第5話 謝罪と償い

 …鳥のさえずりが聞こえる。…あぁ…朝が…来たのか。夜ではありえないだろうし…そもそも俺…寝ていたからな。さてと、起きるとするか…。

 「…まだ頭の奥が痛い気がする」

 昨日のストレスがまだ解消されていなかったのか。寝ていれば治るかなと思っていたけど…どうやら事は簡単に進まないようだった。

 誰も頼ることが出来ない状況で精神をリラックスさせる唯一の方法は睡眠だった。俺は基本的に気分が悪かったり、体調が悪い時は基本的に寝ている。それしか方法がない。趣味も特技もない俺は睡眠でストレスや疲労を軽減するしかなかった。軽減と表現しているのは睡眠ではそれらをなくす事が出来なかったからだ。…基本的にストレスをなくすのは時間経過か好きなことをやって紛らわすことだ。後者の方法は出来ないため時間経過で俺はストレスを「忘れる」事しか出来ないんだ。

 「…それでもかなりストレスは残っているみたい…だな。十中八九従姉妹のせいだろうが…」

 はぁ…これ以上ストレスがたまらなければ…いいのに。従姉妹が俺に会わなければストレスが生まれずに済む。流石に俺も誰かを殺したくはない。感情の制御が不可能なぐらい感情が高ぶって爆発し、その勢いで殺してしまって我に返った時に自分が殺したと思い知る…そんな事があっては俺はもう極悪人だ。今のままでも極悪人だがもっとこれ以上極悪人となる。…俺は誰かを殺したくはない。従姉妹は大嫌いで殺したいぐらい憎んでいるが自分のためにも殺したくはない。…俺は大罪窃盗犯でいいんだ。今のままで…十分なんだ…。

 「…食料…あぁ、昨日は食料を盗んでいたから一日分しかないんだっけ。…今日も窃盗をするのかな。確定で盗まないといけないんだがな。…途中で従姉妹に会わなければいいが。…はぁ…行こう。町へ降りよう。

 「…どいつにしようか」

 獲物を探す。財布でも食料でもいいから何でも盗めばいい。実用出来るというのなら何でもいい。それほどまでに俺は生きていくのが大変なのだから。…従姉妹はいない。従姉妹と一緒にいた、あの大人もいない…これならストレスを抱えることなく窃盗を…。

 そう思っているとそう遠くない距離から…パトカーのサイレンの音が聞こえた。…こっちに近づいてきている?まさかここにいるのがバレたとでも言うのか?…撤退するか?捕まらないためには撤退をするしかない。…仕方がない、今日は撤退を…。

 「っ!?」

 後ろから足音が聞こえた。大勢の足音…俺のいる建物の屋上に向かっている。…警察官?それなら…逃げるしかない。隠れ家に行こうとしてもついていかれるだけだ。土砂災害の危険性がある山でも大罪犯を捕まえられる可能性があれば恐らく立入禁止区域でも平気で入ってくるだろう。これが…警察にとっての唯一無二のチャンスだというのなら!

 「…逃げるしかない」

 俺はすぐさま立ち上がって建物を飛び降りた。隣の建物と自分のいた建物の高さの差はそこまで差はなかったから衝撃はあまりなかった。…とりあえずどこかで警察を振り切らないと。

 「立ち止まりなさい!」

 後ろから警察官のような発言をした人間が近づいてきているのを感じる。…立ち止まれと言われて立ち止まる大罪犯がいるかよ。…残念ながら俺はお前たちみたいな「人」ではないので。俺は…「ヒト」なんだから。迷惑な大罪犯ですいませんでしたね。…これが生きる道なもんで。

 「…はぁ…はぁ…」

 地味に警察の足が速い。だけど微妙な差で俺が勝っているみたいだ、足の速さ。だけど振り切るにはだいぶ厳しい…どうすれば…曲がり角で無理やり振り切るしかない。なんだかテレビでありそうなバラエティ番組のようになったな。と言ってもこの状況がバラエティかと言われたらそう言った人物を殴っていると思うな。

 色々な建物を経由して警察官の視界から消えるように努力する。何度でも建物の中に入ったり、フェイントをかけたりして、警察官の目を誤魔化し、逃走していた。それは一般市民にも伝わっており、俺を追いかけている警察官以外の警察官は一般市民の護衛に専念している。一般市民の命を奪う気はさらさらないから気にするな。人質にするつもりもないし。…そこまで俺はクズではないからよ。悪人である時点でクズ野郎ではあるんだろうけどな。

 住宅街が見えて俺は一度屋根から降りる。一般市民がわんさかいるがこいつらは走る俺に怯えるばかりだった。…それが普通の反応なんだよ。普通…死ぬかもしれない状況では怯えて何もしないのが普通のはずなのに…なんで…母親は…。

 …そんな事を気にしている場合じゃない。ここの住宅街は入り組んでいる。迷路のように入り組んでいるから曲がりまくれば視界から消えてわからなくなるはず。それであそこの広い廃墟に身を潜めて、隠れ家に逃走する。…それでいい。完璧とは言えないが警察官を撒くには俺の頭ではこれしか思いつかない。極限の状態で思いついたのだからそこは誰かに褒めてほしいと思っているがな。…そんな事はないとは知っているのだがな…夢を見ないほうがいいなぁ。

 「待て!止まりなさい!」

 俺は住宅街を曲がり続ける。だけどしつこく、分かれ道になると人員を割いて俺を追跡している。…それなら…警察が予測できない逃走ルートを選択すればいい…!

 俺は次の曲がり角を曲がった。そして警察が到底予測できないルートをたどる。これは分かれ道がすぐあり…恐らくまたどちらかに行ったのだろうと予測するだろう。正解はどちらにも行っていない。…俺は…。

 「くそ…こっちに一部行ってくれ!あっちにも!本官はこちらにいく!」

 …予想通り…だ。それじゃあ廃墟に生かせて貰いますよ。…俺は家と家を隔てているフェンスの上を走っている。だから見つかることはない。そして警察官が俺が通る道を通り過ぎれば安全に廃墟に行くことが可能ってわけだ。…悪知恵はあるものでね。これが悪知恵はどうかは知らないがな。

 廃墟に無事に着いた俺は廃墟経由で隠れ家に戻ろうとした。廃墟は崩落の危険性があるから一般市民が近寄るとは思えない。廃墟マニアとか特殊な趣味を持つ人物がいなければ…それか廃墟の危険性を理解していない常識知らずか。…常識…知らず…。…まさかここでもあいつが来るのか?いや、そんなわけがない…そもそもここにいるなんて知らないはずだ…だから安心していい…。

 とりあえず隠れ家に戻るために廃墟の屋上へ行かないと…俺の隠れ家は山の中だから…山の上の方から隠れ家に戻ったほうが警察に見つかりにくい。遠ければ俺が枯れ葉を踏む音にも気づかないはずだ。地獄耳のやつがいたら最悪だけどな。…そんなやつそうそういないと思うけどな。…。

 「…よし…警察のやつはいない…これなら…」

 …。「ヒト」の気配がする。俺にとっての「ヒト」が。…どうして俺が去るときだけにいつも出てくるのか…。…血縁者だからか?…馬鹿馬鹿しい。俺とお前はもう家族ではないのに。

 「…そこにいるだろ。大声は出すな。大声を出した瞬間、お前の首を絞める。…死なない程度…だけどな」

 「…お兄ちゃん」

 だから「お兄ちゃん」と呼ぶなと前に脅迫じみた声で言ったはずなのに…こいつはやはり常識知らずだ。俺の気持ちをわかっているようで全く分かっていない。…理解者であると思いこんでいる偽善者…こいつと関わらなければ…今頃…。

 「ごめんなさい…」

 「…今頃かよ。無駄だ。謝罪なんて」

 遅すぎるんだよ、俺に対しての謝罪なんて…。だからさっさと失せろ。俺は言った。二度と会うなとそれなのにお前は俺に会いに来た…その意味は理解しているよな?感情が爆発するかもしれない。殺気のせいで俺が誰かを殺してしまうかもしれない。…これ以上極悪人になるのは勘弁だ。

 「…無駄でも…いいから。ごめんなさい…お兄ちゃん」

 「…なら失せろ。謝罪は済んだんだろ」

 「だめ。…私、恩を仇で返してしまった。だから…ちゃんと私、お兄ちゃんに恩返しをする」

 …恩返し?それが人助けということか?俺のような「ヒト」を助けるというのか?…馬鹿馬鹿しい…お前に俺を助ける理由なんてない…。

恩返しだから?仇で返してしまったから?謝りたいから?償いをしたいから?…それをやるメリットはお前にしかない!俺は別に助けてほしいなんて思っていない!それに俺を助けてメリットがあるのは俺とお前だけだ!他の奴らは?俺に死んでほしいと思っているだろうよ!すぐさま死刑にしたいとか思っているんだろうよ!そこまで…俺は極悪人なんだよ!「みんな」に死を求められている人物なんだよ!

 「恩返し…?馬鹿馬鹿しいったらありゃあしない…!人助けして何になるっていうんだよ!」

 「意味はちゃんとある!お兄ちゃんが幸せに…」

 「そんなわけないだろ!」

 「っ!?」

 幸せに暮らせるわけがない!もう…もう手遅れなんだよ!何もかも!お前がここで謝罪したとして!お前が俺を許したとして!それで一体何になるっていうんだ!世間に身を預けたら俺は死ぬに決まっているんだよ!死ぬんだよ!幸せになんてなるわけがないんだよ!不幸にしかならない!

 あぁ、そうさ!俺が極悪人だからだろう?だけど、俺の人生をそうさせたのはお前たちじゃないか!母さんは俺を見捨てた!親父は俺を捨てた!従姉妹は俺を不幸にさせた!友達は俺を裏切った!全員、俺がこういう人生になるのを望んでいたのだから!俺に悪人になれと言っていたから!俺が悪人になる以外の生きる方法を全て閉ざしてしまったから!あぁ…あぁ…!

 みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな!!!!!!!

 俺を不幸にして!!!!悪人にして!!!!

 「あぁああああぁ!!!」

 「…頑張って…お兄ちゃんが死なないように交渉するから…。私の…償…」

 「これが償いなわけがないだろ!!!ただの罪を重ねているだけだろ!!!」

 加害者が憐れむような目を持つんじゃない!さらに苛つくだけだ!加害者に謝罪されても何も嬉しくないんだよ!もう何も戻らないんだよ!だから謝罪するな!おかしくなる!もうこれ以上何も喋るな…!

 「でも…!私…お兄ちゃんのために…」

 「殺人者が何も言うなぁああぁああぁあああああ!!!!!」

 ー…あ…ー





 蛍は短命みたいなんだよ。

 成虫して数週間で死んでしまうんだってさ。

 生きられるのはたったの一年だけ。

 一年の大半は水中で生きている時期なんだって。

 成虫になって景色を見られるのはほんの少しだったんだよ。

 儚い生き物って…悲しいよね。

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