第18話
「終わったぁー!!」
先生が退出した後、クラスメイトたちの歓声が教室を満たしていく。
「お疲れぃ」
「おう」
友人が軽い言葉遣いで話しかけてくる。
重ったるい雰囲気からのこれは開放感があってなかなか良い。
それに勉強していたおかげかいつもよりかは問題がわかった気がする。
「お前さぁ、大問の三番にあった最後の分かった?」
「その質問は誰も幸せにしないんだが?」
「えー……いいじゃんかよ〜」
友人のうざ絡みをかわしつつ、俺は凛の方に視線を移した。
彼女は席についたまま、動いていない。
「ちょっと、すまん……」
「んー? ああ、くそっ……アオハルかよ……!」
友人はそんな妬みを漏らしつつも道を開けてくれた。
「凛、大丈夫?」
声をかけても、彼女は視線を上げない。
「大丈夫じゃないかも……」
「悪かったの……?」
「もうすでにお腹痛い……」
彼女の問題用紙を覗き込むと、問題の途中式や解答がずらっと並んでいる。
「凛の成績悪いは信用ならないからねぇ」
横で声がして顔を上げると、潮汐さんが立っていた。
「そんなことない……いつもより悪いから……」
「もぉ……そう言ってさぁ……またクラス一位とかとるんでしょ?」
明るくそう言っている潮汐さんに対して凛の表情は暗いままだ。
「こんなんじゃダメ……もっと頑張らなきゃ……」
凛は席を離れてロッカーへ。
綺麗に整頓されているその中から鞄を取り出し、テストの用紙を隠すように突っ込んだ。
「凛さぁ、今日遊ばない?」
潮汐さんがそう誘っても凛は乗り気ではなさそうで、
「ううん、今日は疲れたから帰る……」
と言って断っていた。
「じゃあ俺も帰るわ」
逃げるように出ていった彼女を追いかけるように俺も教室を後にする。
凛に下駄箱のところで追いつく。
彼女はテストの紙を見てはため息をついていた。
「凛」
「ん、帰るの?」
彼女はテストを自分の後ろに隠し、誤魔化していると一眼でわかるような笑いを浮かべていた。
「無理に笑わなくていいよ」
「えっ……」
「誤魔化して笑っていられると辛いのがわからない」
彼女から笑顔が消えて俯いてしまった。
「どうせ今回も怒られちゃう……」
「どうにかできないの?」
凛の両頬に一筋ずつ水が流れる。
「できるわけないじゃん……」
「でも考えてみないと……」
「考えたってどうにもならない……!」
彼女に何を言っても無駄だと分かった。
でも力になりたい。
「俺に何か出来ること——」
「海斗にできることなんてない!」
下駄箱に凛の怒号が響き渡る。
彼女の持っていたプリント類に皺が入り、ぐしゃっと音を立てた。
「だって……だって……どうしようもないもん……」
「でも、それじゃ辛いまま……」
「でも……私には……」
凛の持っていた紙が力の抜けた手からバラバラと散らばって落ちる。
彼女の両腕は力無く垂れ、体が膝から崩れ落ちた。
「もう、やだ……」
彼女のスカートに点々と水の跡ができる。
近くを通った他の人たちは不思議そうな顔をしつつも何も言わずに去っていく。
「凛……?」
俺が声をかけても、凛は顔を上げない。
彼女はしばらく嗚咽を漏らしていたが、ゆっくり手を動かして散らばった紙を集めると立ち上がった。
「ごめん……放っておいて……もう帰るから……」
凛はそう言い残すと、俺に背を向けて歩き出した。
彼女の姿があまりに痛々しくて、見ていられなくて。
でも、俺にはそれの原因をどうすることもできず、あまりの無力感に襲われた。
「どうしたらよかったんだ……」
かなり久々にぶらぶらと街を歩き、ゲームセンターに寄る。
楽しいはずの場所にきているのに、脳裏に浮かぶのは凛の悲しそうな姿だった。
「お、飴井じゃん!」
「ん、お前らか……」
しばらく友人たちと遊んでなかったな。
今日くらい遊ぶか。
「今日は珍しく一人なんだな……」
友人の一人がそんなことを漏らした。
「なんで?」
「いや、最近世凪さんと一緒にいて付き合い悪かったじゃん? 今日はいいのか?」
「ああ」
俺の雰囲気で何かを察したのだろう。友人たちが地味に静かになった。
「え、どしたの?」
「なにが?」
「いや、フラれたとかそういうの?」
「そういう訳じゃないけどさ……」
他人にクラスメイトとは言え、凛のことを話すのはいかがなものかと思った。
しかし、俺にはどうしようもないことで、何かアイデアが欲しい。
俺が考え込んでいると、一人が俺の首に腕を回した。
「ま、色々あるんだろ?」
「あ、ああ……」
「じゃあさ! 今日くらい遊ぼうぜ! 拒否権はナシな!」
彼らは俺の両腕を掴むと、様々なアーケードを周り出した。
最初こそ俺はその気になれなかったのだが、彼らがしきりに誘うものだから久々にゲーム機の前に立った。
「久々にやったわ」
前回ゲームを見守られながらしたのもかなり前だった気がする。
俺のやったゲーム画面を見ながら彼らは思い思いの感想を言っていく。
「鈍ってんじゃない? スコア全然じゃん」
「いやさ、心に迷いがあるんだって! 恋の迷いがさ」
「そんな迷い味わってみてぇ!」
友人達の馬鹿を聞くと何故か勇気が湧いてくる気がする。
「ありがとな」
「お? 楽しかった感じか?」
「久々にな……」
俺らは陽が大きく傾くまで遊び回り、それからそれぞれの帰路につく。
ようやく玄関の前で空を見上げると、だんだん雲がかかっていっており、雨が降りそうな気がしてきた。
俺はこれからを考えながら家の中へ入った。
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