第37話

 それからの会話は楽しくて、時は飛ぶように過ぎていってしまった。

 凛が小さい頃の写真を見せてもらったり、お互いのことを凛の両親に話したり。

 あっという間に日が傾いてしまって、泊まっていきたいとすら思った。


「じゃあ、そろそろ帰ります」


 もっと凛と一緒にいたい気持ちを抑え、俺は席を立つ。


「もっといてもいいのに……」


 凛は少し物足りなさそうに言った。

 俺の服の裾を掴んでいつものように行かせないようにしようとする。


「ダメでしょ、明日は学校なんだし……今日はサボっちゃったんだから」


 凛の母親は俺を引き止めようとする凛をそう言って制止した。


「凛、また明日会えるから」


 俺は凛の指を解き、彼女から少し離れる。

 凛は不満げにしていたが、やがて顔をあげ、頷いた。


「分かった……また、明日」


「うん、また明日」


 俺は自分の荷物を持ち、玄関へと歩き出した。


「送っていこう」


 凛の父親が俺を気遣って言ってくれたが、俺は首を横に振る。


「いえ、凛を送りに来ただけなので……それは申し訳ないです」


「そうか……」


 結局、凛の家族は玄関先で見送ってくれることになった。


「凛、そういえばその服どうしたの?」


 凛の着ている見たことのない服が不思議だったらしく、彼女の母親が訊く。


「これ? 海斗が貸してくれたの」


「そうなの!? ごめんなさいね、またクリーニングして返すわね」


 凛の母親は驚き、俺に頭を下げてお礼を言った。


「い、いえ! クリーニングなんてそんな……普通にそのままでも充分です……」


「そういうわけには……」


 凛の母親はここは譲れないようで、クリーニングに出すと言って聞かなかった。


「じゃあ、うちで洗って返すのじゃダメ……?」


「あ、ああ。それでいいよ」


 凛の折衷案に俺が賛成すると、凛の母親も渋々といった感じではあったが、納得してくれた。


「暗くなるから気をつけて帰るんだよ?」


「本当に凛がお世話になりました」


「またね、海斗」


 凛の家族に見送られ、俺は彼女の家を出る。

 日が陰ってきているのにまだまだ暑かった。

 凛の家が見えなくなる曲がり角に入る前に元来た方向を見てみると、凛が家から出て手を振っている。

 それが嬉しくて、俺も彼女の方を見て手を振った。

 凛の口が動いていた。

 声は聞こえなかったが、ありがとう、そう言っていたように見えた。



*****



 海斗が帰った後は親はいつものように怒ることはしなかった。

 寧ろ海斗のことをいい子だと言ってくれた。


「やっぱり、海斗の匂いがする……」


 お風呂に入ろうとパジャマを取り出していると、ふわっと今着ている服から彼の香りが漂ってくる。

 私は海斗に悪いとは思いながらも、服を一旦脱ぎ、下着姿で脱いだ服を顔に近づける。


「安心する……」


 なぜか守られているように錯覚する。

 いや、守ってくれた。

 彼のことを考えるとどうしようもなく体躰が火照ってしまう。


「少し、少しだけ……」


 海斗の服を顔に押し付け匂いを嗅ぐ。

 彼に包まれていると考えながら呼吸をする。


「んっ……かい……と……」


 気づけば私は右手で自分の下半身をまさぐり始めていた。

 匂いを嗅げば嗅ぐほどまた感じたくなる。

 疼きをおさめようとすればするほど躰はさらに求めてしまって、さらに疼きが酷くなる。


「すぅ……んあっ……海斗……それダメぇっ……!」


 彼が目の前にいると自分に思い込ませ、甘い声を出す。

 彼との今までやってきたことが脳裏に浮かんでは、快楽を刻み込んでいく。


「んっちゅぅ……じゅ……」


 彼ほどの力は出ないけれど、自分の二の腕にキスマークをつけてみる。

 それすらも脳が昂っているせいで彼に付けられたものだと勘違いできそうだった。


「私……変態みたい……」


 自分で自分をそう罵ってみると、さらに気分が高まってしまう。

 太ももや胸を触る手がどんどんいやらしく動いている気がしてきた。


「これ以上は……服汚れちゃうのに……」


 私自身の汗などで海斗の服が汚れてしまう。

 その前にやめなければと頭の中では考えていた。

 でも、躰はいうことを聞かなくて彼の服によだれがつきそうになる。


「凛、お風呂入らないの?」


 急に部屋の外で声がして大きく体が跳ねる。

 私の母がなかなかお風呂に入らない私を心配して呼びに来たのだ。


「だ、大丈夫……! もうすぐ行くから……!」


 私は早まる呼吸を抑えつつ、対応する。


「どうしたの? 息上がってる?」


 でも、誤魔化しきれずに母に息が切れているのがバレてしまった。


「ちょっと片付けしてたから……! 本当に大丈夫、すぐ行く!」


「そう?それならいいけど……」


 うちの親は鈍感だから救われた。

 母が部屋から離れるのを確認し、私はもう一度海斗の服に袖を通す。


「やっぱり……いい匂い……」


 彼の家や彼自身の匂いを感じて、私は部屋を出る。

 私からはよくわからない私自身の匂いのするパジャマを持って脱衣室へ。


「そういえば……まだお風呂は一緒に入ったことなかったっけ……」


 私は再び服を脱ぎ、浴室のドアを開けた。

 また彼と体を重ねる時を想像しながら。

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