第45話

「んっ……あ……ちょっと……待って……」


 凛はそう言って立ち上がった。

 ちょうど盛り上がり始めたところでそう言われたものだから、お預けを食らった気分だ。


「どうしたの?」


 彼女に何か嫌なことがあったのではないだろうか。

 そんな不安が脳裏をよぎった。


「ううん、あとは……部屋でやりたい……」


 今はリビングのカーペットの上だ。

 たしかに汚れてしまったらなかなか大変なことになるだろう。

 凛は俺の手を引き階段を上がる。

 下着姿の彼女の後ろ姿を見ていると欲情してしまうが、なんとか理性で抑え込んだ。


「良いよって言うまで入らないでね?」


 凛は俺にそう言うと一人、自室へと入っていった。

 さっきまで二人でお互いに触れ合っていたせいか、急に独りの寂しさを感じる。

 最初の方こそ立って何もせずに待っていたのだが、だんだん不安が大きくなっていく。

 気を紛らわそうと手悪さをしていても何も変わらない。

 気づけば俺は彼女のいる部屋のドアに耳をつけていた。


「んっ……ちょっとこれ際どいかな……」


 中で何かをしている凛の声が聞こえる。

 布が落ちるぱさっといった音も聞こえる、気がした。

 彼女の声はどこか恥ずかしそうだ。


「これなら、いいかな……」


 そして聞こえてから数十秒経った時、凛が近づいてくる音がして、俺は慌ててドアから離れる。


「お待た……せ……」


 出てきた彼女は、さっきと服装が変わっていた。

 黒を基調とした下着は細かなレースで飾られていて、大きな胸を包んでいる部分などには花をあしらった刺繍があり、紫の花を咲かせている。

 それに一番目を惹きつけたのはその脚だろう。

 凛のすらっとした細い脚には黒の薄いソックス、それををガーターで引っ張っていて、彼女の細く綺麗な部分を引き立てていた。


「どう……かな?」


 頬を赤くしつつも、戸惑いの色も見えるその表情。

 部屋に入るまで隠していなかったのに、今は腕で胸を少し隠しているその恥じらい。

 白い肌に黒い下着が今までにないほど艶やかだ。


「これ……俺のために……?」


 凛は小さく頷く。

 俺は彼女が俺のためにこんなものを用意してくれたと思うと、嬉しくも恥ずかしくて思わず視線をそらせてしまう。


「ごめん……めっちゃ嬉しくて……今にやけすぎてる……」


 凛となかなか視線を合わせられずにいると、ぐいっと俺の腕が引っ張られる。

 そして俺の顔は彼女の方に向けられ、柔らかく桃色に染まった唇が俺の唇に触れた。

 一度、二度と唇が触れ合う。

 彼女のあかに染まった頬の熱が俺の頬に伝わってくる。


「こっち見てよ……」


 凛は弱くそう言うと、次のキスで舌を入れてくる。

 全くもって嫌ではなかった。

 むしろ甘く、心地の良い快感が頭の奥まで伝わってくる。

 彼女の腰に手を回してさらに距離を近づけた。


「近いね……」


 凛は真っ直ぐ俺の方を見ている。

 俺も彼女の今を、この幸福な瞬間を味わっている姿を目に焼き付け、肌で感じた。


「ありがとう、凛」


「ううん、私が着たかっただけ」


 恥ずかしさを誤魔化すためなのか、それとも本当のことなのかは分からない。

 でも、そんなことどうでもよかった。


「それ、可愛いし綺麗」


「良かった」


 凛は微笑むと、俺の首に腕を回す。

 まだキスだけなのに、とてつもない幸福感と充実感が溢れている。


「んっ……もっろ……はむっ……」


 お互いの口を味わい、その周りすらも舐め合う。

 離れた後に相手の表情を見ると、もうすでにとろけていて、こちらの表情も容易に想像できた。


「ね……入ろ?」


 冷房が小さく唸る部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。

 彼女は俺が座るとすぐに、俺の肩を持ってベッドへと横にさせた。


「凛?」


「海斗……私の胸に手を当てて?」


 凛に言われるまま、彼女の胸に手を当てる。

 手のひらはその双丘に少し触れて熱くなってしまう。

 でもそれ以上に凛の体も熱くなっているし、激しい心音も感じる。


「私……ドキドキしてる……こんなには……初めてかも……」


 凛は俺の肩を掴んでいた右手を離すと、俺の左胸に当てる。


「俺も……やばい……」


「一緒だね……」


 彼女は俺の上にまたがると、両手を俺の手に重ねる。

 凛の想いに応えるように握り返す。

 離れぬように、彼女を引き留めるように、繋がれるように。


「んっ……じゃ……あ……はじめよっか……?」


 彼女も待ちきれなかったようだろう。

 パンツはもう濡れていて、光の反射が変わっていた。


「んっ……はっ……はっ……すきっ……すきっ……」


 凛は俺の上で想いの言葉をぶつける。

 お互いの熱を、欲を言葉と体で表した。


「俺も……好きっ……だっ……」


 呼吸もだんだん疎かになるほど深く、深くのめり込む。

 お互いに跡をつけ、痛くないくらいに傷つけ、刻みつける。


「あっ……あっ……かいっとぉっ……!」


「りんっ……りんっ……」


 お互いの名を大声で叫ぶ。

 心から、喉から出していく。

 そしてついに大きく凛と俺の体は跳ね、ゆっくりと脱力した。

 上に乗っていた彼女は俺の横へとゆっくり倒れると、肩で息をしながらこちらに目線を向けた。


「……」


 凛の唇がかすかに動く。

 声は出ていなかったので、息が切れているからだろうと思う。

 でもどこかその口は


「ありがとう」


 と言っている気がした。

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