第28話

 ベッドの上でお互いの体を触っていると、部屋のドアがノックされた。


「起きてるぅ?」


 母が起こしにきたようで、慌てて彼女から手を離す。


「あ、ああ。起きてるよ!」


「私も起きてます……!」


 母は部屋には入ってこない。

 母なりの配慮なのかもしれない。


「早く降りてきて、朝ご飯用意してるからねぇ」


 そして母は少し笑いを含んだ声を出した。


「イチャイチャするのもいいけど、覚めちゃうわよぉ?」


「べ、別にイチャイチャなんて……な、なぁ凛……?」


「そ、そうですよ……! お母さん!」


 そう弁明しても、多分勘の良すぎる母にはお見通しなのかもしれない。


「若いっていいわねぇ」


 とだけ残してドアの向こうから母の去る足音が聞こえた。


「これ……バレたかな……?」


 凛が不安そうに俺に聞く。


「たぶんこれバレてる……」


 今までの母の勘の良さは俺が一番知っている。

 なんとなくバレている気がする。

 いや絶対バレている。


「恥ずかし……母さんとどうやって顔合わせよ……」


 俺は半脱ぎになっていた服をもう一度着直して、何事もなかったかのように装う。

 凛も同じようにはだけていた服を着直してボタンもきちんととめていた。


「おはよう……ございます……」


「おはよう……」


 俺と凛がリビングへと降りると父の姿は見えず、母がキッチンにいるのは分かった。


「二人ともおはよぉ」


 母は相変わらず呑気そうな声で挨拶を返す。

 テーブルの上を見ると、いつもより少し豪華な朝食が用意されていた。

 普段は菓子パンとかで済ませちゃうけど。


「あ、温かいうちに食べちゃってぇ。冷めたら美味しくないし」


 母は後片付けをしているのだろう。

 キッチンの方から出る事なくそう言った。


「いただきます」


 普段より量の多い朝食で俺は少し違和感を覚える。

 休日のような量。

 このゆっくりさも祝日の朝のようだった。


「あれ、今日……え……」


「海斗どうしたの?」


 もしかして、今日はこんなに寝てもよかったのだろうか。

 脳裏に嫌な予感がチラつく。

 時計がもう午前十時をすぎている。

 もしこの予感が正しければ、俺らは大変なことになる。



「いや、今日……学校……じゃない……?」


「えっ……!?」


 凛と顔を見合わせる。

 今日はまだ平日。

 学校があったはずだ。


「なぁに? どうかしたぁ?」


 母が俺たちが何か慌てているのを感じ取ったのか、キッチンの方から出てきた。


「いや、やばい……今日学校だ……行かなきゃ……!」


「私、学校の用意とか全然できてなくて……! 持って来てないし……!」


 あたふたしている俺と凛に母は優しく笑った。


「あら、今日はもう休みにしちゃったわぁ?」


「え?」


「あなたたちを起こすのなんか申し訳なくてねぇ……学校には連絡してるからぁ。 凛ちゃんのご家庭にも連絡しといたわぁ」


 母はどうやら俺たちが休むという事を勝手に学校に連絡してしまったらしい。

 二人同時に遅刻で白い目で見られるよりかはいいけど、それはそれで恥ずかしかった。


「あ、そうそう! お父さんからねぇ、伝言を預かってるのよぉ」


 そう言うと母は父の静かな口調を真似しながら似合わないキメ顔までして話し始めた。


「まず凛ちゃん。ちょっと狭い我が家だけど、困ったらいつでも来なさい。だってさぁ」


「まずってことは俺にもある?」


 母はニヤッとすると今度は俺宛の伝言を喋り始めた。


「海斗、凛さんが帰る時は家まで送ってあげなさい。だってぇ」


 最初からそのつもりではあったが、父に言われるとこの関係を認めてもらえた気がして、少し嬉しかった。


「食べ終わったら、下げといてねぇ。 私はすこし出かけるからぁ」


「え、母さんなんか用事あったっけ?」


 俺の質問に母は少し微笑んだだけで答えてはくれなかった。


「あの、海斗のお母さん……!」


「なぁに? 凛ちゃん?」


「あ、あの……! ありがとうございました! お父さんにもそう伝えてください!」


 母は凛の言葉を聞いて頷き、


「わかったわぁ。 凛ちゃんも親御さんと仲直りちゃんとするのよぉ?」


 と残して部屋から出ていった。

 朝食を食べ、少しお腹が落ち着いてきたせいか妙な安心感に襲われた。


「寝たはずなのに……眠い……」


「海斗、これ以上寝たら寝すぎじゃない?」


「そうなんだけどさ……」


 とりあえず、部屋に戻りながら今日の予定を凛と相談する。

 でも、学校を休んでいるというのにどこかに出かけるというのもおかしい話。

 それに見つかったら面倒なので家で過ごす方向になった。


「ああ、そうだ。 凛ゲームする?」


「え、どんなの?」


「いや、パソコンのゲームとか」


 俺は棚からパソコンケースを取り出し、机に置く。

 電源をつけると俺は見慣れた画面が立ち上がった。

 しかし、凛はほとんど見たことがないのだろう、珍しそうにその様子を眺めていた。


「確かこのファイルなんだけど……」


 デスクトップからファイルを一つ開く。

 すると、俺のゲームのコレクションが画面にいくつか表示された。


「わぁ……これ全部ゲームなの?」


「好きなのやっていいよ。これは大体全部RPGだから」


 彼女に席を譲り、俺は漫画を本棚から取り出す。


「じゃあお言葉に甘えて、やらさせてもらうね」


「どうぞ」


 そうして、二人のお家でサボりタイムが始まった。

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