第53話
「そろそろかな……」
二人並んで広場の中にある階段に腰を下ろす。
周りには同じような人々がレジャーシートなどをひいてみんな空を眺めていた。
「みんな敷物持ってきるね」
座った階段はコンクリートでできていて、少しひんやりする。
それが嫌なのか、それとも地べたに座るのを嫌っているのかはわからないが、立ったままの人だっている。
「いいんじゃない? たまにはこうやって腰を下ろすのも」
俺も打ち上がる予定の方角を眺める。
オレンジ色の街灯が柔らかく周りを照らしているが、この後の風景がどうなるのかは想像もできない。
凛の方を改めて見ると、彼女と目が合う。
「どうかした?」
「ううん、何でもないよ」
凛はそう言って、くすりと笑った。
白い肌が、淡い光に照らされて少し色づいて見える。
「楽しいね」
「ああ」
彼女と最初に出会った時はこんなことになるなんて想像すらしなかった。
出会った時の暗い表情、それが今では笑顔になている。
あの時声をかけて良かったのかもしれない。
「あの時さ……」
凛が話を切り出す。
「雨に打たれながら死のうって思ってたけど……」
俺と同じ時を想像していたらしい。
「海斗に声かけられて、エッチして。なんだかんだでこうして生きてる」
「そうだな……」
その言葉はどこか後悔しているような、それでも何かを認めているような優しさがあった。
「私……前は馬鹿だったなぁ……」
「え……?」
「生きてれば、こんなに楽しいことあるじゃない……?」
彼女は昔の自分を笑う。
笑い飛ばせるほどになっていた。
凛は俺の方を見て、微笑む。
「だから、これからもよろしくね」
俺はもう夜だというのに周りが明るくなるような気がした。
「あっ! 始まった!」
それは気のせいではない。
でも、花火の閃光だけでもない。
彼女のその溢れた笑みのせいだ。
「綺麗……」
ドンっと心臓を揺らすほどの音。
眩しいくらいに空を彩る色とりどりの光。
それを受けて変わっていく凛の横顔。
「綺麗……だな……」
彼女の指先が俺の指先に触れた。
戸惑うように、探すように、少しずつ俺の方に寄ってくる。
俺もそれに応えて少しずつ凛の方へ指を這わす。
二人とも花火に魅入られてしまって手の方は見ていない。
ほぼ無意識でやっていた。
「わぁっ……あれ大きい!」
徐々に徐々に豪華になっていく光の集まり。
黒い空を背景に、赤、青、黄、緑、語り尽くせない程の色が散りばめられて消えてゆく。
「色も形の種類もすごいな……」
凛を助けたと言ったらおこがましいかもしれない。
むしろ、この幸せをくれたのは彼女なのだから俺が楽しませてもらっていると言っても過言ではない。
つまらない日常がこんなにも色鮮やかになったのは凛のおかげだ。
気づけば俺と凛の手は絡み合い、握りしめ合い、離れなくなっていた。
「来年もさ、受験だけど……こうして来たいな……」
俺は彼女の顔を見ずにそう言った。
見てしまったら凛に視線を釘付けになってしまってもう二度と花火が見れない気がしている。
でも、彼女は驚いた表情をしているんじゃないだろうか。
それとも嬉しさで微笑んでいるのか。
「ねぇ海斗……」
そろそろ花火もクライマックスになろうとしている時、凛が立ち上がった。
「最後の花火見逃すよ?」
彼女は花火なんてどうでもいいような様子で俺の前に立った。
彼女の黒髪が、染まった頬が、細い首筋が、花火によって彩られている。
花火という眩しい背景を背にした姿はなぜか陰になることもなく、美しく愛おしく思えた。
「海斗……」
彼女の顔が少し近くなる。
花火はもうほとんど見えない。
凛が俺の視界の全てになってしまった。
「こんな私を好きでいてくれて、こんなに私を愛してくれて本当に……だから……あ——」
飛翔音と同時に発せられた愛の言葉。
それは花火のように色鮮やかで眩しくて。
凛は恥ずかしかったのだろう、このタイミングを選んだということは。
彼女が本当に言いたかった言葉は今日一番大きな炸裂音でかき消されたのだから。
言葉はたった一瞬で、花火のように虚空に消えていってしまう。
どうあがいても残ることはない。
それでもさっきの凛は花火なんかよりずっとずっと眩しくて、俺の目に焼き付いてしまいそうだった。
*****
「綺麗だったね」
「ああ……」
凛の綺麗だったと俺の綺麗だったとういうのは多分違う。
でも、それは俺だけの秘密にしていたかった。
「最後の花火見なかったけど、良かったのか?」
「海斗だって、本当は見えてないでしょ?」
彼女と手を繋いだまま立ち上がる。
細く、壊れてしまいそうな危うさを感じる手を俺は離したくなかった。
「海斗さ……」
「ん?」
「私、本当に感謝してる。辛く当たっちゃった時もあるけど……」
凛の繋いでいない方の手が俺の胸に触れる。
彼女と俺の体がどんどん近くなっていく。
胸に触れられた手には俺の鼓動が感じられるのだろうか。
そうなら多分恥ずかしいくらい強く早く脈打っているに違いない。
「んっ……ちゅっ」
もうやり慣れてしまったキスを交わす。
何度もやっているというのに軽めの、触れる程度の初々しい口づけ。
甘くて柔らかい唇がそっと触れて、熱が伝わる。
「これからも、私と一緒にいてね?」
俺と凛はお互いを強く強く抱きしめる。
これからも離れないと示すように。
<あとがき>
明日波ヴェールヌイです。
死にたいから始まってここまで来た二人、いかがだったでしょうか?
この作品も残すところ本編は数話の予定です。
今後の予定としましては本編が終わった後、三日に一回程度SSでも書こうかな、と思っております。
是非、引き続き楽しんで頂けると幸いです。
今まで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございます。
ここまで来れたのは皆さまのおかげです。
また最終話でお会いしましょう。
もし、よろしければレビューや応援などしていただけると非常に嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
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