第57話

「海斗……私ね……」


 ひとしきりキスをすると凛は何かを伝えようとしていた。

 凛は目をとろんとさせ、もう意識も曖昧な状態に見える。

 彼女は俺にしがみつき、なんとかして体を支えていた。


「やっぱり……もう少し頑張ってみる……」


 俺は無理をさせると悪いと思い、彼女を横にさせる。

 凛は最初首を振って、嫌だと意思表示をしていたのだが、だんだん辛くなったのかおとなしくなった。


「私……やっぱり頑張って……勉強……して……」


 だんだん呂律も怪しくなってくる。

 眠いのとしんどいのが合わさっているのだろう。

 それでも彼女は話すのをやめない。


「海斗と同じ……大学行って……」


「うん……」


「それで……ずっと……一緒に……」


 凛の目が徐々に閉じられる。

 よっぽど体の具合が悪いのだ。

 でも、彼女の言葉の続きを知りたい。

 そんな自己中心的な考えが脳裏をよぎる。


「それで……ね……いっぱい……すぅ……」


 最後まで言い切らないうちに凛は眠りについてしまった。

 少し安心したのもあるがそれと同時に、彼女の言いたかったことの直前で切られてしまったもどかしさを感じる。

 窓の方を見ると、カーテンは閉まっていて光が少し差し込んでくる程度。


「ちょっと暗すぎだな……」


 俺はカーテンを半分だけ開けて、部屋を少し明るくしてやる。

 凛の寝顔が陽光に照らされ、汗の浮いた肌が柔らかく照らされていた。


「長居してもあれだし……帰るか……」


 俺は荷物を持つと、彼女の頬に手を添える。


「じゃあ、帰るから……」


 彼女は寝ているので反応はしなかったが、表情が微笑んでいるような、でも少し不満げになったように見えた。


「ありがとうね飴井君」


「いえ、大変なところお邪魔しました」


「いいえ、凛もゆっくり安心して寝られたと思うわ」


 凛の母親に玄関まで見送られ、俺は帰路に着いた。

 どこか不安な、でもあの感じだといけるだろう。

 凛からその日はもう連絡はこなかったものの、次に日にはすっかり良くなったと連絡がきた。

 やっぱり、一時的な風邪だと安心する。

 そして、お礼を言いたいからと二日連続で呼んでもらえることになった。


「凛一人しか居ないって言ってたな……」


 彼女の家に向かっている時に気になったのは彼女の言葉。

 途中で途切れてしまった、凛がしたいこと。


「凛と同じ大学……かぁ……」


 彼女と一緒に大学生活を送るとなると、一緒に住むことができるかもしれない。

 そうなれば、もっともっと彼女と色々できる。

 気づけば口角が少し上がってしまっていた。


「気持ち悪いな……俺……」


 そんな自分を貶しつつ凛の家へと向かう。

 慣れた道を通って彼女の元へ。

 家の前の着くと既に凛が俺を待っていた。


「あ、海斗!」


「お待たせ……」


 彼女は白のワンピースを着ていて、いかにも夏といった感じ。

 いや、この服に俺は見覚えがあった。


「それ……確か初デートの時の……」


 俺がそう言うと、彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。


「そ、思えててくれたんだ……」


「まぁ……印象深かったというか……ね」


 しばらく外で待っていてくれたからだろうか、凛の肌は汗でじっとりと濡れていた。


「早く中入ろ? 暑くて溶けちゃいそう」


「そうだな」


 二人で家に入ると、あらかじめ部屋が冷やされており、心地よい温度になっていた。

 手を洗い、彼女が入れてくれた炭酸のジュースを喉に流し込む。

 乾いた喉に冷たいものが通る感覚が気持ちいい。

 それに、炭酸の痛みがなんとも言えぬ爽快感を出している。


「映画館で飲んだのもコーラだったね」


「よく覚えてるな……」


「だって私、コーラしか飲まないもん」


 凛も栓を開けたばかりのコーラをコップに注ぐ。

 炭酸が弾ける音が微かに響き、独特の甘い香りが漂った。


「んんっ! これ……! やっぱり炭酸が効いてる方が美味しい!」


 彼女は炭酸の痛みに悶えながら、飲んでいる。

 痛いと言っているのにどこか嬉しそうだ。


「じゃあ、そろそろ……」


 飲み物を飲んで一息つくと、凛は俺を部屋に連れ込んだ。


「私さ……少し将来のこと考えててさ」


 部屋に入っての第一声はこれだった。


「でね、海斗と一緒の大学行きたいなぁって」


「知ってる」


 彼女は昨日言ったことを覚えていないのか、驚いた表情になる。


「えっ? 何で知ってるの?」


「昨日言ってたから……さ」


「え、私覚えてないんだけど……!」


 凛は俺が手を繋いでいた時のことまでは覚えていたが、それ以降は覚えていなかった。

 俺は昨日、彼女にキスをねだられたり、大学のために頑張ると言っていたことなどを伝える。


「そっか……言いたかったこと全部言っちゃってたか……」


 凛は少し残念そうにそう言った。


「まぁ、一緒の大学目指せれたらいいなぁって」


「そうだな」


「一緒に……住めるかもしれないし……ね?」


 彼女はそこまで言うと、俺に近づく。

 このパターンはもう何度も経験した。

 俺の予想通り、彼女の唇は俺の唇に軽く重ねられ、二、三度触れたあと、離れる。


「だから……一緒に……頑張りたいなぁって」


「ああ、いいと思う」


「だから、よろしくね。もちろん大学入った後も」


「もちろん」



 二人で微笑み合い、もう一度口づけを交わす。

 ある意味口づけが約束の証だった。

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