第22話

「で、その子は海斗のなんなんだ?」


「えっ……」


 凛を紹介した後、父にそう訊かれた。


「恋人なのか?」


「あ、ああ……」


 凛とはまだ恋人とはっきり決めたわけではない。

 恋人になる過程を色々飛ばしてしまって、そう言っていいのかわからない。

 そのせいで中途半端な答えしか出せなかった。


「なぜそんなにはっきりしない答えなんだ?」


 父はそんな俺の様子が気に食わないようだった。


「あなた、もういいでしょう? そろそろ食事に……」


 母がそうなだめても、父の態度は崩れなかった。


「凛さんには申し訳ないけど、これは大切なことだ。はっきりさせないと間違った時に逃げてしまう」


 父はやっぱり苦手だ。


「それに、理由もなく見ず知らずの女の子を泊めることはどうなんだ?」


 こういう時に思うようにさせてくれない。


「あ、あの……」


 父の態度が悪いせいで凛の肩身が狭くなっている。

 どうにかしなければならなかった。


「海斗、もう一度訊く。彼女はお前の恋人なんだな……?」


「それは……」


 ジレンマってこういうことを言うのかもしれない。

 俺が答えられずにいると、隣に座っている凛が口を開いた。


「私が悪いんです……」


「凛ちゃん……?」


 母が心配そうに声をかけたが、凛は続ける。


「ごめんなさい、邪魔でしたよね……帰ります……」


 凛が席を立とうとすると、父の静かな声が響く。


「誰かを好きになるということは、即ち傷つくということだ」


「え?」


 父の話が一瞬理解出来なかった。

 凛も俺と同じようで、父の方を見て止まってしまう、


「誰かと一緒にいるということは、その人を傷つけることにもなる」


 父は淡々と話を続ける。


「もし、中途半端な気持ちならやめた方がいい。それは凛さんのためでもある」


 厳しい言葉が続く。

 父の説教があまりにも耳が痛かった。


「お前たちの関係に口は出したくない。しかし、はっきりさせないとダメな時もある」


 今まではっきりさせるのは避けていた。

 彼女のためだと思っていたが、もしかしたら無意識に逃げて都合よく彼女を理由にしていただけかもしれない。


「逃げて、避けていてもいつかは決めなければならない」


 そこまで言って父が大きく息を吸った。


「海斗」


「うん」


「もしお前が本当に彼女を思っているのなら、次の質問にはっきり答えなさない」


 空気がさらに張り詰める。

 どんな質問がくるのか、頭の中で様々な予測が瞬時に浮かんでは消えた。

 しかし、父の質問はもうすでに聞いていた。


「彼女はお前の恋人なのか?」


 これはその事実を聞いているのではなくて俺の覚悟を聞いているものだとわかった。

 父の体があまりにも大きく見えて、精神的にも押し潰されそうだ。

 だが、もう逃げるのはやめよう。

 俺は意を決して、口を開く。

 だが、最初に響いたのは凛の声だった。


「海斗は私の大切な人です。それは海斗も同じだと思っています」


 彼女の言葉に後押しされ俺も自分の思いをはっきりさせる。


「俺も凛の事を想ってる。だから、父さんお願いします」


「お願いします」


 二人で頭を下げる。父の表情は見えないが、立ち上がる音が聞こえた。


「あなた……」


「ああ、そうだな……凛さんのことは私たちの方から親御さんに連絡しておく……凛さん、泊まっていきなさい……」


 俺と凛は頭を上げ、お互いの顔を見合わせる。


「父さん、ありがとう!」


「ありがとうございます!」


 父は俺たちを見ると、微笑んだ。

 かなり久々に父の笑っている姿を見た気がする。


「じゃあ母さん、ご飯にしようか」


「そうしましょうねぇ」


 父と母は二人で台所の方へ行くと、食事の準備をしだした。


「海斗、手伝え」


「わ、分かった!」


「あの私も……!」


 しかし、父は凛の方を見て首を振った。


「お客さんに手伝わせるわけにはいかないな……まぁ座って待っていてくれ……」


「そうよぉ? お客さんは座って待っててねぇ」


 父と母にそう言われてしまったらしょうがない。

 凛は申し訳なさそうに並んでいく食事を眺めていた。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 こういう風に家族全員とお客さんで食べるのは初めてのことかもしれない。

 それに、横にいるのが凛というのがなによりも嬉しかった。


「お赤飯炊けばよかったわぁ……」


 母がそんな事を言いながら俺たちを茶化してくる。


「そんな……大袈裟ですよ……」


 凛が恥ずかしそうに言う。


「いや、めでたいと言うか……珍しいこともあるものなのねぇ……」


「海斗に恋人ができるなんて……な……」


 父までそう言ってからかいだした。

というか、息子がそんなに恋愛できなさそうにみえるのか。


「馬鹿でどうしようもない息子ですが、どうぞよろしくねぇ」


「こんな息子で申し訳ない……」


 父と母が揃ってそう言った。

 凛は頬を赤らめながら首を横に振る。


「いえ、海斗には本当に良くしてもらってます。私の方こそ、至らないところがありますが……」


 そんな結婚前の両親への挨拶みたいな。

 と、思っていると母が急に笑い出す。


「これ、なんか本当の挨拶みたいねぇ! 私好きよぉ。お父さんなんか、私の両親の前でカチカチに——」


「やめてくれ……思い出すだけで恥ずかしい……」


 それからはいつもより賑やかな食卓が続いた。

 こんな日々が、もっと長く続けばいいのに。

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