ヒト助け
岡山ユカ
第1話 ヒトの生き方
…あぁ、聞こえる。
俺が忘れたい、記憶に宿る音が聞こえる。
あの頃からだったのだろうか、俺が人ではなくなったのは。
人の理、法、道に外れてしまった俺が。
「待ってよ!母さん!」
「離しなさい、冬真(とうま)!従姉妹があの中にまだいるのよ!」
「無茶だよ!あの中に…飛び込むなんて!従姉妹の家は火の海なんだよ?生きて帰ってこれるわけないよ!」
「私の子供のような子なのよ!まだ…まだ泣き声が聞こえるの!消防車はまだ到着していないのだから…この場であの子を助けられるのは私だけなの!」
「待って!死ににいくようなものだって…!」
「いいえ!子供を守るのが…親の使命だもの!」
「待って…!俺を…」
置いていかないで!
そして母さんは火の海に飛び込んでいった。
数分後、消防車がついて従姉妹は救い出された。
どうやら母さんが命からがら窓から逃したらしい…。
だけど…母さんは…帰らぬ人となった。
焼け跡から母さんの遺体が発見された、骨だけだったけど…。
俺の証言もあって…母さんの遺体だとされた。
従姉妹は施設へ預けられた。
俺は大嫌いな親父の元に暮らすことになった。
でも親父は俺に対して暴力を振るうばかりだった。
俺が何をしても俺を怒る人だった。
…だから我慢が出来なくなった。
悪人になってもいいから、この生活から解放されたいと願って。
誰も助けてくれなくていい、人助けなんて…。
馬鹿馬鹿しい、命をかけても何にもならないというのに。
他人のために命をかけるやつは…ただの馬鹿だ。
「…静か…だ」
俺は神無月冬真(かんなづき とうま)。今現在、指名手配されている神無月真夏を殺害した最有力容疑者であり、複数の窃盗を繰り返した窃盗犯でもある。要するに世間からは許されない大罪犯として名が知れ渡ってる。警察も俺を探している、逮捕するために。逮捕されたら俺に待ち受けるのは死刑だろう。それは少年法で無罪になるだけだ。俺は今年で14歳。まだ少年法の対象内だった。だからというわけではないが。
今、俺は隠れ家にいる。誰も来ない山の中にひっそりとある廃棄された山小屋…それが俺の隠れ家だった。ここは土砂災害が多く警察も手が出せない立ち入り禁止区域で隠れ家にはぴったりだった。一回だけ土砂災害に巻き込まれそうになった時があったが運動神経はいいのでなんとか振り切った。
…どうして俺が窃盗なんかやっているかというとそれしか俺の生きる道が残されていないからだった。施設に預けてほしいと言っても誰も殺人犯のことを保護したいなんて思わないだろう。俺は施設に預けられた従姉妹とは違い、大嫌いである親父のもとに戻された。そして暴力や罵倒など…耐えられなくなって俺はついに人の道を踏み外した。14歳だけど殺人犯を保護したいなんて思われず、一人で生きるしかなかった。まともな教育をあまりされていなかったから俺は窃盗とかで生きるしかなかった。まともな教育を受けていたら今頃…どうなっていたんだろうか。ちなみに窃盗犯になって今年で四年目だった。めでたくはないが。
俺はこの生活に満足しているわけではない。窃盗だってやりたくてやりたいというわけではない。頑張って罪を犯さず、生きろとか言われたら「絶対に無理」と応えれる。ゴミ箱にある食料を食べると体に悪く、病気になる可能性が高い。家がなければ冬を越す事ができない。…窃盗を犯さなければ…生きられないんだよ。俺は一人で生きることを強要されているのだから。
だから誰も俺のことを助けてくれはしない。別に俺自身も誰かに助けを求めているというわけではない。だから別に…助けてくれなくても俺は人の道を踏み外した「ヒトの道」を歩くさ…。
「…今日も警察の奴らはいない。…寝て良さそうだな」
ハンモックで寝る。寝心地はいいとも言えないし、悪いとも言えない。中途半端だ。…窃盗と言っても、盗むのは食料とか、服など衣食住に必要なもの。お金も他人の財布からスリとっている。…みんなに憎まれても仕方がない。でもそうするしか…ない。悪人になる運命しかなかったんだ…俺が…生きるためには。
あのまま親父との生活を続けていたら…俺の体が持たなかった。暴力で脳の骨が壊れそうだった。衰弱死にもなるし…色々な死の可能性があった。誰かに助けてほしいと言ったことがある。でも、誰も助けてくれなかった。親父が怖くてみんな逃げていった。俺を見捨てた。…だからこうなるしかなかった。
窃盗犯にならなければ生きられない。そういう人生だったんだ、俺は。
「…獲物は…」
翌日になって、俺は獲物を探した。指名手配されていると言っているが顔はばれていない。名前ぐらいしかバレていなく、顔は殺人を犯してすぐに整形したからなんとか顔は誤魔化せている。…警察の野郎はまだそれに気づいていないからまだなんとか生きていられるんだが。
「…」
「ねぇ、これどう思う?」
「似合うと思うな。じゃあ、それ買おう」
…あの幸せそうなカップルにしようか。幸せへの嫉妬で選んでいるのかもしれないけど…。俺…本当に誰かの幸せを壊したいと思っているのか…人間として最低な道を辿っているな。あぁ…もう人の道を外れてしまっているから…戻ることなんて出来ないんだけどな…。
「…」
「あはは。君が嬉しがっている姿が僕は嬉しいよ」
「ふふ…ありがとう」
店に入ってあのカップルが財布を出す。つばが広く顔があまり見えない帽子を被っているおかげで監視カメラにも…多分見えない。…財布…失敬する。俺が生きるためなんだ。…憎んでも構わないから。
「きゃあ!?」
「な、なんだ君は!?」
財布を盗んで俺は一目散に店を出て逃げる。大勢の人間がいるけどみんなを振り切って俺は人気がない場所で身を隠した。遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。また俺のことを捕まえようとしているんだな。指名手配犯…でも顔だけは未だに特定されていない大罪犯。…俺はみんなに受け入れられない。犯罪を犯すやつなんて更生出来ない。…しかも、俺が最初に犯してしまった罪は…殺人だ。学校で俺と仲良くしていた友達も「殺人犯」「失望した」「死ねよ、犯罪者」と…罵倒されていた。怖かった。信じていた人が…裏切る…あの目が。
「…戻ろう」
牢獄に行かされて、少年法とかで無罪になる予定だった。裁判が始まって俺の弁護士もそう主張した。検事は少年法があるとはいえ10歳で殺人を犯すなんて許されないとされていた。しかも実の親を。俺は確かに裁判で主張した。俺は親父に暴力と暴言を受けられていたんだって。でも一度殺人犯だと印象づけられてしまって…それも「言い訳」だとされてしまった。
結局法律が適用されて俺は無罪になった。だけど学校や習い事に行くと…みんなの目が…あのときの目を同じだった。そして、みんな…俺に対して親父と同じように「殺人犯」扱いしていた。確かにそれは事実だった。否定する気なんてさらさらない。だけど…また暴力や暴言を…受けられた。
…また俺は耐えられなくなった。俺に善人として生きるすべなどなかったんだ。俺は悪人として生きるしか俺には道がなかったんだ。みんなが善人としての道を閉ざした。俺は善人になろうとした。だけどみんな…みんな…信じてくれなかった!罪の償いをしようとした…みんなのために尽くそうとしたのに…みんなは…償いすらも許してはくれなかった…。
…だから悪人になるしかなかったんだ!善人になる事を拒んだから!みんなが俺を善人にすることを拒んだんだ…!悪人としか…俺にとっては…平和に生きるすべがなかったんだ!…もう俺は人間じゃない…人の道を踏み外した…ヒトなんだから…。
「…静かになってきた。今なら戻れるか」
静かになって俺の隠れ家に戻ろうとしたその時…後ろから女性の声が聞こえた。
「あ、あの!見つけた…!」
女性…?というより女の子みたいだな…。どこかで見覚えが…あるような。気のせいか。というかこいつ…俺のあとをついてきたのか?顔を見られるのだけは勘弁だな…。…これは強引に逃げるしかないな。
「さ…財布を返してあげて…!」
「…俺は窃盗犯だ。そんなやつが盗んだものを返すとでも?…返すといっても空っぽになった財布だけだけどな」
…どんだけこいつは常識知らずというより…大罪犯を知らないのか。窃盗犯が窃盗したものを返すならただ罪を犯しているバカなやつだ。利益なんてなにもない。
「…それじゃあ。そんな事、もう二度と言うなよ。俺の前で」
「あ、ちょっと…待って…!」
…誰だよ。一体あいつは…。運動神経が良くて助かった。これで戻ることが出来る。財布はあとで指紋を拭き取って適当な場所に放り投げることにしよう。…持ち主のところに行けば…逮捕される可能性があるからな。町にまた放り投げよう。そして…どうせ誰か交番に届けるだろう。
「…うぅ…ごめんなさい…。取り戻す事が…出来なかった…」
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