最終話 ヒト助け

 「…ん…」

 疲れてその場で寝ていたのか…?…というかあれ?…従姉妹は?…夢だったのか?それにしてはかなりはっきりとしている…記憶は曖昧だけど。やっぱり夢…だったのか?さっきまで何があったのか覚えていない…。…夢というのは毎日見ているらしい。でもそれを自覚出来ていないのはその夢を忘れているから…ということらしい。ということは従姉妹がいたということも?…夢だから曖昧になっているのか?従姉妹がいたということははっきり覚えている。…そんな事…俺にはどうでもいいことか。隠れ家に戻ろう。そしてあの常識知らずはまた町に降りる時に…俺と会うのだろうか。…考えただけでもおぞましい。…従姉妹の事は考えるな…もう戻ろう。

 …あれ?サイレン?でも警察じゃない…これは…救急車?どうして?誰かこの近くで大怪我したのか?…でもそれは俺には関係のない事…警察も時期に来るかもしれない。そう思うとすぐにでも隠れ家に戻ったほうがいいと焦るようになった。なんだかここにいてはいけないという警告を体が発している気がする。

 …でもそれは…なんで?なんで警告を出しているんだ?

 「…やっぱりいた」

 「…誰だ」

 いや、違う。知っているけど…名前は知らない。あの時…従姉妹と一緒にいた大人だ。…待て、なんで従姉妹は一緒じゃない?孤児院の先生なら子供を守るために一緒にいるんじゃないのか?…なんで…蛍は一緒じゃないんだ?

 「…名前…分からないんだっけ。名乗っていなかったから。…特に君にとっては何でもない名前だろうけど…」

 「別に名前なんて聞いていない」

 「でも私は貴方と話がしたい。…しないといけない。…だから名前を教えないと…でしょ?」

 …どうしてだ。どうして関係がないのに話がしたいとか言うんだ。

 「わたしの名前は…」

 「…」



 「私の名前は日影色(ひかげ しき)って言うの。元々あの孤児院に預けられていた子供なの。今は、お世話になった孤児院の先生をやっているけどね。蛍の事は知っていたよ」

 …日影…色…。聞いたことがない名前だ。ということは知り合いでもないはずなのにお前は…どうして。

 「…どうして俺のところに」

 「言ったでしょ?私は貴方と話がしたいってだけ」

 …蛍の先生が一体俺と何の話がしたいっていうんだ?…俺とお前って何も関係がないから…話なんて出来ないと思うけど。そもそも話題すらも見つからないと思うんだが。話すことがある…蛍関連ぐらいしか思えない…蛍を許せって?今更か?

 「…さっき、救急車のサイレン鳴っていたでしょ?」

 「…確かに聞こえたが…何か関係でも?」

 救急車と俺がなにか関係しているとでも?俺は別に救急車なんて呼んでいないし、どこも怪我していない。…呼ぶなんて…。

 「蛍…病院に搬送されたの」

 「…それが?」

 「…転落事故でね。廃墟の屋上から…転落したらしいの」

 …廃墟の…屋上から?転落した?…あっ…。


 …夢だと思っていたのに。

 感情が爆発していた時の記憶が戻ってきた。

 俺は従姉妹の言葉が聞きたくなくて…謝罪の言葉なんていらなかった。

 鬱陶しいと思っていたから…聞くたびに怒りが沸いていた。

 …そして怒りが有頂天に達した時に俺は従姉妹を突き飛ばした。

 そこで視界が真っ暗になった…倒れたんだろう、極度のストレスで。

 突き飛ばして従姉妹の姿が見えなくなった…。

 …そして従姉妹が救急車で搬送された、転落事故で…。

 …まさか…あの時…従姉妹が屋上から落ちてしまったのか?

 …俺が…。

 「…今回の事…謝罪する。蛍に全てを話した。あの火事のことを」

 …話したから?それだけで謝罪するというのか?

 「蛍はそれを聞いて、貴方に謝ると言った」


 「…謝りたい…ね」

 「うん。お兄ちゃんに…謝りたい。そして…お兄ちゃんを助けたいの」

 「…会えばなんとかなるかもしれない。けどさっきの反応を見るに今度刺激したら蛍が死ぬかもしれない。…それでも行くの?」

 「それは…」

 「自分のことは自分で決める。だけど他人の生き方やアドバイスを参考にしてもいい。…蛍はどっちを選びたい?」

 「…お兄ちゃんに会いにいく。頑張って…幸せにしたいの」


 …従姉妹が?そんな事…を。…でも結局達成できないままだったけどな。…。

 「今度は貴方の番」

 「…何を言っているんだ?俺の…?」

 「蛍は貴方に会って助ける事を選んだ。…貴方はどっちを選ぶ?蛍を忘れて盗賊生活に戻るか、病院に行って蛍に謝るか」

 …後者の選択肢なんてありえない。俺は…もうこれしか生きる方法がないのだから。従姉妹さえいなければ俺はストレスなく…あの不自由な生活に戻ることが出来る。だから…。

 「ちなみに蛍は死期が近づいてきている」

 「…は?」

 「転落した際の頭の強打で出血が激しい。もう…生きる時間は少ない。恐らく貴方よりも早く死ぬと思う」

 …俺のせいで?俺が…え?俺は…もうひとり…殺してしまったのか?あれだけ…殺人者にはならないって決めたのに…なんで…。

 「…それを聞いてどうするかは貴方次第。病院へ行くというのなら協力する。誰にも見られずに安全に病院へ連れて行く」

 …病院…。…蛍。


 「お兄ちゃんが幸せに…」

 …あいつはどうして俺のことを気に掛ける?

 家族だから?大切な人だから?

 …それは違うと何度も言ったのになんであいつはそれを受け入れなかった?

 あんな言葉を発しても…俺のことを…家族だと思っていたのか?

 家族だから命をかけても助けようとしたのか?

 …馬鹿馬鹿しい…馬鹿馬鹿しいんだよ!本当に!

 どうして!どうして俺を助けるために命をかけたんだ!

 俺は助けてなんて一言も言っていない!助けなんて求めていなかったのになんで!

 お前の言葉でしか本当のことが知れない…!

 …卑怯だ…知るためにはお前に会いに行かないといけないなんて…。

 見捨ててもいい、そうすれば俺はあの不自由な生活に戻る。

 …だけどどうしても…「知りたい」という感情が消えてくれない!

 消えないのなら!好奇心を満たすしかないんだ!


 「…行く」

 「そっか。…それならこっちに来て。裏道を案内してあげる」

 この「人」もこの「ヒト」だ。「ヒト」の共犯になるなんて。でもこの「ヒト」は蛍から先生を呼ばれていた。…教師だから子供の成長にために?俺は何も関係のない子供のはずなのに…。…本当馬鹿馬鹿しい…それしか言えないのだ。

 

 「…ここの病室。私が見張っておくから…どうするかは自分で決めて」

 「…分かったよ」

 …共犯者になるか…。でもこの「ヒト」は優しい…見知らぬ、そして血縁関係もない俺を…いや違う。恐らく蛍のためでもあり、俺のためであるからだろう。この先…この先があるかはどうか分からないけど…もしかしたら来世でこういう人生にならないためなのかもな。

 「…」

 「…蛍」

 「…おにぃ…ちゃん…?」

 声が小さかった。蛍の隣には心拍数を計測する…機械が。ぴーぴーと音を立てている。…死期が近づいている。蛍の死期が…そしてもしかしたら…この俺も。

 「…死ぬらしいな。俺が突き飛ばしたせいで」

 「……」

 「…一つ聞かせてくれ」

 「…な…にぃ…?」

 お前の言葉じゃなきゃ意味がない。お前の真意を聞かなければ俺は未練があるままお前を天国へ見捨てるところだった。…せめて…せめて…これだけは聞かせてほしい。

 「どうして俺をそこまで気にかける」

 「…」

 「俺は言っただろう。お前とはもう家族ではないと。家族との縁は切っているんだ。それなのに…どうしてだ?どうあがいても俺はお前の家族にはならない。その事は理解しているのにどうしてそこまで俺を助けようとする。助けても何にもならないのに…」

 「…」

 家族だからという回答を送るのだったら俺は否定する。俺とお前は俺視点から見たら家族ではない。…縁は切っている…ならどう回答するんだ?お前は…。

 「…たい…せ…つな…ヒト…だから」

 「…は?」

 大切な「ヒト」?それってつまり「家族だから」という意味か?

 「家族…じゃなく…ても…い…い…。だけ…ど…私…から見たら…おにぃ…ちゃん…は…私の…たいせつ…な…ヒト…なの」

 家族じゃないけど…大切な「ヒト」だから俺を気に掛けるというのか?なんでだ。俺は「ヒト」なんだぞ?人の道を外れた大罪犯なのに気にかけるなんて…。

 「…そいつが「ヒト」でもか?」

 「…うん…。だって…好き…なん…だ…もん…」

 好きだから…。…こんな俺を?

 「おにぃ…ちゃん…私と…遊んで…くれ…た」

 「それは昔のことだ」

 「でも…こ…の恩…忘れ…ない…。でも…忘…れた…忘れて…しま…った…」

 「…」

 「悪い…事…した。…おにぃちゃ…んを…苦し…ま…せ…たから…」

 どうして?それだけで?

 「…それで命をかける意味なんてない」

 「ある…」

 「ないだろ…!俺が救われてもメリットがあるやつなんて俺とお前しかいないんだ!」

 「…ある…じゃ…ん」

 「…え?」

 「自分…いが…い…の…だ…れか…に…メリット…が…あるな…ら…それで…い…い。…意味…は…あ…るんだ…よ」

 …。

 「…はは…なんだ…それ」

 「…ごめん…」

 「謝るなよ。…ほんの少しでも…助けられたんだから、俺は」

 「…それなら…よか…っ…た…。生きる…意味…成し…遂げ…た…ぁ…」

 ぴ〜…

 蛍が目を閉じて横の機械が大きく鳴った。

 死んだ。

 死んだ。

 蛍が死んだ。

 …あの瞬間、俺は少しだけ憎しみから解放されたような気がした。

 …そして俺は蛍が死んでこう思った。

 ー死期が…俺も近づいてきているー

 「…ナースコールが緊急事態だと警告している。…数分したら看護師が来るだろう」

 …もう逃げる必要もない。

 俺は…逃げることが出来ない。

 「…もう俺が生きるメリットはなくなった。…だけど俺自身も死ぬべきだと思っているなぁ」

 どうせ死刑だ。

 俺は死ぬんだ。

 …だからせめて…我儘で罪人には許されないと分かっている。

 …だけど…最後だけ…最期だけでもいいから。

 …大切な「ヒト」と一緒の場所で…死なせてください。



 「…大切な「ヒト」との死…それが貴方にとって…一番幸せな運命…なのかもね」

 …貴方に一人だけでも受け入れてくれる「人」がいれば…

 創真くんのように明るくなれていたのかもね。

 …来世では…二人が幸せに暮らせますように…。

 心から…祈っているからね。


 ◯月✕日 午前2時

 町の病院で二人の遺体が発見されました。

 一人は転落事故で重症だった「神在月蛍」。

 もう一人は町で窃盗を働き続けた窃盗犯「神無月冬真」。

 蛍さんは転落事故で負った傷が原因で死亡したと考えられていますが、

 冬真被告はなぜ死亡したのか?

 警察は「自殺」の可能性があり、捜査を進めています。

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