第51話

 俺が凛との待ち合わせ場所に着いた頃にはもう日がだいぶ傾いていた。

 母はに数日前、花火大会に行くことがバレてしまい急ぎ買い物に連れて行かれた。


「浴衣くらいいるでしょぉ?」


 母はそう言って聞かず、俺に紺の浴衣を買ってくれたのだ。

 最初は俺もそこまで必要に思っていなかったが、母に必要な理由を力説され、凛にも見てもらいたくなっていた。


「凛、まだかな……」


 待ち合わせ十分前だが、まだ凛の姿はない。

 周りを見渡してみると、俺たちと同じような考えだろうか、どこを見てもカップルが目に入る。

 花火大会はもちろん、夏祭りも並行して行われるため、恋人にとっては一大イベントだ。


「去年まで一人だったからなぁ……」


 去年はむしろ行かなかったまである。

 別に一人なら行く理由はあまりないし、お金を無駄に使ってしまうので避けていた。

 友人となら行くのだが、去年はたまたま皆別の用事が入っていた気がする。


「財布……今回は結構重いんだよな……」


 俺が家を出る寸前に母が大量の小銭を渡してきたのだ。

 流石に使わないくらいの百円玉に五百円玉、その他全ての小銭が揃っている状況だ。

 金額的には滅茶苦茶多いわけではないが、その重みがどこか不思議な安心感を漂わせいている。


「あ、いた! 海斗〜!」


 待ちに待っていていた人物の声が聞こえた。

 声の方向を見ると、いつもとは違う装いの凛が立っている。


「ごめん、遅くなっちゃった」


 水色がベースカラーの朝顔が描かれた浴衣に身を包んだ彼女。

 いつも下ろしている長い黒髪は後ろで綺麗に結ってあり、いつもとは違う可憐な雰囲気を醸している。

 煌びやかなかんざしが、まだ少し出ている太陽の光でキラキラと輝いていた。


「いいよ別にそんな待ってないし」


 凛は荷物を植物で編まれた手提げのようなものに入れていて、小物などにもこだわっているのが感じられる。

 でもそれ以上に彼女の浴衣姿に俺は興奮していた。


「凛……可愛い……」


 俺の口からぽろっとこぼれた心の声を聞き、彼女の頬が染まる。


「良かった……海斗も……似合っててカッコいい」


 お互いにお互いを褒め、少し戸惑いながらも相手から目を離せられずにいる。

 周りの人々は俺たちの横を通り過ぎ、自分の相手との時間を満喫するために移動を始めていた。


「そろそろいこっか?」


 凛が俺の手をそっと取る。

 華奢な指が俺のの中に滑り込んできて、じんわりと温もりが伝わってきた。


「ああ、行こうか……」


 俺が答えると彼女は俺の手を引いて、お祭りの屋台が並ぶ方向へ歩き出す。

 順番に提灯にあかりが灯り出し、ぼんやりとした光を放っている。

 凛のに手を引かれ、後ろ姿を見るとその細い首筋と頸が目に入った。

 普段エッチをするときは赤い跡だらけにいつもなってしまう、白い首筋。

 今の彼女に赤い跡が付いているのを想像してしまい、俺は赤面する。


「どこから行こうか?」


 凛は夜店を覗き込んでは次の店へと移った。

 そんな彼女に見つからないうちに俺は平常心を己に語りかけ、赤面をなおそうと必死になっている。


「ね、海斗? ねぇって……!」


 夢見心地な状況から、凛の声で引き戻された。

 ところがその現実もどこか夢のように思える。


「ん、ごめん聞いてなかった……」


「もう……やっぱり!」


 彼女は俺が聞いていなかったのが不満だったようで、頬を少し膨らませて怒っていた。

 その表情も可愛いのだが、すぐに凛は表情を変えて微笑んだ。


「海斗は何したいの?」


 夜店の集まった場所に入っており、周りには人だらけ。

 川のような人の流れに流されながら俺と凛は進んでいく。

 でも離れると困るから、繋ぎ方をさらに強く、近くした。


「とりあえずなんか食べたいな……」


 俺はまだ晩御飯を食べておらず、腹が減っている。

 お祭りでどうせ食べるからと食べなかった訳だが実は少し後悔していた。

 空腹で辛いのもそうだが、金銭面で出費がかさみそうだ。

 母はそこまで見抜いていたから、小銭をあんなに渡したのかと思う。


「じゃあ、何食べよっか?」


「ちょっと周ってから決めていい?」


 恋人繋ぎをしたまま露店を見て回る。

 すると、途中で凛の足が止まった。


「ちょっと私買ってきていい?」


「あ、いいよ。待ってる」


 俺も立ち止まり、彼女が買い物をするのを待つ。

 意外なことに凛はフランクフルトの店に入って行った。

 店を出しているおじさんに注文をして、お金を払い、商品を受け取る。

 それだけだが彼女が他人と喋っているのがどこかもやもやした。


「ごめんお待たせ」


 彼女はソーセージをの刺さった串を片手に小走りで帰ってくる。


「意外だ……凛がそんなもの食べるなんて」


「そう? 結構最近咥えてるけど……?」


「えっ?」


 彼女は悪戯っぽく笑うと俺の下半身を指差す。


「君のフランクフルト、いつも咥えてるでしょ?」


 凛のとんでもない下ネタに脳の思考が追いつかず硬直する。

 ところが彼女はそれに追い打ちをかけるように、


「君の方が大きい? のかな……?」


 なんてことを呟いていた。

 それを聞いてから、凛がそれを口に運ぶたび卑猥に脳内変換されてしまってまともな思考ができなくなっている。

 それに食べ方が悪くて、俺の方を見ながら少し吸うように食べるものだから、彼女も意図して想像させているようだった。


「はぁ……」


 俺は一つため息をつくと、また彼女に引っ張られるまま歩き始めた。

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