第34話
「服、今度クリーニングして返すね」
「いいよ、洗ったりしなくても」
「そう言うわけにはいかないから……」
恋人繋ぎのまま凛の家に続く道を歩く。
近くには学生やスーツを着たサラリーマンのような人が歩いている。
「そっか今日は学校ある日だったな……」
「確かに……すっかり忘れていたけど」
他の学校の制服を着た人を見るたびにどこか安心する。
うちの学校の制服だったら緊張する上にクラスメイトだったら最悪だ。
「もう学校終わったのかな……?」
「まぁそろそろ夏休みだしな……」
去年までは夏休みなんて友人と遊ぶか、一人で何かをして、最終日あたりに課題に追われる生活をしていた。
今年は凛と遊びたいから課題は早く終わらせないとな。
「ねぇ……」
「ん……?」
凛が俺の手を握る力を少し強める。
「夏休みとか……どうするの?」
彼女は少し緊張した顔でこっちを見ていた。
直視してしまうと、こっちまで緊張してしまってまともな回答ができない。
出来るだけ平常心を保つため、真っ直ぐ進む方向を見る。
「特にないよ」
「そっか……」
凛は安心したように言う。
「どうしたの?」
彼女が言いたいことは大体分かったている。
でも、凛の口から聞きたい。
「いや、予定ないなら色々できたらなぁって……」
心の中で盛大にガッツポーズをする。
それと同時に何をするかの想像が膨らむ。
「俺も……色々やりたいかな……」
こんなに顔が熱く感じるのは夏の日差しのせい、そう思いたい。
でも、彼女が横にいると嫌でもそれが照れだと分かってしまう。
「夏祭りとか行ってさ、花火見たり」
「私も。あと海とか行きたい」
「海か……えっ、海!?」
思わず大きな声が出てしまう
凛の水着姿。
想像だけですでに緊張とかで死にそうな気がする。
「私の水着姿、見たいでしょ?」
「そりゃ滅茶苦茶見たいけど……」
見たいけど、心臓がタダで済む気がしない。
でもそんな俺の心情を分かってなのか、彼女は笑みをこぼす。
「じゃあ行こうよ」
そんな彼女の甘い誘いを断ることはできない。
俺はすぐに
「わかった」
と行くことに賛成してしまう。
「じゃあそれで決まり!」
「ああ、楽しみにしてる」
「早く夏休みならないかなぁ……」
凛は楽しそうな顔をしたものの、少し顔を曇らせる。
「ん? どうしたの?」
「ううん、まぁちょっとね……」
「なんかあるの?」
さっきまでの雰囲気から急に暗くなったものだから俺でも心配になる。
「前のテスト……がね……」
「ああ、それか……」
「昨日家を飛び出したのもそれが原因で……」
彼女は昨日うちに来る前のことを話し始めた。
「成績落ちてたの……まぁ順位とかじゃなくて、点数が」
「え、でも今回テスト全体的に悪くなかった?」
「まぁそうなんだけど……」
凛は繋いでいない方の手で髪をいじり、話を続ける。
「親が完璧主義というか……そんな感じでね」
「それはめんどくさいな……」
「そうなの、しかも親がね……私が高校の頃はもっとこういうの解けていた〜とか言うんだよ?」
「一番言われたら嫌なやつだ、それ」
凛は口をこぼしながらも、歩みは止めない。
でも、どこか俺の手にかかる力が強くなっている気がする、
「でも……これで私の親もわかってくれるといいけど……」
「話せばわかってくれるよ、きっと」
「そうだといいなぁ……」
彼女と話しながら歩いていると、いつのまにか目的地の近くについていた。
「もうすぐだね……」
「うん……」
凛の歩みは徐々に重くなっている。
それもそうだろう。喧嘩をして飛び出したって言っていたから。
「帰りたくないなぁ……」
彼女は空を少し見上げて、呟いた。
「空を飛んで逃げられたらどんなにいいんだろ……」
凛と同じように俺も空を見上げる。
真っ青な群青に、白い雲の塊が高く高くそびえ立っていた。
「鳥になれたらってたまに思うよね」
「うん、空に逃げてしまいたくなる」
電線に止まっていた二羽のカラスが同時に飛び立った。
「でもさ、俺は凛が行ってしまったら寂しいけどね」
流石に恥ずかしくて彼女の顔を見ながらはいえなかった。
でも、きっと彼女は驚いた顔をしているはずだ。
「ありがと……」
凛も恥ずかしそうに、弱い声でそう言った。
彼女の家の前についても凛は名残惜しいのか、なかなか手を離さなかった。
「このまま手を繋いで海斗の家に行ってしまいたい……」
彼女はそんなことを言いつつもようやく手を離した。
「また来てよ。楽しかったし」
「ありがとう。またいい時にお邪魔するね」
俺は凛に彼女の荷物を渡す。
「じゃあ、またね」
「ありがとう、お世話になりました」
彼女と別れを告げていると、家のドアが開いた。
「凛、おかえり」
凛の家から出てきた女性がこちらに向かってくる。
「お母さん……」
凛が少し驚いたような声を出す。
今はいないかもしれないと言っていたからだろう。
俺からみたら凛の母親は一見優しそうだ。
しかし、凛の表情は暗くなる一方だった。
「凛、どれだけ心配したと思ってるの?」
凛を小さく叱りつけながら、凛の母親は俺の方を見た。
「飴井くんね? 凛の母です。この度は大変お世話になりました」
深々と頭を下げ、俺に感謝を述べる。
「親御さんにも本当にお世話になりましたとお伝えください」
「いえ、うちは大丈夫です……」
凛の母親は凛に家にはいるよう指示する。
その瞬間、一度は背を向けた凛が俺の方を見た。
なにかに怯えるような、それでもって誰かに助けを求めるような目だった。
「あの……!」
もう逃げたくはなかった。
凛の重荷をどうにかして少なくしてあげたかった。
そのためには行動をしなければ。
「どうしたの、飴井くん?」
大きく息を吸い、心を落ち着かせる。
覚悟を決めて、一歩踏み出した。
「今、少し大丈夫ですか?」
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