとやれよ」
それを最近では露骨にアインダークが蔑んでくる。
「やめなさいアイン、感じ悪いわよ」
そんなアインダークの嫌味をいつもマナルキッシュが窘める。
「いいんだマナ、気にしてない」
ビリーが黙々とベヒーモスの解体作業を続ける。
解体を終えたベヒーモスの肉は腐っているので捨てる、皮や骨等の使えそうな部分だけをリュックに詰める、リュック3つ分。
それぞれを手分けして担いで睥睨の迷宮を後にした。
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「はははははっ! 最高だな!」
冒険者ギルド内の酒場でアインダークが上機嫌にグラスを掲げている。
「む、まさかベヒーモスの素材があんなに高額になるとはな」
バラックが重装備を脱いで椅子に腰掛けている、坊主頭に古傷だらけの厳つい風貌だ。
「ねぇビリー、魔水晶はいくらになったのさ?」
ショートカットのボサボサの黒髪、大きな目に大きな口。
見た目で人に性格がキツそうだなと思わせる歳若い女性、軽戦士クーリーン。
「上位迷宮の魔水晶は今までに4つしか持ち出されていない、だから鑑定も慎重になるから1週間は時間が欲しいそうだ。 それに、今までで1番の大きさだと言っていた。 高額になる分、金額を準備する時間もかかるだろう」
ビリーは応えて杯を少し傾ける、茶色がかった髪に眠そうな瞳。
険はあるが整った顔立ちだ。
「ちっ、辛気臭ぇ顔だな。 なんも出来ねぇ無能がよ! おいっ! 皆聞いてくれよ! コイツはベヒーモスを相手に目隠しも禄に出来なかったんだぜ! 誰かこの無能をパーティに貰ってくれよ!」
酒場の他の冒険者に向かってアインダークがビリーのくだを撒いた。
アインダークの言葉にそこにいた他の冒険者達は苦笑いを浮かべるしか無かった。
彼は金髪金眼で端整な顔立ちだが、今は嫌らしい笑みを浮かべていてとても魅力的とは言えない。
そのアインダークを尻目にテーブルの端でちびちびと酒盃を傾けているのは白いローブに身を包んだクラマリオ。
一度杖を振るえば凄まじい攻撃魔法を使いこなす彼だが、今は気弱そうに俯いている。
「いい加減にしてよアイン、なんでいっつもそういうこと言うのよ」
それを窘めるのは背中の中ほどまで届く長い銀髪を後ろで束ね、神官の衣装に身を包んだ美しいハーフエルフ、マナルキッシュ。
「けっ、いつもいつも女に庇われやがって! なんとか言ってっ」
アインダークがビリーを見ると、ビリーはいつもの眠たそうな目ではなく憎悪に満ちた目でアインダークを睨みつけていた。
その迫力はアインダークが言葉に詰まるほどだ。
「なんだよっ! ヤろうってのか!」
一瞬気圧されたアインダークだったが椅子を蹴って立ち上がる。
「・・・ いや、僕は寝るよ。 邪魔したな」
ビリーはそう言うとゆっくりと立ち上がり、酒場の扉へと歩いていった。
「なんだよ腰抜け、なんも出来ねーくせにいきがってんじゃねーぞ!」
一瞬、ビリーの体がピクリと止まったがそれもすぐに歩きだし、扉から外の夕闇に姿を消した。
その背中をすぐに立ち上がったマナルキッシュが追い掛ける。
「待ってよビリー」
外へ出て、ビリーの背中を見つけてマナルキッシュが声をかけるがビリーは足を緩めることなく歩き続ける。
「ねぇ、どうしたの? いつもはアインが何を言っても気にしないのに」
ようやっと追い付いたマナルキッシュがビリーの隣を歩きながら話しかける。
「・・・ 悪いマナ、今日は誰とも喋る気分じゃ無いんだ」
依然と前だけを見て自分に視線を寄越さないビリーに、マナルキッシュはいつもとは違う感覚を覚えた。
ビリーはアインダークに何を言われても眠そうな目で全く相手にしていない。
それが今日は明らかに機嫌を損ねている。
「ビリー、気にしなくていいじゃない。 貴方が何でも出来るからアインは嫉妬してるのよ」
マナルキッシュの言葉にビリーはピタっと動きを止めた。
マナルキッシュは2〜3歩先へ進んだ所でビリーが止まった事に気付いて振り返った。
「・・・ 妙な、気休めを言うんだな」
ビリーの声は低く、いつもの飄々とした雰囲気は全く無かった。
「・・・ だって、そうじゃない。 貴方は、」
「マナルキッシュ、僕の気持ちが君に分かるか?」
言いかけたマナルキッシュの言葉を遮ってビリーが囁いた、声は小さいがマナルキッシュはまるで怒鳴られたような気分だった。
いつもは"マナ"と愛称で呼ぶのにマナルキッシュと呼ばれたことで妙な心の距離を感じる。
「それは・・・ 私は分かっているわ、だって、ずっと一緒に」
「いや、分からないだろう。 君には分からない!」
ビリーが声を荒らげた。
ビリーのそんなところを見たことが無いマナルキッシュは言葉が出ない。
「すまない、今は心の余裕が無いんだ。 君に向かって怒鳴りつけるような真似はしたくないんだ、頼むから、1人にしてくれ」
そう言ってビリーはマナルキッシュに目も合わせずにすぐ隣を歩き去っていった。
今度はマナルキッシュは彼を追い掛ける事は出来なかった。
ビリーは既にほとんど人の気配の無くなった街の中の暗闇に姿を消した。
マナルキッシュは暫く立ち尽くしたが、少し頭を左右に振って来た道を戻った。
彼女はビリーが戻ったら、また2人で迷宮に行こうと、そう言う事を決めた。
コンビで一緒に迷宮に潜っていたあの頃に戻ろうと。
そうすれば、また前のようにビリーの顔から暗い影が消えて朗らかになる。
そう思ったから。
だが、ビリーはそれっきり。
彼女の前に戻ることは無かった。
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