第58話

「だからこういうのも……んっ……ちょっとずつ少なくしないといけないかなって……」


 凛は服を脱がせた俺の体を触りつつ言う。


「まぁそうだな……いつまでもこうしているわけにも……」


 彼女の意見には俺も同意だった。

 今の学力ではどこにも引っかからない。

 凛ならまだ成績がいいから話は別だが、俺は勉強がそこまで得意じゃない部類だ。


「だから……一応今日は……あっ……こういうのっ……しばらくしなくてもいいようにっ……!」


 彼女は邪魔くさそうに自分の服を脱ぐと、床にぽいっと投げ捨てる。


「いっぱい……シよう?」


 凛はそういうと、我慢できないといった様子で俺の体に舌を這わせた。

 それからは今までしてきた行為を一通り行った。

 アイスを食べさせあったり、目隠しをしたり、ちょっと縛ってみたり。

 これがしばらく味わえないと思うと少し寂しい気持ちになる。


「海斗……」


 彼女が俺の頬に両手を添えて、彼女の方を見させる。


「もっと真っ直ぐ私を見て……」


 彼女の手にはほとんど力が入っておらず、顔を少し無理に動かしてしまえば抵抗はできた。

 でも、そうする気は起きない。


「ああ、ごめん」


 俺は凛の瞳を見る。

 色は相変わらず吸い込まれてしまいそうな黒。

 でも、彼女の瞳は出会った時からは想像ができないほど生き生きしている。


「好き……」


「俺の方が……」


 馬鹿っぽく凛と張り合ってみる。

 彼女は特にそれ以上は言わなかったが、微笑んでいた。

 ある意味負けた気がする。

 なんとなく悔しくて、俺は体勢を変えて凛の上に乗る。

 片手は彼女と繋ぎ、もう片方で体を支える。


「近い……ね……」


 鼻が触れ合うほどの距離。

 お互いの息の熱さ、目の潤み、頬の染まり具合。

 全てに愛おしさを感じてしまう。


「もっと……」


 凛は俺の首に腕をかけて、顔を近づけさせる。

 俺も少し支えている腕の力を緩めて、彼女の胸に俺の体を押し付けた。


「海斗の脈……すごい……」


「凛のだって……滅茶苦茶感じる」


 彼女の息が顔にかかるたび、心臓の動きを感じるたび、生きているというのを実感する。


「やっぱ……なんかこう言うの生きてるって感じがする」


 俺が呟くと凛は笑ってみせる。


「海斗のおかげだよ?」


 その穢れもないような笑顔が窓からの光に照らされていてあまりに眩しい。


「私がこうして生きているのも、こうやって頑張ろうってなっているのも」


 高鳴るこの心を忘れないように、体に刻み込むようにキスをする。

 今まで何度付けたのかわからないキスマークは次する時には消えてしまう。

 体につける跡はどうしても消えてしまう。

 でも記憶なら、忘れなければ残していける。


「ねぇ……息もできないくらい……強く私を抱いて……?」


 凛の方はもうすでに俺の背中で腕を交差させていて、俺が逃げられないようにしていた。

 逃げるわけないのに。

 俺は今までで一番、力強く彼女の体を抱き締める。

 今まで壊れてしまいそうで、優しくしか抱きしめてこなかった。

 でも、今だったら支えあっているのだから大丈夫だ。


「ありがとう……もう少し……このまま……」


 しばらく抱き合ってから、ゆっくり体を離した。

 お互いの匂いが自分の体の各所から漂う。

 他人の匂いは嫌なものだが、これは違った。


「やっぱり我慢するのやめようかな……」


 凛はあまりにもこれが良かったのか、そんなことを言い出した。


「まぁ……終わったらいっぱいできるわけだし……我慢……」


「海斗だってしたいでしょ? 我慢できないくせに」


 凛は我慢という言葉が出た途端辛辣になる。


「そりゃ我慢したくないけど……さ……少しくらい減らさなきゃ……」


「どれくらい……?」


 寂しげに凛が聞く。

 顔からもう悪い回答が言いづらい。


「たとえば……特別な日だけとか……」


「というと?」


「誕生日とか? かなぁ……」


 凛とそんな馬鹿な話をして、これからの為に色々と約束をした。

 行為も一通り終わり、凛は脱ぎ捨てた服をもう一度着直す。


「頑張るから……私。海斗も……」


「ああ、俺も頑張るよ……」


 俺の回答に彼女は安心したような表情になる。


「じゃあ、楽しみだね」


「まぁ……その前に問題が山積みだけどな……」


「そんなこと、気にしたら負け!」


 楽しそうにそう言う凛。

 いつのまにか俺の方まで笑っている。

 ろくに服も着ずに彼女と抱き合って笑う。

 少しおかしなところもあるが、たまらなく幸せで楽しいひと時だった。


「遅くなった……そろそろ帰るわ……」


 暗くなっていく空を見上げて俺は帰りの支度をする。


「私、途中まで送る」


「じゃあ半分のところまで」


 凛が送ってくれると言ってくれたので、途中まで一緒に行って中間地点でそれぞれの家に帰ることにした。

 二人並んで歩く夜道。

 少し蒸し暑くて、ジメジメする。

 でも、彼女が横にいるだけでそんなことが気にならなくなるくらい幸せだ。

 彼女ともっと居たい。

 もっとその華奢な体に触れていたい。

 この気持ちを全部残さず伝えたい。

 でも今は無邪気な凛にそんな気持ちを悟られないように、ずるずると一緒に居ないように、俺はそっと欲望を心の内に抑え込んだ。

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