第59話
凛と付き合い出した夏からどれくらいの時が経っただろう。
俺たちはその後の高校生活も二人で謳歌して、受験へと突入した。
彼女とは学校のイベントの後や誕生日と言った場面でしかエッチなことは極力しないことにして、今に至っている。
受験校は同じ所の違う学科を選んだ。
できるだけ近くに居たくて、キャンパスまで一緒。
「そろそろか……」
俺は今、パソコンの前で猛烈にそわそわしている。
近くには一緒に見たいからと母親が立っていた。
手元には俺の受験票と凛の受験番号が書かれたメモ。
パソコンの画面と紙とを何回も見比べていつ発表かを何度も確認する。
「間違い無いよな……」
そんな俺を見て、母は笑う。
「少しおちつきなさいな〜結果はかわらないんだからさぁ」
「そうだけど……」
そんなことを言われてもこれからが決まる大事な発表。
緊張しないわけがない。
時計の音が妙に大きく聞こえる。
あと少し、あと数分。
どんどん強くなっていく緊張。
カチッと時計が発表時間を指した。
「すぅ……はぁ……」
一度深呼吸をして震える指で結果発表ページのボタンをクリックする。
まずは俺の学部。
なかなかに長いロード時間のせいで焦りが募る。
寒気を感じながら待っていると画面が切り替わった。
「もう少し……」
並んでいる番号を見る。
俺の番号に近づくと、手の震えが大きくなってマウスが小刻みに動き出した。
あと二つで俺の番号が来る。
「あっ……」
「おっ……!」
母と同時に変な声が出る。
数字が一個飛んで、俺の番号が出てきた。
「……っ!」
「海斗……! いいじゃん! やったじゃん! おめでとう〜!」
俺よりも跳んで喜んでいる母。
もう緊張やらなんやらがなくなったせいで全身から力が抜け切ってしまった。
でも、俺はマウスを離さない。
「ん〜? まだなんか……なるほどねぇ……」
俺のやることに気付いたのか母がニヤッと笑う。
俺は学部一覧を見る。
見つけるのは医学部。
「凛……」
凛も今見ているのだろうか。
俺なんかより彼女の方がずっと緊張してそうだ。
前なんてお腹痛いって言っていたし。
「医学部……今年倍率高かったらしいしねぇ……」
後ろで見ていた母が俺の心配を煽る。
「もう、ちょっと静かに……!」
俺は母を少し黙らせて、下へスクロールしていく。
彼女のメモを片手にパソコンと見比べる。
「マジか……!」
俺はメモを投げ捨て、スマホを手に取る。
電話する相手はもちろん凛だ。
「手が震える……」
なかなか電話のボタンが押せない。
俺は息を止めて震えを予想しながら番号を打ち込む。
「海斗!」
通話ボタンを押した瞬間に凛が出る。
「おめでと!」
「おめでとう!」
はしゃいだ声がスマホから飛び出した。
凛は受かっていた。
「はぁ……もう心臓の音やばい……」
「俺もよ……」
二人で一緒に深呼吸をする。
「でもこれで、一緒に住めるね!」
凛の親とうちの両親は一緒に住むことに反対は一切しなかった。
だからこそ俺たちはそれを目標に頑張れたのだ。
「はぁ……長かったぁ……」
彼女と一通り喜び合うと安心感が襲ってくる。
「ほんとに長かったけど……もう終わりなんだね……」
「そうだなぁ……長かったような……短かったような……」
「それ! 終わってしまうとなんか短いよね」
彼女と過ごした高校最後の冬は明らかに短かった。
お互い滑り止め大学の受験もあり、なかなかに忙しい日々だったせいだろう。
「あのさ……明日暇?」
凛が訊いてくる。
「大丈夫。どうした?」
「あのさ……明日、うちに来てよ」
縛るものがなくなったので彼女の誘う口調もどこか軽かった。
こっちも同じだから人のことは言えないけれど。
「もちろん。じゃあお昼くらいでいい?」
「うん!私的にはもっと早くてもいいけど。お昼食てからの方がいいかも」
凛の家に会う約束をしていると、母は面白いものを見ているような視線を向けてくる。
「いいねぇ……楽しそうねぇ……」
俺に聞こえるように母はそう言うと静かに別の部屋へと消えていった。
「じゃ、明日の昼過ぎに行く」
「うん、待ってる」
凛と会う約束を決めてから電話を切る。
もう浮かれてしまって、足が浮いているんじゃないかと思う。
でも、これからが地味に忙しいんだよな。
家も探さないといけないし、引っ越しもしなきゃいけない。
でも、とりあえず明日は日が暮れるまで遊び尽くそうと思った。
「海斗……おめでとう」
夕方、仕事から帰ってきた父はやはり静かに、でもいつも以上に優しい声でそう言ってくれた。
「海斗にしては頑張っていたからな……よくやった」
「ありがとう……」
父がいつも以上に褒めてくれる。
それだけ頑張ったということでいいのだろうか。
いや、そう言ってくれるなら今は合格の余韻に浸っても大丈夫だ。
「今日はお祝いだな……母さん」
「もう準備してるわぁ」
母はいつにもまして豪勢な夕食を作っていた。
その日は合格の実感が湧かないのに、嬉しさの余韻でテンションが壊れていた。
しばらく布団でのたうち回ったあと、凛と色々する妄想をして俺は眠りの海へと落ちていった。
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