最終話

 凛とお互いを求め合い始めてから何時間経っただろうか。

 日はすでに傾き始め、空の色も変わろうとしている。

 彼女も俺も相当乱れてしまって、顔も何で濡れているのかわからない状況だ。


「んっ……はぁ……はぁ……ふぅ……」


 隣にいる彼女は俺の耳元で甘く荒い息をしている。

 そんな凛の頭を撫でてやると彼女は嬉しそうには目を細めた。

 俺の体にも、彼女の体にも自分のものだと主張するための赤い跡が残され、痛々しいような、愛おしいような気がする。


「もうちょっとだけ、いて?」


「ああ……」


 俺も凛も激しく動いたせいで体力が尽きてしまっていて、ベッドから動けずにいた。


「ね、久々にどうだった?」


 彼女の胸が俺の腕に押しつけられる。

 絹で何か柔らかな塊を包んだものを当てられているような感覚だ。


「久々だったから……よかったよ」


「私も」


 凛と顔を見合わせて笑う。

 俺は愛しい彼女の汗やら涙やらで濡れてしまった頬に触れる。

 冷たいのかと思ったが、逆に驚くほど熱くて火傷をするかと思うほどだ。


「なんかさ……」


 凛は頬に触れている手をさらに包むようにして撫でる。

 俺の顔をぼんやりと見ながら彼女は話し始めた。


「終わってしまったら……なんでもなかったなぁって……」


 その声は少し寂しいような、嬉しいような、少し後悔の色も見える。


「まぁ、終わったらいつかは良い思い出になるさ」


 俺の言葉を聞いて凛は頷いた。


「そう……なんか良い思い出」


 彼女は俺から視線をずらして、窓のほうを見る。

 外から見えないようにカーテンを閉めているが、光が隙間から溢れていた。


「あんなに悩んでいたのが馬鹿みたい。ほんと、そう……」


「まぁそういうこともある」


 凛は俺に視線を戻すと、次は彼女が俺の頬に触れた。


「初めてのときは、当てつけのように誘ったような気がする」


「そうだった?」


 俺はもうよく覚えていない。

 ただ、今に比べて下手くそだったのは覚えている。


「たしか……ね。自暴自棄で、もうどうなってもいいやって」


「そんなのだった……か……?」


 凛は俺の頬を撫でながら微笑む。


「でも、それでこんな幸せなんだから後悔はあんまりしてないかな」


 彼女の手は俺の頬から口元を歪ませ、首筋をなぞり、胸へと達する。


「海斗のおかげ」


 凛は俺の背中に手を回すと、離れられぬように抱き締めた。


「そう言ってもらえると……嬉しいかな」


 俺も凛の背中に手を回す。

 彼女に比べたら硬く分厚いような体だが、出来るだけ優しく、傷つけないように抱いた。


「あの時飛び降りなくてよかったなぁ……」


 もし凛が飛び降りていたらどうなっていただろう。

 俺とこうやって何かをしていることもないだろうし、一緒に住むなんてことになることもなかった。


「あの日はすごい雨だった……よね……」


 俺は微かな記憶をたぐりよせ、あのびしょ濡れだった彼女の姿を思い出す。

 びしょ濡れだった凛はとても痛々しかった気がする。


「雨の時って気分が落ち込むけど、私たちにとっては変わり目の日みたいに感じるよね」


「ああ、凛がうちに飛び込んできた日も雨降ってたか……」


「そうそう!」


 夜に凛が突然我が家にやってきた日もあったな。

 言われてみれば、凛は結構全身がびしょ濡れになっている気がする。

 今思い返せば、濡れている凛も、俺からしたら見ていて苦しいのもあるが、惹きつけられる何かがあった。


「雨の日ってさ、幸運を運んでくるのかな……?」


「そういえば、そんな話どこかで見た気がするな……」


 何で見たのかは思い出せないが、たしか本だったと思う。

 雨は幸運を運んでくるという内容があったように思う。


「じゃあその話は多分本当なのかもね」


 熱くなっていた体が冷えてきたのか、だんだん寒くなってきた。

 俺と凛は落ちかけていた掛け布団にくるまり、お互いを温め合う。


「体冷えちゃった……」


「たしかに……風邪ひかないといいけど」


 身を寄せ合って布団の入るとお互いの肩が触れる。

 そこからじんわりと彼女の熱が伝わってきた。


「本当に……ありがとう……海斗」


「なにが?」


「あの時、声をかけてくれて」


 凛はまだ鮮明に覚えているのだろうか。

 俺はもうどこかその記憶は靄がかかってしまったようにはっきりとは思い出せない。


「いいよ、別に」


 俺にとってそんな過去のことはどうでもよかった。

 むしろこれからの幸せだけを考えたい。


「あとさ……」


 凛の目には少し涙が浮いていた。

 その雫が一滴目から溢れ落ちる。


「私を、救ってくれてありがとう。これからもよろしくね」


 俺はすぐそばにある愛おしい幸せを壊れてしまわないように優しく、でも思いの強さを示すよう強く強く抱き締めた。



<あとがき>


明日波ヴェールヌイです。

あの時びしょ濡れだった死にたがり美少女を俺は救えたのだろうか?

いかがだったでしょうか?

本編はこの回で終わりとなります。

死にたいとそれから始まる恋愛と。

そんなのが描けたのではないでしょうか。

至らないところも多々あるとは思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。

今後はちょくちょくSSなど書いていこうと思っています。

ここからは余談ですが、水というものは不思議ですね。

冷たくも感じるし、温かくも感じる。

僕の中では生の象徴な気もします。

それに水気というのは性も感じますし。

そんあのも伝わっていれば嬉しいです。


最後に、もしよろしければレビューや作者フォローなどの方よろしくお願いします。

いつも感想や応援、ブックマークなどありがとうございました。

SSも読んでいただけると嬉しいです。

では皆さままた会いましょう。

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