第44話

「ご馳走様」


 凛の作ってくれた料理を平らげ、俺は手を合わせた。


「私の料理どうだった?」


 俺の表情を窺いながら、少し心配そうに彼女が訊く。


「びっくりするほど美味しかった」


 それを聞くと凛は嬉しそうに笑う。


「良かったぁ……」


 正直悪戯しすぎたのでもっと怒られるかと思ったが、そんなこともなく食事となった。

 それにほぼ裸エプロンの姿が漫画に見るようなカップルの像で興奮したのを覚えている。

 それに今の会話もどこかそんな恋人像を感じた。


「そうだ、アイスあるの! 買っておいたやつ!」


「え、良いの?」


 凛は冷凍庫からアイスのカップをいくつか重ねて持ってくると、俺の前に並べる。


「海斗が何好きかわからないから色々買ったんだけど……」


 アイスの容器には霜がついているし、冷気でモヤみたいなのが出ている。

 いかにも冷たそうで暑い夏にはぴったりだ。


「チョコでしょ、イチゴでしょ、抹茶にバニラ……あとラムレーズンかな」


「ラムレーズンってまた渋いやつ……」


 彼女の並べたアイスはパッケージからしてもいかにも美味しそう。

 俺は色々な味を食べたくなってしまってなかなか選べずにいた。


「海斗はどれ食べたいの?」


「えー……そうだな……チョコとか……抹茶かな……」


 俺は最後まで残ったこの二つで悩んでいたのだが、どうも決めきれない。

 すると、凛は抹茶とチョコだけを残し、他のアイスを片付ける。


「ちょっ……凛?」


 彼女は変わった形状のスプーンを取り出すと、俺に渡す。


「半分こしよ?」


 凛は俺にそう言うとカップの蓋を開ける。


「ありがとう」


「別に私も何種類か食べたかったし」


 茶色と緑の冷たい塊がカップに入っていた。

 しかし、さっきまで冷凍庫に入っていたせいでいかにも固そうで食べるには一苦労しそうだった。


「このスプーンすごいんだよ?」


 チョコレートのアイスを手に取りながら彼女が言う。

 凛はなかなかスプーンが刺さらないであろうアイスに先程の変わった形状のスプーンを突き立てた。

 すると、そのスプーンを受け入れるかのようアイスが溶け、どんどん奥へと入っていく。


「これ、アイス専用のスプーンなの」


「なるほどね……?」


 俺も彼女の真似をしてアイスをすくってみる。

 俺の抹茶アイスも匙と接した部分が少し溶け、するっとすくうことができた。


「いただきます」


 俺はスプーンにのった冷たい欠片を口に含む。

 日本茶を連想させるあの味と気持ちの良い冷気がが口いっぱいに広がる。


「うまいな……これ……」


「でしょ?」


 凛もチョコレートアイスを食べて頬を緩ませている。


「あ、そっちのもちょうだい?」


「私も海斗の食べたい!」


 俺たちはお互いのカップを交換し少しすくって口に入れる。

 凛が食べていたのはほとんどハズレのないチョコレートアイス。

 間違いのない美味しさだった。


「抹茶も美味しいね」


「チョコも絶対外れないよな……」


 一口ずつ相手のを食べ、交換し、また食べる。

 そうやって少しずつ食べていくと、俺たちに異変が起こった。


「あー……痛ぇ……」


「キーンってする……」


 二人ともアイスのせいで頭痛を起こしたのだ。

 アイスを食べる手が少し止まり、頭を抱える。


「頭痛いのって冷たさを痛みと勘違いするから起こるって聞いた……」


「そうなんだ……」


 すると、凛が急に俺の顔を彼女の方に向けさせた。


「何……? んっ……!?」


 唐突の口づけ。

 驚く間も無く彼女の冷えた舌が入ってくる。

 いつもは熱い息が今回は冷たく、いつも以上に甘い香りを漂わせている。


「ちゅぅ……ちゅる……れろれぇ……」


 凛の舌が、俺の口内を味わうように動いていく。

 逆に俺の方も彼女の舌を味わっていた。


「んっ……海斗の口……抹茶の味する……」


「凛もチョコの味……だけじゃないか……」


 キスをしながらお互いの味を口に出して言う。

 だんだんアイスの味も薄れてきたが、別の甘さが頭の奥を支配していく。


「んっちゅっ……じゅる……ちゅぅ……」


 もう頭痛は感じていない。

 アイスの甘さも感じない。

 でも、凛とのキスがあまりの心地よくてやめられなくなっていた。


「ねぇ……」


「ん?」


 彼女の顔が離れる。

 少し舌を出した状態で離れたものだから、唾液の糸がお互いの舌から伸びて落ちる。


「またアイス食べさせてあげようか?」


 凛がアイスをすくってそう言った。


「どこに乗せる気?」


 冗談っぽく返すと彼女は少し考え、スプーンの上に乗ったアイスを口に含む。

 そのまま凛は俺に近づくと、再びキスをする。

 しかし、俺の舌と最初に触れたのは彼女の下ではなく、冷たく甘い塊。


「んっ……ちゅる……れろ……」


 彼女が舌で押し出しているアイスを俺が口に含むと、次は彼女の舌が入ってくる。


「こうしたら私とアイス同時に味わえるでしょ?」


 凛は俺の口中にまんべんなくアイスを馴染ませるように刷り込む。

 その間にも彼女の口からは唾液が溢れており、味の甘さと性の甘さが同時に味わえた。


「どう? 美味しい?」


 凛が妖美な笑みを浮かべて俺に問う。


「美味しい……美味しいけど……」


 俺は彼女の肩を抱き寄せ、体を密着させる。

 凛の柔らかく熱い胸を感じながら、俺は彼女の耳元で囁いた。


「やっぱりアイスだけじゃなくてさ……」


 彼女は耳を赤くしながら頷くと、さっき着たばかりの服を脱ぎ始めた。

 夜はまだ始まってあまり経ってない。

 今日はどれだけやるのだろうか。

 これから起こることを想像して俺は興奮していた。

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