第21話

「そっか、海斗にもねぇ」


「まぁ……うん……」


「まぁ薄々気づいてたけどさ」


 母は相変わらず勘がいい。

 寧ろ俺が顔に出やすいのかもしれない。


「どこで出会ったの?」


「もともと今のクラスメイト」


「なるほどねぇ」


 台所で料理の続きをしながら母は俺と話している。

 時計を見ると、もうすぐ父が帰ってくる時間だった。


「お父さんになんて言うかな……」


 心配なのは父の反応方だ。

 俺はあまり父が好きではない。

 仕事で忙しいからなかなか顔を合わせることもないし、あまり喋る方じゃない。

 何を考えているのか息子の俺でもわからない。


「まぁ、お父さんには私からも説得してあげるからさ」


「ありがとう」


「それに、あんな子を夜中に追い返すなんて流石にお父さんもしないでしょ」


 父はどんな反応をするだろうか。

 母にそう言われても苦手意識からか、うまくいかない気がしてならない。


「あの……すみません……」


 脱衣室の方から凛の声が聞こえた。


「はーい、何かあった〜?」


 母は火を止め脱衣室の方へ。

 俺の方をなぜか確認してから、母は凛のいるところへ入っていった。

 中の様子が気になって近くに行くと話し声がかろうじて聞こえるが何を話しているのかはわからない。

 覗くのは流石に悪いと思ったのでリビングへ戻って待っていた。


「なんだった?」


 少ししてから出てきた母に訊く。


「ん〜? タオルを置いてあるところがわからないってさ」


「出し忘れてたわ……」


「凛ちゃん今日泊まるように服選んだけど良いよね?」


 母がそんなことを言った。


「え……逆にいいの?」


「だって、こんな状況で返せないじゃない?」


「もっとなんか言うかと思った」


 母の優しさが本当に嬉しかった。


「でも寝る場所用意できてないんだよねぇ……海斗さ、ベッド貸してあげなさい?」


「分かった」


「あ、あと部屋大丈夫? 汚くない?」


 うちの親は基本俺の部屋に入ってこない。

 最近片付けをしたばかりだから多分大丈夫だと伝える。


「そういえば一個いい?」


「どうぞ」


 何を言われるかはわからないが、母がちょっと悪い笑みを浮かべた。


「では……


「ちょっといい声で言わないでくれる?」


「一回言ってみたかったんだよねぇ……なんか好き」


 顔を見合わせて笑う。

 そんなしょうもないことを話していると、脱衣所のドアが開いた。


「すいません、お風呂ありがとうございます……それに服も……」


 慣れない服に落ち着かない様子で凛が出てきた。


「いいのいいの、昔の私の服が使えて良かったわぁ」


「母さんそういう服持ってたんだな」


「いやぁ、可愛い子が着る可愛い服は違うねぇ」


 ゆったりとしたトップスにほぼスカートのようなパンツの服。

 服がゆったりしている分凛の脚の細さがわかる。


「あ、あの……!」


「ん〜? なぁに、凛ちゃん」


「この服……」


「ああ、もう私は使わないからあげるわぁ」


 母は俺と凛を席につくよう手で促した。

 俺は椅子の一つをひいて、凛へ手招きする。

 凛は緊張しているようで、少し戸惑っていたが促されるままに席につく。


「ありがとうございます」


 凛の横に俺も座り、母は向かいにいつものように座る。


「あの、これパジャマじゃ……」


「そりゃ、泊まって行くんでしょ?」


「え……あの……いいんですか?」


「まぁ私の一存じゃあ決められないから、お父さん帰って来てからが本番だけどねぇ……」


 母の珍しい真面目トーンに俺までも緊張してしまう。

 凛は急に来たことを少し悔やんでいるようで、俯いている。


「ごめんなさい……ご迷惑でした……よね……」


「ん〜? 私は別にいいんだけどねぇ……そうねぇ……」


 母は何かを口籠った。

 すこし何かを考え、口を開く。


「親御さんは心配しないの? 連絡しなくて大丈夫?」


「いえ……たぶん……大丈夫だと思います……」


「でも、娘がこんなに遅い時間に外にいたら心配しない?」


 母の言い分はもっともだ。

 俺が帰ってこなかったら流石にうちの親でも心配する。


「今日は……その……家、飛び出して来ちゃって……」


「なるほどねぇ……喧嘩しちゃったとか?」


 凛は無言で頷いた。


「そっかそっか。ふふっ……昔の私を見てるみたいだわぁ……」


「え……?」


 母の意外な言葉に俺まで驚いてしまう。

 凛の方が驚いているだろうけど。


「私も家に帰らず彼氏の家に飛び込んだりしてたから……さぁ」


 それは俺も初耳だ。

 というか今の母からは想像できない。


「でも、連絡くらい……まぁねぇ……」


 その続きは言わず、凛をじっと見る。


「暗い話はやめにしましょ? 俯いてちゃ可愛い顔がよく見えないわ」


「すみません……ありがとうございます……」


 それを聞いて母はパンっと手を叩く。


「じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ戻るわぁ」


 そう言い残し、キッチンへと入って行く母。

 母のおかげで凛の表情も柔らかくなった気がする。

 しかし、その時はすぐに来た。


「ただいま……」


 玄関の方で聞き慣れた声がする。


「あら、おかえりぃ」


「ああ、ただいま……うん?」


 父がリビングに入ってきて、俺たちと目が合う。


「海斗……その子は誰だ?」


 唾を飲み込む。

 やっぱり苦手だ。

 不思議な威圧感を感じる。


「あの……っ……父さん……!」

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