第2話 人の逕溘″方

 「財布…取り返せると思ったのに」

 そう小さい声であの女の子の声が聞こえたような気がした。自惚れていたのか?だとしたらこれは良い教育になったはずだ。盗賊は盗んだものは返さない絶対的な悪党だということをな。

 というか盗賊に対して「返して」なんて…悪党の常識を知らないのか。…そもそも罪人とか悪人とか…そういうのを知らないのか?だとしたらあいつはかなりの世間知らずだ。テレビでは毎日のように誰かを逮捕したとか、警察が犯人の特定を急いでいるとか…犯人を追跡しているとか。そういうのが色々ニュースになっているというのに…。テレビすらも見ていないのか?あいつは…。

 …あの女の子についてはもう考えないでおこう。とりあえず色々買っておかないと。顔は知られていないから、財布さえバレなければいい。この財布のお金を俺の財布に入れてそのままスーパーに入る。身長とかで逮捕されるのが一番嫌だけど相手も決定的な証拠はないはずだ。誤認逮捕を防ぐために警察は容疑者を逮捕する時は証拠を揃えてから逮捕するはずだ。証拠さえなければ俺は逮捕されることはない。

 さてまずは隠れ家に戻らなければ…。

 

 「ごめんなさい…!」

 「い…いえ大丈夫です。頭を下げないでください」

 「むしろ…私達のために追いかけてくれてありがとうございます。しかも、貴方…まだ子供でしょう?子供ですから無理しないでください」

 子供だから無理しないというわけにはいかない。…まさか…人の大事なものをとってしまう「ヒト」がいるなんて…もしもう一回会ったら話さないと…返してくれないかって…。…こういう時、どうすればいいんだろう。先生に聞けば…何か分かるかな。対処法というよりどうすれば盗んだものを返してくれるのか…。

 「蛍(ほたる)!」

 「あ、先生…ごめんなさい」

 「いいの。ねぇ、大丈夫!?怪我とかしていない!?」

 「大丈夫です…でも財布が…」

 「そう…。でもいい子ね。人のために何か行動出来るというのは」

 いい子だと言われた。先生に「いい子」と言われるのはいいことなんだ。「神様」を代理して先生が私に言った事…「罪を犯さない良い人間で有りなさい」と。罪というのはよく分からないけど…「いい子」と言われているということは私は「良い人間」になれているということ。「神様」は私のことをずっと見てくれているのだから。…「神様」に見せられる人生を送らなきゃ。

 「これからも…がんばります。先生」

 「無理はしないでね。命はこの世で一番尊いのだから」

 「分かりました。命を大切にします」

 命を捨てない。無理もしない。…でも困っている人は放ってはいけない。そう先生に言われたんだから。…きっと「神様」もそう言ってくれている。

 このような事があった後…私は住んでいる施設に先生と一緒に戻った。先生は辺りに注意をはらいながら施設に戻った。先生はいつもみんなの事を気にかけてくれている。とても優しくて…子供への愛がある人なんだと思う。私のことも愛してくれているし、私以外の他の子供たちのことも…愛してくれている。私は将来、そんな先生のような存在になりたい。みんなを平等に愛す「良い人間」になりたい。

 「ただいま〜」

 「おかえり。部屋に戻ったらお祈りも忘れないでね?」

 「はい。先生」

 そう言って私は先生と別れて私は自分の部屋に向かった。自分の部屋の前にある扉を開けて靴を脱ぐ。かばんとか洋服は全て片付けて部屋を清潔なままにする。洗濯はいつも先生がやってくれている。いつか自分で洗濯が出来るようにならないと。洗濯機の使い方…未だによく分かっていないなぁ…。

 自分の寝室に行って神棚のようなところにある十字架に向かって祈る。学校の友達から聞いたけど私のいる施設はこの国とは違う宗教に入っていて「神様」が全てを創造されたという教えを持つ宗教みたい。この施設の名前は「聖アフロディーテ孤児保護施設」…という長い名前。みんな長いから「孤児院」と普通に呼んでいるみたい。ここ辺りの孤児院はここしかないから「孤児院」と呼んでもここだとみんな分かる。「ふぅ…明日も良い一日になりますように…」

 欲望を大きくしてはだめって…「神様」はそういう「願い」は叶える気はないんだって。悪い願いを持ってはいけないんだって。だから私は平和を願う。みんなが平等に幸せになれるように願う。でも先生は言った。

「いつも神様に頼ってはいけない。神頼みは最終手段。どうにもできない時に神様を頼りなさい」…と…。

 「神様」だって「自分」があるのだから。いつも私一人だけを助けてくれるわけではない。えこひいきしないためなんだって。みんな平等に助けるためなんだって。だからいつか一人でなんとかしない時が来るんだって。だから私は一人で問題ごとを解決できる強さを持たないといけない。「神様」だってその問題ごとの時に助けてくれるかどうか分からないんだから。

 「よし。…これからどうしようかな」

 先生は今の時間帯忙しいと思うし…ああいう「ヒト」に対してどう接せば良いか知りたいな。…今の時間帯…暇なのは…「教祖様」かな。

 「教祖様」。この孤児院の設立者で学校で言うところの校長のような存在。孤児院で子どもたちに「神様」の教えを伝えている。いつも教祖様の間にいて祈りを捧げている。…耐久力あるよね、といつも思っている。

 「教祖様〜」

 「あ、ごめん、蛍ちゃん。教祖様は今現在、重要な祈りの最中とかで会話を禁じられているらしいよ」

 「あ、メイさん!」

 この人は合海明先(あいかい めいさき)。明先という名前が言いにくいというのがあってみんなから「メイ」と呼ばれている。メイという呼び名には女の人が予測されるけどメイさんは男の人。「男の人」と表現したけどメイさんはまだ高校二年生で文系のかなり偏差値が高い高校に通っているみたい。「神様」について調べている事が多くて、「神様」に関しての知識はこの孤児院の中で二番目にいっぱい持っている。紫色の髪の毛でパリピだと勘違いされやすい。

 「それでどうしたのかな?何か教祖様聞きたいことあったの?」

 「はい…ちょっと…」

 「それなら教祖様の代わりに僕が話を聞いてあげようか?」

 やっぱりメイさんは優しい。…こんな話をしているとまたメイさんが女の人だと勘違いされてしまうよ。ちゃんと男の人だからね。髪型もショートだし…それは関係ないか。

 「お願いします。…実は…」

 僕はメイさんにあの「ヒト」のことを話した。あの「ヒト」に対してはどう接すればいいかああいう「ヒト」に会ったことがない私にとっては分からなかった。そういう存在に対してどう接するのが一番の最善な手段なのか…。子供である私は大人に聞かなければ理解できないんだ。

 「…そうなんだ」

 あれ?メイさんの顔が少し険しくなったような…もしかしてあの「ヒト」って悪い「ヒト」?…悪い「ヒト」なんて見たことないから…どう接すればいいか…。

 「…そうだなぁ…確かに僕もある程度質問には答えられるけど…教祖様のほうが良い答えを出してくれるかもね」

 「メイさんじゃだめなの?」

 「僕は…そこまで宗教に詳しいわけじゃないし…人間の定義についてもよく分かっていないから」

 なんだか不思議なことを言うなぁ。人間の定義?宗教?それがなにか関係しているのかな…。人の心なんて…その人から聞かないと分からない…。

 「そろそろ教祖様が出てくる時間帯だから…その時に聞けば良いんじゃないかな」

 「分かりました」

 「うん。あと敬語はいいから」

 メイさん…何か隠しているような気がするんだけど…気の所為…なのかな?

 「あれぇ?メイちゃんに、蛍ちゃん。どうしたのかな?」

 「教祖様、メイちゃんというのはやめてください。僕、男の子なので。一応」

 教祖様だけだよ…メイさんの事をメイ「ちゃん」っていうの…。みんな「メイ」か「メイさん」って呼んでいるのに…なんで女の子のように見せるかなぁ。メイさんが男装しているみたいにされちゃうよ。

 「教祖様。蛍ちゃんが教えてほしい事があるみたいですよ。だから教えてあげたらどうですか?」

 教祖様。孤児院の設立者で…かなり軽い。教祖様って言ったら敬語で清楚なイメージがあるけどここの教祖様は真逆。かなり軽くて誰でもフレンドリーに接する陽キャの極みみたいな人。だから接しやすいのだと思うけど。

 「教祖様…あの…」

 「うん。ゆっくり話していいよ」

 「それじゃあ僕はこのへんで失礼します」

 メイさんは扉を開けてこの部屋を出ていってしまった。だからこの部屋には教祖様と私しかいない。…秘密の話をするにはうってつけだなぁ。

 私はあの「ヒト」のことについて教祖様に話した。メイさんがそう勧めてきたから。…そういうのはだめかな。だって悪い事があればメイさんのせいにしてしまいそう。責任転換は悪いことなんだって先生からきつく教えてもらっている。…責任はちゃんと感じるべきなんだって。自分が背負った責任はちゃんと背負わなきゃいけないって…。

 「ふむ…その盗賊に対してどう対処すればいいか…」

 「はい…」

 「君は今までああいう「ヒト」を見たことがないのだろう?だから君は対処法が分からなかった」

 …うん。ああいう「ヒト」は見たことがない…。

 「そういう「ヒト」は罪人だ。神様の教えに背く許されない「ヒト」だ。…だから更生させる必要性があるんだ」

 「じゃあ、どうすればいいのですか?更生させるには…」

 「警察に伝えられれば良い。そうすれば警察がその「ヒト」を反省させてくれる」

 「わかりました。今度は警察に伝えます」

 …また会う時はちゃんと接する方法を知っている。だからきっと盗んだものも返してくれるよね…。大人の教えが間違っていなければ…だけど…。子供は大人の教えを聞いていないと成長できないから。

 「それじゃあ私は、また三珠様にお祈りしているよ。何か分からない事があれば祈祷室へ来てね」

 三珠様…あぁ、「神様」の名前だっけ。…絶対に「いい子」にしているから。三珠様。





 「…やっと始まったんだ。君のところも早く聞かせてよ?僕は「彼女視点」からでしか見えないのだから」

 「全てが終わってからにして。完全記憶能力持っているから投影するのも難しくはないでしょ?」

 「だね。君だってそうなのだから」

 「そうね。…じゃあ、見届けようか。…」

 ーメイー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る