第33話

「ごめん……ありがと……」


 横で寝ていた凛は起き上がり、服を着だした。


「もう大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 パジャマに袖を通し、元の服装に戻る。

 表情もだいぶ柔らかくなっていて、安心した。


「なぁ、それで帰るのか……?」


 凛はとりあえずパジャマを着ているが、帰るのだったら外に行くようの服を着た方がいい。


「んー……そうだよね……服装どうしよう……」


「とりあえず、来た時の服確認しよう」


 俺も脱ぎ捨てた服を拾い、服を着直す。

 汗や他の水気で湿った肌に布が張り付くのが少し気持ち悪い。

 ただ、あまり悪い気もしなかった。

 俺たちは一階に降りて洗濯物を確認する。


「まだちょっと湿ってる……」


 彼女の服はまだ少し湿気があって、着れないこともないが、あまり着ていても気持ちがいいものではないだろう。


「どうするの?」


「もう、これ着て帰るよ」


 凛はまだ干してある服を外して皺を伸ばす。


「あのさ、俺の服貸そうか?」


「えっ?」


「いや、サイズは少し大きいかもしれないけど。濡れてない方が良くない?」


 彼女は視線を手に持った服に落とす。

 少し考えた後、彼女は俺の方を照れ臭そうに見た。


「ありがと……じゃあ、借りても……いい?」


「ああ」


 ただ、俺の服はあまりバリエーションがない。

 でも、ズボンと襟付きの服ならボーイッシュではあるが女子でも着られるだろう。


「こういうのしかないけど……」


 俺は凛に出来るだけ合いそうな服を選ぶ。

 ブラウスっぽいトップスと黒のズボン。

 俺の中では多分大丈夫な組み合わせだ。


「ちょっと着てみるね」


 彼女は俺から服を受け取るとパジャマを恥ずかしげもなく脱ぎ始めた。


「ちょっ……俺部屋出るわ……!」


 少し恥ずかしくなって俺が部屋から出ようとすると凛に引き止められる。


「いいじゃん、もう何回も見てるんだから」


「だけどさ……女子の着替え覗いてるみたいでさ……」


「えっちはしてるのに?」


 凛は俺をからかうのが面白いのか、少々悪い笑みを浮かべている。


「それこれとは別! 出るからな!」


 俺は耳を塞いで大慌てで部屋を飛び出す。

 その時凛が、


「つまらないの」


 と言った気がした。

 しかし部屋を出たと言っても、所詮は薄い壁一枚で隔てられただけ。

 服を脱ぐ音が聞こえる気がする。

 俺だって男子高校生だ、気にならないわけがない。

 思春期特有の好奇心を抑え込み、じっと待つ。


「海斗、いいよ入って」


 中から凛の声が響く。

 俺は、彼女のこれから見える姿に興味と不安を感じながら扉を開けた。


「どう……かな……」


「悔しいです……」


「えっ?」


 俺の服を着た凛の姿は、持ち主である俺のよりも格好良く思える。

 少し大きめなのが、玉に瑕かもしれないが。

 今は長い髪を後ろに流しているが、そのままポニーテールにしても似合う気がする。


「いや、こっちの話……まぁ、俺より似合ってるかもしれない……」


「嘘」


「ほんと、ほんと」


 彼女は一周回って見せた。

 長い髪がふわっと浮いて、まるでアニメのような構図が出来上がっている。


「でも、この服……」


「ごめん、ちょっとバリエーションがなくて……」


「ううん、そんなことじゃなくてさ……」


 凛はそこまで言うと、服の匂いを嗅ぎはじめた。


「海斗の匂いがするなぁって」


 彼女は頬を赤らめながら俺の方を見る。

 その表情もそうだが、これが彼シャツ。

 いや、彼服一式かれふくいっしきと思うと少しドキッとする。


「赤くならないでよ……こっちまで恥ずかしくなる……」


 凛のその言葉で俺は自分の頬が熱くなっていることに気づく。

 彼女が自分の服を着ていることに興奮しているのかもしれない。


「そっちだって赤くなってるじゃんか……」


「海斗のせいだもん……」


「凛の方が赤くなるの早かったって!」


 まだどこか恥ずかしがった方が負け、みたいな感じがある。

 お互いが恥ずかしがったのは相手のせいと主張してさらに恥ずかしくなるところまで察せる。


「とにかく! 服ありがと」


「お、おう」


 凛は俺の服を着るのが嬉しかったのか、頬の高揚がなかなかおさまっていない。

 それに俺がみると、匂いを嗅ぐのを慌ててやめていたりする。


「そろそろ帰らなきゃ……」


「まぁ、また来てよ。いつでもいいからさ」


「ありがとう」


 彼女の荷物を手提げカバンに入れ一緒に家を出る。


「うわ、あっつ」


 扉を開けると夏の熱気が全身を包み込む。

 冷房をつけていた部屋とはうって変わったその空気に少し驚いてしまう。


「そりゃ、夏だから……」


「まぁそうだけど、さ」


 戸締りをして、凛の家へ歩く。

 二人並んで歩くのはやはり嬉しいものがある。

 それに俺は少し期待していて、カバンを彼女とは反対側に持った。


「でも本当に暑いね……」


 凛は空を見上げて眩しそうに目を細めた。


「俯いてたら見えないよな……」


「そう……ね」


 話しながら歩くと、時折手の甲がぶつかり合う。

 徐々にその回数が増えていく気がする。


「今日、親は?」


「多分仕事……いないかもしれない……」


 次の瞬間、凛が俺の指先を軽く握る。

 そして、何も言わないままお互いの指を絡め、手のひら同士が離れないように繋いだ。


「ありがと……」


 凛がそう呟いた。


「いいや、期待してたから……」


「私も同じ……」


 二人並んで歩く道がいつもより暑く、明るく感じた。

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