第56話
俺の手を握ったまま凛は寝息をたてていた。
「本当に熱いな……」
凛の額に手を当てると火傷をするかと思うほど熱い。
彼女の頬はまるで照れているかと思うほど赤くなっている。
「寝顔……か……」
そういえば凛の寝顔をまじまじと見るのは初めてかもしれない。
彼女より遅く起きていても意識はもう朦朧としていることが多い上に、凛の方が早起きだ。
凛の安らかな顔を見ているとなぜか落ち着く。
「本当に寝てるのかな……」
彼女の口は微かに開いていて、熱い吐息が漏れている。
高揚した頬も、なにかを期待しているから染まっているように思えた。
前にキスをねだられた時の顔に似ていて、キスで起こしてと言っている気がする。
「まぁ……そんなわけないよな……」
俺は彼女の机の近くにあった椅子を持ってきて足を休める。
しばらく凛は起きないだろう。
「飴井君? 今入っても大丈夫かしら?」
少し経ってから凛の母親が来てお菓子などを出してくれた。
俺が凛の手を握っているのを見て凛の母親は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさいね……凛がわがままを言ったのでしょう?」
「いえ、大丈夫です」
凛の寝顔を見た彼女の母親は不思議そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「安心しきってるのかしらね。いい寝顔……」
「そうですね……」
二人で凛を起こさぬようにひそひそ声で話す。
前会った時よりも凛の母親の声は優しく感じた。
「飴井君……ありがとうね……」
「えっ?」
唐突のお礼に俺は驚いてしまう。
「凛のこと考えてくれて……私たちでも気づけなかったのに……」
凛の母親は未だに自分の娘を苦しめていたことに罪悪感を覚えているようだった。
「いえ、俺も……凛のおかげでできたことも多いですし……」
凛の母親は俺の方をチラッと見て微笑んだ。
「凛のこと、よろしくお願いします……」
「い、いえ。こちらこそ……」
まるで挨拶だ。
それも付き合うとかそれ以上の関係な気がした。
「じゃあ私はこれで。もし大変だったら手を離しちゃっていいからね?」
「ありがとうございます。あ、あとお菓子も」
凛の母親は扉を閉める時も娘を起こさぬようにゆっくりと音を立てないようにしていた。
「んっ……んん……」
凛が少し唸った。
でも特にそれ以上のことは起こらず、ただ暇な時間が過ぎていった。
「暇だな……」
俺はずっと彼女の顔を眺めたり、スマホを片手でいじったりしていたが、どうも限界だった。
「ちょっとくらいいいよな……」
俺は彼女の頬を指で突いた。
「んん〜……」
凛は少し嫌そうに首を逸らしたが、指を離すとまたすぐに頭の位置を戻していた。
それが少し面白くてさらに彼女へいたずらをする。
「これは……起きちゃうかな……」
彼女の鼻を摘んで呼吸をしにくくしてみる。
俺の思惑通り凛は少し嫌そうに顔をしかめ、首を振った。
いよいよ起きるかと思って注意深く見ていたが、起きる気配はない。
「すごい寝てるな……」
俺は彼女の横に顔を近づける。
凛の汗の匂いとほのかなシャンプーの匂いが漂っていた。
耳元に息を吹きかけ、何を囁こうか考える。
「凛、好きだよ」
彼女が寝ているのをいいことに恥ずかしげもなく愛の言葉を囁く。
本来ならなかなか言えない言葉もこうしていれば言えてしまう。
「んんっ……かい……と……」
耳元で色々言っていると、凛がうわごとのように俺の名を呼んだ。
起きてしまったと思って一瞬顔を離したがどうやら寝言だった。
「かいと……それ……んっ……いい……」
どうやら彼女は夢の中で俺に何かをしてもらっているようだ。
でも夢の中で凛が何をされているのかわからないので、俺は少し夢に嫉妬する。
俺は彼女の頬に触れる。
相変わらず熱くて、辛そうだ。
「んっ……かい……と……?」
凛がまた夢見心地で俺の名を呼んだ。
どうせ夢だろう。
そう思った。
「海斗……ぎゅ……」
ところが今度の凛は起きていた。
起きていたとは言っても意識はそこまではっきりしていないようだが、それでも俺を驚かすには十分だった。
「凛っ……!? 起きて……」
彼女は上半身を起こすと、俺の首に手を伸ばす。
そして抱きつくと、顎を俺の肩に乗せた。
「海斗……いる……」
「お、おう……」
未だに夢を見ているのか、かたことの喋りで何かを言っている。
まるで言葉を覚えたばかりの子供のようだ。
「ねぇ……海斗ぉ……」
彼女の体から伝わるいつもより高い熱を感じていると凛がまた俺の名を呼ぶ。
「どうした?」
「ちゅうして……」
彼女は目を閉じ、少し口を開ける。
さっきまで寝ていた時の表情に似ている。
これが寝るためのものなのか本当にキスをねだっているのかわからない。
でも、夢を見て言っているかもしれないが、彼女が言ったことなので、許されだろう。
「んっ……ちゅぅっ……」
俺が唇を近づけると凛ががっつくように
俺の唇に唇を重ねた。
熱い吐息で火傷をしそうになる。
でもそれ以上に、体の内側から溢れる熱で中から焼けてしまいそうだ。
「海斗……もっと……」
熱があるということを忘れているのか、それとも熱のせいで意識があまりないからかわからないが、凛はとにかくキスを求め続けた。
そして俺も、彼女の欲求に応え続けるのだった。
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