第14話
「あのね……」
「ん? どした?」
太陽が出ている時間が長くなったせいでまだ明るい下校中、凛がふと言葉を漏らした。
「なんでこんなに死ねないんだろ……」
久々に出てきた死にたいといった気持ち。
あの雨で抱きつかれてから、そんなことはほとんど言っていなかった。
「嫌なことでもあった?」
彼女は空を見上げて
「親と喧嘩してね……」
「なんで?」
「学校の成績」
そうはいっても凛の成績は結構いい方なはずだ。
少なくとも俺よりかは。
模試だってクラスでもトップクラスで先生からも褒められていた気がする。
「今のままじゃダメだって……家庭教師をつけるって言われて……」
「でも前の模試悪くなかったじゃん」
「それでもまだ低いって」
そんな滅茶苦茶な。
俺だったら三浪しても無理そうだけど。
「どこ目指してるの?」
彼女のことだから高いところを目指していそうなものだ。
あまり訊きたくはなかったが、興味が勝ってしまった。
「医学部、親は国公立目指せとかも言ってくる」
「え、待って……レベル高すぎない……?」
「親がそういう主義だから……」
今の彼女からはいつもの明るさは消えていた。
「嫌なら嫌って言った方が……」
「言えないよ……」
凛の声が震えだした。
「だって……だって私の人生は私のものじゃないもん……」
「人生なんてその人の——」
「違う……! 私の人生なんて親のものなんだ……!」
悲鳴と怒号が混じったような声だった。
「私なんて親の道具なんだ……! どうせアイツらの望むようにならなきゃいけないんだ……!」
彼女の悲痛な思いが言葉として漏れ、溢れている。
「私のことなんてどうでもいいんだ……! じゃなかったらこんなに苦しめない……!」
もう言わなくていい。
言わないでくれ。
「どうせ……どうせ……どうせ……! 私のことなんて愛して——」
彼女の言葉、その続きを言わせたくなかった。
無理矢理顔を向けさせて、口を唇で塞ぐ。
凛の頬についた水滴はあまりに冷たい。
「んっ……」
彼女が無理矢理俺を突き放そうとする。
華奢な少女からは想像できないような
「あむっ……ちゅぅっ……」
彼女の押し返す力に負けぬよう、強く強く抱きしめる。
徐々に彼女からは力が抜けていき、最後は俺に寄りかかるようにして立っていた。
「なんで……なんで死んだらダメなんだろ……」
あまりに弱気な彼女が痛々しくて見てられなかった。
「もういいよ……そんなこと考えなくていい」
「どうせ海斗だって私に付き合わされてるだけじゃんか……」
「俺はそれでも楽しいけど?」
ハンカチで彼女の頬を優しく撫でる。
「嫌だったら逃げてもいいんじゃないか?」
「でも、いつかは帰らないといけない……」
「いいじゃんか。 帰ることなんか考えず逃げちゃえば」
「いいの……かな……?」
凛は自分の手をぼんやりと眺めていた。
「なぁ……俺は悲しいよ? 凛が死んだら。それに……」
「それに?」
「あんまり泣いてるのを見たくないというか……笑っててほしいというか……」
彼女の手をゆっくりと自分の手で包み込む。
「まぁ、そっちの方が俺はいいと思うけどってことかな」
凛は視線を少し逸らし呟くように、
「意地悪」
と言った。
「海斗のせいでやっぱり死ねない。死にたいのに……意地悪……」
「だって生きる理由でありたいから……」
本当だったらこんな重荷嫌だと思うが、俺はどこか必要とされていて嬉しい気がしていた。
「じゃあ……さ……」
「ん?」
「私を生かしてよ。何でもいいから、死にたいを生きたいに変えてよ」
「あ、ああ……」
彼女の言っている意味はよくわからなかったが、とにかくもっと頑張らなければならないことはわかった。
「あ、うん……疲れてるのかも……私……変なこと言った……」
「いや大丈夫だけど……休める時に休んで」
彼女の手を握る。
指を絡めて温度が逃げてしまわないように。
暑いのに、彼女は少し寒そうだった。
だから手だけでも温めたかった。
「頭痛い……」
「泣いたからじゃないかな……」
「多分そう。ちょっとさなんか飲み物持ってない?」
「水筒ならあるけど」
何も考えず、彼女に水筒を手渡す。
「ありがと」
凛の艶やかな唇が俺の水筒の飲み口につき、彼女は喉を鳴らすような勢いで飲んでいた。
「俺も喉乾いたな……」
彼女から水筒を受け取る。
よくよく考えればこれは間接キスになるんじゃないか。
そう考えると急に恥ずかしくなってきた。
「飲まないの?」
「いや、それはそうなんだけど」
水筒と俺の顔を交互に見ていた彼女は何かに気づいたようで笑いだした。
「間接キスって気づいた?」
「ま、まぁ」
「今までキスとか何回もしてるのにこういうの気にするんだ」
確かにその通りだが、間接キスは何気に初めてな気がする。
「口移しで飲ませてあげようか?」
「いや、それならなんか同じようなことやったことあるから……」
「あったっけ」
「足移しはある」
なんというか、もの凄くアブノーマルな文字列。
「確かに、あれって入るの?」
「知らない」
再び帰路を進む彼女の足取りは、もうすっかり元に戻っている。
そして別れ際、彼女がしてくれたキスは涙でしょっぱくも甘かった。
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