カウントダウン 〜万能シーフの逆転パーティ追放劇〜

金城sora

第1話 睥睨の迷宮

「あ"あ"ぁぁぁっ!」


 ショートソードを操る女が巨大な魔獣の一撃でまるで子供の人形のように吹っ飛び、壁へと叩きつけられた。


「おい! 何やってんだよ!」


 いきなり背後に現れたダークリッチに気を取られていたビリーにパーティリーダーのアインダークが怒声を飛ばす。


「守護魔獣のブラインが切れてるぞっ! さっさとかけなおせっ!!」


 そこら中に横穴のある広い空間、その空間を支配するように辺りを睨め回している魔獣、その身の丈は2mを優に超える巨体。


 魔獣の瞳は、まるで虫のソレのような不気味な複眼。


 睥睨の迷宮の守護魔獣・複眼のベヒーモス。


 その複眼は包囲した王国の一個師団その全ての動きを見切り、無傷で全滅させたという逸話がある。


 ビリーがかけていたブラインが切れた途端に撹乱の為に走り回りながら切りつけていたスピードスターの異名を持つ軽戦士クーリーンの動きをいとも簡単に捉えて一撃で戦線から退場させた。


 クーリーンはいま、回生の女神・マナルキッシュが駆け寄り回復魔法をかけている。


 回生の女神と謳われるほどの治癒術師マナルキッシュが額に脂汗を浮かべている、クーリーンの傷は相当深い。


 ベヒーモスは今度はアインダークの動きを完璧に見切り、その大きな巨体を器用に動かして壁際に追い詰めていく。


「バラックさんっ!!」


 呪文を唱え終えたクラマリオが叫ぶと重戦士バラックがアインダークの前に出て大盾を構える。


「エリアスラスト!!」


 サウザントソーサラー・クラマリオがクラス7の最上位風刃魔法・エリアスラストで全方位からベヒーモスに攻撃を加えるがその巨体からは信じられない動きで躱し、弾き落として風刃の嵐の中を無傷で悠然と立っていた。


「なんて化け物だ・・・」


 仕掛けたクラマリオが呟き、立ち尽くした。


 ドカアァン!!


 エリアスラストを捌いたベヒーモスが向きを変えアインダークとバラックに襲いかかる!


 ベヒーモスの攻撃を重戦士バラックが受け止める!


 いかにバラックが凄まじい耐久力を持っていてもそう長くは耐え続けられないだろう、とてつもない一撃。


 ビリーはダークリッチを仕留めようとするがダークリッチは横穴の一つにその影を消した。


「くそっ」


 ビリーが小さく毒づいた。


「おいっ! さっさとブラインを掛けなおせっ!!」


 ビリーの掛けたブラインが切れたせいで一瞬でクーリーンが離脱、既に陣形はめちゃくちゃになりパーティは今にも崩壊の危機だ。


 ビリーはダークリッチからベヒーモスに意識を切り替えてブラインをかけ直す。


 ベヒーモスの複眼が暗く濁った。


「いくぜシゼルっ! オラオラオラオラァァッ!!」


 最大の武器である複眼を封じられたベヒーモスは打って変わって攻撃が単調になり、その攻撃を躱しながら懐に入ってアインダークが喋る魔法剣プリムブレード・シゼルで絶対零度の斬撃を幾重も重ねる!


 体温が急激に低下したベヒーモスの動きがさらに鈍る。


 重戦士バラックもロングソードを撃ち込み、傷から復帰したクーリーンが縦横無尽に走り回りながらショートソードでベヒーモスの巨体を手当り次第に切り刻んでいく!


 楽に圧倒しているようだが、それはこの冒険者パーティ・銀色の風シルバーウィンドが大陸にその名を響かせるパーティだからである。


「みんなっ! さがれっ!!」


「フリーリアフロスト!!」


 ビリーの掛け声で前衛の3人が下がり、そこへ完璧なタイミングでクラマリオのクラス7の最上位氷結魔法・フリーリアフロストが氷の結晶の中にベヒーモスを封じ込める!!


「やったか!?」


 静寂が辺りを包んだ。


「ぐおぉぉぉっーーーーー!!」


 そう思ったのも束の間、バキバキと亀裂が走り氷の結晶が割れてベヒーモスが雄叫びをあげた!


「なんてヤツだ!」


 アインダークが吐き捨てて喋る魔法剣プリムブレードを手に突っ込んでいく!


 その脇を重戦士バラックと軽戦士クーリーンが固める。


「クラマリオ、まだいけるか?」


 ビリーが最上位魔法を連発したクラマリオは肩で息をしている。


「はい、大丈夫です」


 余裕は無さそうだがクラマリオは力強く応える。


「よし」


 ビリーはブラインに集中を戻した。


 複眼のベヒーモスの動きが雄叫びをあげた姿勢のまま止まった。


 全員がベヒーモスを前に固まる。


「ははっ、なんだよ、ビビらせやがって」


 ベヒーモスを見上げてアインダークが息をついた。


 睥睨の迷宮の主、複眼のベヒーモスは立ち上がった勇壮な姿のまま息絶えていた。


 死してなお、冒険者パーティ・銀色の風シルバーウィンドを睨み付ける様は睥睨という名を冠したこの迷宮の主に相応しい最後だ。


「なんとか、やったな」


 ビリーが呟いた、その顔に喜びは薄い。


 喜びよりも疲労感が色濃く浮かんでいる。


 ビリーに向かってつかつかとアインダークが歩み寄る。


 俯いていたビリーが顔を上げた瞬間、アインダークの右拳がビリーの顔を撃ち抜いた。


「ちょっと! 何してるのよ!」


 殴られて倒れたビリーにマナルキッシュが駆け寄る。


「てめぇ、いきなりブラインを切りやがって! 生きてるから良かったものの、危うくクーリーンが死ぬとこだったぞ!! 下手すりゃ全滅だっ!! 目隠しもろくに出来ねーのかよ!? あぁっ! なんとか言えよ!」


 アインダークが胸倉を掴み、戦闘の途中でブラインを切らしたビリーに詰め寄る。


「すまない、背後に急にダークリッチが現れたんだ。 そっちに気を取られっ」


「ダークリッチなんか単体じゃなんも出来ねぇ雑魚じゃねーか! お前はそんなモンにビビって仲間を全滅させそうになったのか!?」


 アインダークがビリーの言葉を遮って怒鳴り散らす。


「もういーじゃん、アタイも生きてるし睥睨の迷宮もクリア出来たんだしさ」


 クーリーンがアインダークをたしなめる、傷を負った腹部を押さえている、アインダークを止めはしたがクーリーンの目はビリーを冷たく捉えていた。


「ちっ、ビリー、お前の取り分は今回は3パーセントだ! それで許してやる」


 突き飛ばすように掴んでいた胸倉を放してアインダークが吐き捨てた。


「あぁ、すまなかった。 それで構わないよ」


 突き飛ばされたビリーはなんとなく上の空だ。


 それを見てまたアインダークは「ちっ」と舌打ちをした。


「ビリー大丈夫?」


 マナルキッシュが手を貸してビリーを立たせる。


「ありがとうマナ、大丈夫だ」


「さっさと最奥の扉を解除しろ、お前の仕事だろビリー」


 アインダークに毒つかれながらビリーは最深部の扉の前まで歩いていき、扉に手を付けて細部を調べ始めた。


 このパーティ、銀色の風シルバーウィンドのメンバーは


 パーティリーダー、世界に三十一振り存在する喋る魔法剣プリムブレードの担い手、烈剣のアインダーク・コールダイン。


 凄まじい耐久力と魔法耐性を持ち、重戦士でありながら機動性も併せ持つ大盾と長剣の使い手、バラック・ダリアント。


 どんな相手にも億さずに立ち向かう切り込み隊長、スピードスターの異名を持つ軽戦士、クーリーン・アマルセン。


 数少ない最上位・クラス7の魔法を使いこなす魔道士サウザントソーサラー、クラマリオ・クラッセン。


 回生の女神と呼ばれクラス7の治癒魔法を的確に使いこなす治癒術師、マナルキッシュ・エインハート。


 迷宮に仕掛けられたトラップや扉の解錠の他に、多彩な補助魔術を使いこなすシーフ、ビリー・ザーシルト。


 彼らは世界最大のアメライ大陸でその名を知られたAランク冒険者パーティである。


「開いたよ」


 解錠を行っていたビリーが告げた、横合いから手を出してアインダークが両開きの石の扉を押し開ける。


 扉の先には守護魔獣である複眼のベヒーモスが護っていた迷宮の心臓、魔族の意思デモンインテンションと呼ばれる魔水晶が中空に佇んでいた。


 魔族の意思デモンインテンションは死んだ魔物の血や骨が液状化し、地底に溜まっていたものが長い年月で結晶化、死して尚も生者を喰らおうとする魔族の意思がその高純度の魔水晶に宿って迷宮を造り上げる。


 そして欲望に目のくらんだ者を誘き寄せ、罠や具現化した魔物で殺しては喰らう。


 迷宮の中には魔水晶から発せられた高濃度の魔力を吸収した鉱石や原石、更には死んだ魔物の遺骸を依代に産み出された迷宮の魔物を倒すと依代になっていた遺骸には高濃度の魔力が付随して良質な武具の素材や魔法アイテムの原料などになる。


 そして、なんと言っても最深部に隠された魔族の意思デモンインテンションと呼ばれる迷宮の心臓。


 その高濃度の魔力結晶は凄まじい高値で取引される。


「む、でかいな・・・」


 バラックが中空で妖しく輝く悪魔の意思デモンインテンションを見上げて呟いた。


「あぁ、凄いな。 コレなら白金貨で50は下らないぞ」


 隣でアインダークが顔を綻ばせて応じた。


「やったね、早く持って帰ろ!」


「よし、マナ、頼む」


「えぇ」


 マナルキッシュが前に進み出る、中空の魔水晶に手をかざして静かに祈る。


「死してなお生ある者を喰らおうとする魔族の意思よ、安らかな眠りにつき、その活動を止めなさい。清らかな祈りを捧げましょう、調和の神ノウの御子・愛の女神エルデリンに仕えしマナルキッシュが貴方に安息を与えん」


 マナルキッシュが祈りを終えると魔水晶がゆっくりと地面に降りてきて最後にふっと強く発光すると光を失った。


 魔水晶は愛の女神の加護を受け、その活動を止めた。


「やったな、コレで名実共にAランクパーティだ」


 迷宮には下級から最上位までの4つの段階があり、冒険者パーティはその実績に応じて入ることを許される。


 下級の迷宮は600あり、コレの攻略難易度はCランク。


 中位の迷宮は120あり、コレの攻略難易度はBランク。


 上位の迷宮は24あり、コレの攻略難易度はAランク。


 そして最上位の迷宮は5つ、攻略難易度はSランク。


 未だかつて、Sランクの迷宮を攻略した者は一人もいない。


 世界中の迷宮を攻略し、全ての魔族の意思デモンインテンションの活動を停止させれば魔物はこの世からいなくなり平和が訪れると言われている。


「よし、コレでこの迷宮の魔物は全て依代を残して消滅したはずだ。 行こう」


 アインダークの号令で魔水晶の間から銀色の風シルバーウィンドの面々が出る。


 ビリーは魔水晶を予備のリュックに入れて担いだ、縦1mはありそうな巨大な魔水晶はその質量に見合わずにとても軽い。


「おお! ついてるな!」


 ビリーが魔水晶の間から出るとアインダークの浮かれた声が聞こえてきた。


 ビリーが視線を向けるとそこには複眼のベヒーモスの体がほとんどそのまま残っている。


「相当な素材が取れんじゃない?」


 迷宮の魔物は魔水晶が魔物の遺骸を依代に生み出している、言わば仮初の肉体だ。


 大抵は死ねばその場に毛や骨の一部を残す程度だ、たまに大きな革や角、牙等を残してそれが素材となる。


 このような完全に近い姿を残すことは滅多にない。


 ビリーが解体しようとナイフとロープを取り出した。


 4本のロープをそれぞれ手足に結んでいく、結び終わってビリーが呪文を唱えるとベヒーモスの巨体がロープに引っ張られてフワリと持ち上がった。


「ビリーさんっ! なんですかそれは・・・」


 クラマリオが目を見開いた。


「ん? あぁ、クラマリオに見せるのは初めてか。 1人で魔物の討伐依頼をしてた頃に大型の魔物を仕留めたあと、解体するのによく難儀してね。 その頃に作ったんだよ、最近は迷宮に潜ってばっかりだったからあんまり使ってなかったもんな」


 なんでも無いようにビリーが喋りながら手を休めることなく動かしていく。


「凄いマジックアイテムですね」


 クラマリオが感嘆としながら呟いた。


「そんな事ないよ、このまま運べたら良いんだけど。 その辺の調整が上手く行かなくてさ、解体した後は背負って運ばなくちゃなんないからね」


「お前はAランクに上がってからこんな事しか役に立たねぇなぁ、ビリー」


 アインダークが嫌な笑みを浮かべてビリーの隣に立つ。


 ビリーは内心で溜息をついた。


(また始まったか)

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