第4話 意図的ではなくても殺人は殺人

 「…あぁ…あぁ…」

 頭が痛い…。恐らく怒りで頭痛が起きている…。ストレスを常に抱えている人生でもっとストレスを抱えることになるなんて…こんな人生…本当は望んでいないのに…。…従姉妹に会うんじゃなかった。というかあいつが従姉妹だったなんて知りたくなかった。知らなかったら、ただの常識知らずだけで済んだのに…。

 …あぁ…かなりしんどい…今日は食欲がないから…もう寝よう…食料は保存してあるから…腐りはしない…。こんな時にこのストレスを話せる存在がいたら…こんなに苦しまなくてよかったのかな…。…従姉妹にはいるんだろうなぁ…。…だめだ、アイツのことを考えるとさらに頭が痛くなる…。何も考えるな…ただ…眠りにつけばいいだけだから…。


 「…お兄ちゃん」

 孤児院に戻ってきて、私は心に穴が空いたかのような状態になった。いつもやっている家事も今はやっていない。…これじゃあ「いい子」じゃない。だけど今はそういう場合じゃなかった。

 …神無月…それは私の従兄弟の家系でかなり仲良しだった。冬真お兄ちゃんは本当のお兄ちゃんではないけど私のとってはお兄ちゃんも同然の存在だった。…私が本当に小さい頃、お兄ちゃんと一緒に遊んだ。何かやってもお兄ちゃんが勝って、そして私は「次こそは勝つもん!」とか言って夕暮れまで遊んでいた。…お兄ちゃんは優しかった。だけど火事が起こってお兄ちゃんはお兄ちゃんのお父さんのところへ引き取られることになった。その数日後に私は施設に預けられた。それで長い間、お兄ちゃんに会っていなかった。4年ぐらい会ったことはなかった。…久しぶりの再会…それは感動の再会ではなかった。お兄ちゃんは変わっていた。私に向かって悪意を放っていた。…いや、悪意どころの話ではない。あの目は「私を殺したい」と訴えている目立った。あの目が怖くて…何も言えなかった。

 …どうしてお兄ちゃんは変わってしまったんだろう。私が大嫌いという目をしていたから…変わってしまった原因は私?でも私に心当たりは…。いや、私に心当たりがなくても…変わってしまった原因が私にないと言い切ることは出来ない。…先生に聞かないと。

 変わってしまった原因の根本を考えてみた。私達が出会った最後の日…それは…火事の前日、それまではお兄ちゃんはいつもどおりのお兄ちゃんだった。…なら変わってしまったのは…その日の翌日…火事が起こった日?そういえば私は取り残されていたんだっけ。それでとある女性が助けに来てくれて…。…そういえば…なんで先生は「とある女性」って曖昧な言葉で言ったんだろう?身元がわからなかったとか?それとも…もしかして何か密接な関係にある人物だったから…知ると傷つくだろうから教えなかった…とか?この2つならありえるかも…。先生に…詳しく聞かないと。

 「先生!」

 「蛍…?」

 「あの…火事の事教えてくれませんか!?」

 「火事…!?でもそれは…」

 先生は言いにくそうにしている。…やっぱりお兄ちゃんが変わった理由と何か関係があるのかな。これを聞けば…何か…。

 「お願いです!聞かせてください!」

 必死に説得する。10歳の私では説得はかなり下手だけど…お兄ちゃんについて何か分かるかもしれないんだ…!お兄ちゃんがあれほどまでに私を嫌っていた理由を知りたいんだ…!

 「…分かった。…カウンセリングルームに行きましょう」

 誰にも聞かれたくないからか私を空いているカウンセリングルームに連れてきた。…もしかしたら私がかなり傷つく事実が隠されているのかもしれない。だけど…知るためには仕方のないことなんだ。

 「…あの火事、とある女性が死んだと言ったでしょ?」

 「…うん」

 とある女性の正体…それが関係しているのかな。

 「あの窃盗犯…貴方の従兄弟である「神無月冬真」だと知ってびっくりしたよ…。指名手配犯とはいえ名前が一緒だと思っていた…。…顔が張り出されていなかったから…。…4年前火事で死亡した女性の正体…名前は「神無月小春」…聞いたことあるでしょ?」

 …神無月…小春…あれ…それって…。…その人って…!知っている…知らないわけがない…!

 「お兄ちゃんの…お母さん…」

 「…ええ。本来なら先に避難していたのだけど…貴方を救うために火の海に飛び込んで…貴方を救った代わりに小春さんが死亡したのよ」

 …火事で…私を助けるために…だからお兄ちゃんは私のことが嫌いなのかな…。私がいたから…お兄ちゃんのお母さんは死んじゃったのかな…。…だから偽善者と言ったのかな。…。そっか…。

 「話はこれだけでは終わらない。私が火事のことを貴方に詳しく言わなかったのは…」

 ー貴方が火事の原因を作った「ヒト」だったんだからー

 「…え」

 …私が…火事を起こした?

 「警察の捜査で火元はキッチンだと判明された。そして揚げ物の最中に…火が燃え上がった。消そうとした貴方は…揚げ物の鍋に思っきり水をかけたのよ。それで火が大きくなって火事が起きた」

 …あぁ…そう…だったんだ…。…そりゃあ…お兄ちゃんも…私のこと…恨むよね…嫌いになるよね…殺したいって…思うよね。私が…お兄ちゃんの家族を奪ったんだから…。…お兄ちゃんにとって…私は…復讐の対象に…入っていたんだ。

 「…あと…冬真くんを知りたいのなら…一つだけ教えることができる」

 「…お兄ちゃんのこと…?…教えて…ください…」

 …まだ何かあるの?私が火事で小春さんを奪ってしまって…お兄ちゃんにまた何か起きたの?…それなら…全ての元凶は…私ってことに…。

 「…この町で4年前…火事の数カ月後…町内で殺人事件が起きたの。その容疑者…というより犯人は…蛍の従兄弟…冬真くんだったのよ」

 …え?お兄ちゃんが…殺人を?なんで?私が原因で殺人を犯してしまったの?私が?私が…お兄ちゃんの人生を壊してしまったの?

 「被害者は冬真くんの実の父親「神無月夏人」…。日常から冬真くんに対して暴力と暴言を振るっていたと…裁判で言っていたの。もともと冬真くんの親権は小春さんが持っていたけど死んでしまったから夏人さんに移ったらしいの。冬真くんは日常的に振る舞われる暴力や暴言に耐えかねて殺人を犯してしまった…らしいわ」

 …小春さん…いや違う。あの火事が起きてしまってお兄ちゃんは私に全ての幸せを奪われてしまったんだ。お兄ちゃんは…絶望の底に叩きつけられてしまったんだろう。…一つの出来事のせいで。だからこそ全てを奪った出来事…その発端を恨んだ。父親よりも母親よりも…恨んだ。それが…私。元凶である私だった。…謝っても…許されないことだなぁ…。

 「その後、どうして冬真くんが窃盗犯になったかは不明…でも…仮説を立てるというのなら…彼は世間に受け入れられなかったのではないかしら」

 「世間に…?」

 一つの出来事で全ての幸せが壊れる。それでもう幸せだった頃に戻ることが出来ない…最悪な未来しか待っていない人生になった…。そういう未来が見えている時点でお兄ちゃんはこの人生に何も期待なんて抱いていないのだろう。

 「…冬真くんは殺人犯だけど少年法で無罪になった。だけどその後は…世間の人々から受け入れられず償いすらも出来ず、生きるためには窃盗犯になるしかないという決断をしたんじゃないかしら」

 …あぁ…全部私のせいなんだ。私が起こしてしまった火事によって…。私、あんなにもお兄ちゃんにお世話になったのに。いっぱい恩もあったのに…恩を仇で返してしまった…。私は…最低な「ヒト」…だ。

 …ごめんなさい、お兄ちゃん。



 「…言うしか…なかったんだね」

 「…放っておけなかったとでも言おうかな。なんだか貴方と蛍ちゃん似ているんだもの。根本的な部分が」

 「…そうかな?」

 「自分の事を知らないから何も出来ないってところ」

 「…あぁ…そうかもね。というか君…だいぶ変わったよね。昔はおてんばな子供って感じだったのに…今ではこんなに大人っぽく…」

 「えぇ?そうなの〜?」

 「…ごめん。オフの時は昔と変わらない性格だ」

 「それ遠回しに私を子供扱いにしてない?私はもう24歳なんだからね〜!」

 「オンとオフの時の性格の差が激しいなぁ…。さすがAB型…」

 「むぅ〜。もう、私はお風呂に入るから〜!」

 「沸いているから、どうぞ」

 「準備万端だね〜」

 ー創真くんー

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