第46話

 凛の艶やかな黒髪を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「喜んでくれたようでよかった……」


 柔らかなその頬にそっと触れる。

 指先には彼女の愛おしい熱が残り、じんわりと馴染んで消えていく。


「今、時が止まれば……いいなぁ……」


 凛がふとそんなことを呟いた。


「凛?」


 俺が声をかけると、彼女は胸に顔を埋めてくる。

 凛は俺の背中を辺りをぎゅっと出しきめてきていた。

 俺も返すように頭と腰の部分を抱く。

 手や腹など彼女と触れている部分からぬくもりが伝わってくる。


「もっと……こうしていたい……」


 胸の中で凛が話すものだから息がかかってくすぐったい。

 でも、その呼吸の熱が嬉しかった。

 急に、背中に回されていた腕が上へと移動する。

 そして彼女は俺の上に寝そべると、一つ息を吐く。


「続きしよっか」


 重ね合わせた体で感じる彼女の熱。

 朝までそうしていたい。

 いや、そうするつもりだ。


「んっ……はっ……」


 彼女が脚を動かすたびにタイツが俺に触れ、普段触れない奇妙な感覚を味わう。

 ただその肌触りは滑らかで、なんとも言えないほど心地よい。

 そこからは息をするのも忘れて、二人の体力が果てるまでお互いを求め合う。

 彼女の瞳には俺だけが映っていて、俺の瞳には彼女だけを映していたい。


「あっ……はふっ……んあっ……」


 他の誰も知らない彼女の色っぽい呼吸が部屋に響く。

 二人の乱れた息遣いが絡み合って、徐々に呼吸のリズムすら似てくる。

 今までに彼女のこんな乱れた姿を見た奴はいるだろうか。

 この姿を俺しか見てないと思うと無性に興奮する。


「海斗っ……手……! 繋ぎっ……たいっ……!」


 乱れ、切れ切れの呼吸をしながら凛が両手を俺に手に重ねる。

 彼女の手を握り返すと凛の手の力が一層強くなった。

 彼女に細い指と俺の指が交互に絡む、いわゆる恋人繋ぎだ。


「すきっ……だからっ! もっと……!」


 彼女の興奮も熱も再び強くなり、それに比例して俺の体も熱くなる。

 欲望を貯めに貯め、お互いを求めた。


 そして、ついに想いが決壊する。

 

 凛は大きく体を震わせて、体がぎゅっと収縮した。

 綺麗な指が俺の手に食い込むかと思うほど強く強く握り締められ、彼女の目は焦点がぶれる。


「はっ……はっ……はぁっ……はぁ……っ」


 ゆっくりと息を整えるとともに、凛が脱力する。

 もう綺麗な下着を気にかける余裕はなかった。


「凛……」


 俺の上に重なっている彼女に顔を近づけると、凛は貪るように俺の唇に食いついた。


「かいとぉっ……」


 だいぶ激しく動いたせいか疲れているのだろう、下の動きもゆっくりだった。


「んちゅ……れ……ふぅ……」

 

 二、三度キスをしたあと、凛の顔が離れ、体が俺の横に転がった。

 薄いかけ布団の上で下着姿のまま寝っ転がる。

 ひんやりとした素材でできているのか、火照った体には気持ちがよかった。


「凛……?」


 彼女の顔には安堵の表情が浮かんでいる。

 それに、目がどこか虚になってきてとろんとしているように見えた。


「眠い?」


 俺の問いかけに凛は小さく頷く。

 彼女の瞼が徐々に徐々に閉じられていった。

 俺は凛の汗が浮かんだままの額に口づけをする。

 凛は何も言わなかったが、口元は微笑んでいて、少し荒かった呼吸は寝息へと変わっていた。


*****


 目が覚めるともうすぐ日が昇る時間だった。

 こんな時間に起きたということは昨日は早く寝てしまったのだろう。

 首を動かして横に寝ている人物を見ると昨日愛し合った人物が寝ていた。

 私には布団がかけられていて、彼も入っている。


「んっ……ちょっとベタベタする……」


 昨日はそのまま寝てしまったのだろう。

 体中がベタベタするし、汗の匂いもすごい。

 それは私だけではなくて横に寝ている海斗も一緒だった。

 起こそうと手を伸ばしたが、まだ朝早い。

 私はもう一度寝ようと布団に潜り込んだ。


「すごく……海斗の匂いがする……」


 布団の中は私の匂いと彼の匂いでいっぱいだった。

 ちょっと酸っぱいような汗の匂い。

 でもそれは私の理性を溶かすには十分だった。


「ちょっとだけ……だから……」


 私は気付けば彼の体に顔を近づけ、匂いを嗅いでいた。

 すんすんと私に鼻が鳴る音がする。

 彼にバレたら恥ずかしいことになる。

 変態と罵られるかもしれない。

 そんな状況がさらに体を熱くする。

 彼だって昨日やったじゃないか、だから私だって。

 そんな甘い考えが頭をよぎる。


「れろ……」


 何してるんだろ。

 彼の匂いで我慢できなくなってしまって、海斗の体を舐め始めてしまった。


「ちゅぅっ……じゅぅ……」


 彼の腕に吸い付き、跡を残す。


「うっ……」


 上の方で声がして私の体が跳ねた。

 海斗が起きてしまったと思い、全身が硬直する。

 

「ん……んん……すぅ……」


 彼は少し口をもごもごさせた後、再び寝息をたて始めた。

 安全とわかったらすぐに私は彼を味わうのを再開してしまう。

 頭の中では彼に意地悪される妄想でいっぱいになり、自然と体にまで影響を及ぼす。


「んっ……そんな意地悪……しないでよぉ……」


 彼の指を口に含み、自分を慰めながらそんなことを呟く。

 まるで彼にされているかのような言葉を放ち、一人で盛る。

 でも、虚しさがどこかにあった。


「海斗……」


 私は彼に起きてほしい気持ちを持ちながら、彼にバレたら嫌だから起きないでほしいといった矛盾する二つの気持ちを抱えて、一人慰めていた。

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