第23話

 賑やかな食事が終わり、俺は少しずつ寝る準備を始める。

 凛は母と楽しそうに話していて、少し安心する。


「じゃあ俺、風呂行ってくるから」


「ん、いってらっしゃい〜」


「いってらっしゃい」


 二人にそう言われると、なぜか新しい家族が増えた気がした。

 脱衣室に入ると、すでに温もりがこもっている。

 服を脱いで、洗濯機へ。

 ふと気になって洗濯機の中を覗くと、そこには凛が着ていた服が入っていた。


「今日は白だったな」


 何がとは言わないが。

 あの時は雨の匂いしかしなかったが、彼女の肌が接していた部分はどんな匂いがするのだろう。

 それが妙に気になった。

 いつものような、いい香りがするのだろうか。


「流石にそれは変態っぽいな……」


 恋人みたいになったとはいえ、女子のブラを嗅ぐのはいけないだろう。

 でも、俺だって高校生男児な訳で興味くらいある。

 肌を重ねていても、未だに下着は嗅いだことがなかった。


「バレない……よな……?」


 母と凛は話しているだろうし、父は部屋へと行ってしまった。

 ここには俺一人、扉も閉まっている。

 そっと腕を洗濯機の中に入れ、白いそれを取り出す。


「いや、やっぱり……やめとこう……」


 最後は鋼の意志で好奇心を抑え込む。

 俺は下着と一緒に着ていたものを放り込むと、風呂場へと入った。


「なんか、いつもと違うな……」


 風呂場に違和感がある。

 嫌な違和感ではなくて、寧ろ良い感じの、何かを思い出すような違和感だった。


「匂いか……?」


 温もりの中、微かに凛の匂いが残っている気がした。

 それが彼女との今までのふれあいを思い出させたのかもしれない。

 色々思い出しすぎたせいで、体が反応してしまう。


「はっず……」


 俺は欲望を抑えつつシャワーを浴びる。

 湯船のお湯は次入る人のために極力出さない。

 まずは髪、そして胴を濡らす。

 肌の上を水が伝っていく感覚が心地いい。


「もうちょっと熱い方がいいかな……」


 温度を少し上げ、熱々のシャワーを頭からかける。

 この時が最高に気持ちよくてスッキリする。

 凛も使ったかもしれないシャンプーのボトルを手に取る。


「そういえば、凛は今日俺の部屋で寝るのか……」


 凛はいつも彼女の家の香りがする。

 でもここで俺が気になったのは、我が家のシャンプーを使った凛はどんな匂いがするのだろう。

 と言ったことだった。

 さっきまで凛の近くにいたが、父と会話や食事のせいで匂いまでは気に留めなかった。


「布団出さなきゃな……」


 母には床で寝ろと言われたし、もちろんそのつもりでいた。

 でも、凛と一緒に寝るなんて心臓がもつかどうか。

 そんな事を考えつつ俺は頭を洗う。

 次にボディーソープで首、胸、腹。

 下へ下へと洗っていく。


「目に入った……痛った……」


 手探りでシャワーのヘッドを見つけてお湯を出す。

 ちょうど洗い終えたところだし、もう流してしまってもいいだろう。

 シャワーで次は泡を流す。

 髪から滴った水滴が次々と床を打ち付ける。

 凛の香りはもう石鹸の匂いで消えてしまった。

 いや、最初から意識しすぎて勝手に感じていただけかもしれない。

 俺はようやく湯船へと体を滑り込ませ、一つため息をつく。


「あったけぇ……」


 そう呟いた時、あることに気づいた。


「これって凛が浸かっていたお湯……だよな……」


 なんというか、変な気分だ。

 彼女がいないのに彼女に包まれているような感覚に陥った。

 いや、そういう妄想に陥っている。


「ああ、もう。変に意識しすぎ……」


 湯船に浸かるのは好きなのだが、恥ずかしさですぐに立ち上がってしまう。

 揺れる水面に映る自分はとても恥ずかしそうだった。



「ん、おかえりぃ」


 風呂から出るとリビングに凛はいなかった。


「あれ、凛は?」


「凛ちゃんは海斗の部屋に行ったよ〜」


 母はお菓子を食べながらそう言う。


「それちょっともらって良い?」


「あ、凛ちゃん呼んできて一緒に食べましょ?」


「分かった」


 俺は二階の自室へと駆け上がる。

 部屋の扉を開けると、凛は俺の部屋の本棚を眺めていた。


「あ、上がったんだね」


「ああ、何見てるの?」


「いや、いろんな漫画とかゲームあるなぁって」


 彼女は俺のコレクションを珍しそうに見てはため息をついている。


「これ、俺のイチオシ」


「そうなの?」


「まぁ、良い漫画だよ。後で読んでみて」


 凛はその本を手に取ると表紙を撫でる。


「良いなぁ……後で読ませでもらおうっと」


 本を本棚に戻し、彼女は俺の方を見た。


「で、なんで上がってきたの?」


「ああ、お菓子食べるけど一緒にどう?」


「え、良いの? いくいく!」


 凛は嬉しそうに階段の方へと歩き出す。


「海斗も来るんでしょ?」


「ああ、布団を出したら」


「ベッドで寝ないの?」


「いや、一緒のベッドは流石にまずくない?」


 今まで何回も同じベッドで行為に及んでいるとはいえ、一つ屋根の下で寝るのは初めてだ。

 それがどことなく恥ずかしくて、これ以上は耐えられそうにない。

 それを聞いた凛は


「そっか」


 とだけ言って、降りていった。


「さて、布団出すか……」


 俺は押し入れから前に使っていた薄い敷布団と掛け布団を引っ張り出す。

 床に広げると、少し狭いが寝られるスペースができる。

 俺は見られてはまずいものが見つかっていないかだけを確認して、部屋を出た。

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