SS1-1 装い入れ替わり嫉妬えっち

 高二の夏休みが終わり、秋頃。

 クラスがいつもより活気で溢れていた。


「静かにしろー」


 担任が注意する気のないような声を響かせる。


「まぁいい……あー……再来週あたりから文化祭が始まる」


 文化祭という言葉を聞いてクラスから歓声が上がった。

 みんな大好き文化祭。

 青春の一ページであることは間違い無いだろう。


「そのためクラスの出し物を考えろ。予算は今年は多めだから多少なら無理はできるぞ」


 予算多め。

 この言葉の意味は多少大きなことをやっても問題ないということだ。

 もちろんクラスメイト全員が使い潰す気でいる。


「じゃあ、会議があるから決めといてくれ。大声で騒ぐことはしないこと」


 先生が退出するや否やみんながやりたいことをそれぞれに言い始めた。


「迷路とか?」


「いやなんかもっと大きいのしたいな……」


「なんか喫茶的なのやりたい!」


「予算多いのにどうやって使うんだよ」


 みんなが口々に己の意見を言っていく。

 もちろん争点は予算を使い切れるかと、楽しさ、場所の問題だ。


「喫茶ならさ、コスプレとかすれば予算使いきれない?」


 クラスの中心の方から声がした。

 声の主は潮汐さん。

 コスプレと聞いて俺は若干嫌な予感がしていた。


「あー! なるほど! それいいじゃん!」


 ある男子がそんな声を上げる。

 喫茶は最初男子の反対が大きかった。

 だが、衣装があるとすれば話は別だ。

 女子が合法的に可愛い衣装を着てくれる。

 それが奴らの心に火をつけたのだ。


「んーでも男子どうするかなぁ……」


 潮汐さんは困ったげな声を出して俺の方をチラリと見て、すぐ後に凛の方を見た。


「男子は厨房と女装でなんとかならない?」


 ある女子がいらない事を言った。

 俺が恐れていた理由はこれだ。

 どうせ細身の男はこのコスプレの前では男子の扱いを受けない。

 女装をさせられる都合のいい存在となる。


「そうねぇ女装をさせればいっか!」


 そう言う潮汐さんの目は俺の方を向いていて、嫌な笑みを浮かべていた。


「じゃあ男子の中で女装するメンバー決めて! 女子は料理得意な子は厨房行ってもいいよ」


 違和感なくクラスを仕切りだした潮汐さん。

 男子と女子を分け、その中でメンバーを決めるようだ。


「僕は厨房……かな」


 友人の一人が厨房組に名前を連ねる。


「じゃあ自分も」


 一人また一人と友人たちが料理もしないのに女装から逃げるように選んでいく。


「じゃあ俺も厨房で」


「ダ、メ」


 俺の肩に誰かの手が乗る。

 振り返るとそこには潮汐さんと彼女に手を引かれてやってきた凛がいた。


「の、望?」


「凛だってさ、飴井くんの女装見てみたいでしょ?」


「それは……そうだけど……」


 凛を使うとは卑怯だ。

 彼女が希望したら俺に拒否権はなく、今実際に彼女は頷いてしまった。

 潮汐さんは満面の笑みを浮かべて、俺の肩をぽんぽんと叩くと


「じゃあ、そういう事だから」


 と、計ったにもかかわらず仕方がなさそうに俺の名前を給仕組に入れた。

 だが、彼女はそれだけでは終わらない。


「あれ、望。なんで私の名前も?」


 彼女は同時に凛の名前を入れたのだ。


「え、凛は男装するんでしょ?」


「ええ!?」


 驚く凛に背を向けて、潮汐さんは俺の方へやって来る。


「飴井くんも、凛の男装見たくない?」


 これは飴と鞭という事だろうか。

 俺が女装をする代わりに凛の男装も見られるという事。

 そういえば前に俺の服を凛が着た時もすごく似合っていた。

 それが脳裏に浮かんだ時、潮汐さんはまた悪い笑みを浮かべる。


「だってさ、凛」


 俺は無意識に頷いてしまったようだ。

 凛は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 俺たち二人はどうやらこの潮汐という悪女にハメられたようだった。


 数日後。潮汐さんは二つの衣装とメイク道具を一式持ってきていた。

 衣装は箱に入れられ、厳重に管理されていそうな印象を受ける。

 この日は準備のために衣装を合わせる作業が行われており、各所でシャッター音とメジャーを伸ばす音、笑い声で満ちていた。


「男子はこっち女子はこっちの更衣室使って」


 今日も潮汐さんは元気にクラスを仕切っている。

 凛と俺は一回引き離され、それぞれの更衣室へと連れて行かれた。


「さて、だいぶ筋肉質? 帰宅部なのにね」


 俺をまず体操服に着替えさせて寸法を測る。

 潮汐さんはどうやらサイズを目で見て大体わかっていたらしく、何回も頷いていた。


「悪かったな……」


「これで凛をメロメロにしたわけねぇ」


「はぁ!?」


 潮汐さんは俺をからかいながら箱から服を取り出した。


「じゃ〜ん! 飴井君はこれ!」


 彼女が取り出したのはメイド服。

 フリルがかなりついていて比較的スカートがロングのいかにもといった感じだ。


「いや、似合わないだろ……」


「それがねぇ似合わないんじゃなくて、似合わせるんだよ」


 彼女は俺に衣装を手渡すとそれに着替えるように言った。

 着替えなければ体操服姿で凛と見比べると脅し付きの言葉でだ。


「さて、メイクしていきますよ〜」


「いやできるわけないだろ……」


 俺の言葉を無視して潮汐さんはメイク道具を手に取る。


「私がするから、動かないでね」


 彼女はスマホを取り出すと何かを映してそれを見ながら俺の顔をいじり始める。

 凛以外に俺の顔をいじられるのはほとんどなくて少し緊張と気持ち悪さがある。

 だが、徐々に潮汐さんの顔が真剣になっていってそんな事を言っていられなくなってしまった。


「こんなもんかな〜…うん、素材がいい分いい感じ! はい目を開けていいよ」


 彼女から手渡された手鏡を見ると見たこともない少女が映っている。


「あっ! 顔触ったらダメ、メイク落ちちゃうからね」


 思わず触ろうとした手を止められる。

 自分の面影が残りつつもほぼ女子になっていた。

 目がひと回り大きく見えるし、色白になっているし。

 どうやら俺は女子にされられてしまったようだ。

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