第9話
今まで暗かった部屋が徐々にオレンジ色の光で包まれ出した。
「ふぅ……終わった……」
凛は背伸びをしながら大きく息をはいた。
「ゴミ。持つよ」
俺は席を立って片付けを始める。
いつものように飲み終わったコーラの紙コップをポップコーンカップの中に入れた。
こうした方が捨てる時にいいだろう。
彼女のコップを片付けようとすると、彼女はカップを持って立ち上がる。
「まだ入っているからいいよ」
彼女の紙コップにはまだ結露がついていた。
「飲みきれなかった?」
「ううん、わざとちょっと残したの」
「え?」
コーラをわざと残しても美味しくなるわけじゃない。
寧ろ炭酸が抜けて美味しくなくなる気がする。
俺は映画の途中の方で飲み干してしまっていた。
「なんていうんだろ……薄まって気の抜けたコーラを味わいたいというか……」
「変わった趣味」
「そんなんじゃなくて、興奮の後の味っぽくない?」
「なにそれ」
そう言って顔を見合わせ笑う。
「とりあえず、ここから出よ?」
「そうだな」
彼女は残った飲み物を一気に飲み尽くし、ズッと小さな音が気持ちよく鳴った。
「んにしてもね……」
ゴミを捨てながら彼女が言う。
「なんかどっか入って映画についてゆっくり話そうと思ってたけど……」
「まぁなぁ……うん、ちょっと微妙だったからなぁ」
並んで歩き出す。彼女の肩が触れたり離れたりして少し落ち着かない。
「どこがイマイチだったかはいっぱい話せるけど……」
「んー……そうだなぁ」
「それに……今回はコーラがくたびれた味だったし」
「気の抜けたコーラは全部くたびれてない……?」
素の凛はこんな感じなんだな。ちょっと面白いかもしれない。
「えーなんで〜やっぱ映画の後のコーラって違うって」
「う、うん」
まぁいいか。
映画のことなんて実はほとんど頭に入ってなくて、凛の顔ばかり見ていたのはバレたくないし。
「あ、ちょっとごめん。お手洗い行ってきていい?」
「ん、俺もちょっと行きたいな」
一旦彼女と別れ、用を足す。
女性のトイレは回転が悪いようで結構並んでいた。
それでも凛の姿はなかったのでもうすぐ出てくるだろう。
「ん、飴井君じゃん」
後で俺を呼ぶ声。
「ん? ああ、潮汐さんか」
「はい、潮汐さんですよ〜」
潮汐さんはこれまた今どきの女子みたいに着飾っていた。
まぁ凛ほどじゃないけど。
それにこんなところでクラスメイトに会うとどうなるか知ってるだろうか。
そう気まずいのだ。
「飴井君こんなところ来るんだ」
「来ちゃいけないのか?」
「いや、らしくないなぁって」
彼女は俺を上から下へざっと見てニヤッと笑う。
「どちらかというと、凛が来そうなんだよね。ここ」
「まぁどうだろう」
こんなところでデートしているのをクラスメイトに見られるのは流石にキツい。
悟られぬようポーカーフェイスで誤魔化す。
「服、良いね。 いつもの姿からは想像できない」
「それはどうも」
俺の対応が気に食わないのか潮汐さんはムスッとした表情になる。
「なに〜? わたし嫌われてる? 対応塩すぎない?」
「そういうわけじゃないけど?」
「そういうところよ。塩っていうの」
明らかに不満げな表情の彼女。
早くどっかに行ってしまいたいが、凛が来るまで動けない上に、凛が来てしまったらまずい。
早く行って欲しいと思っているのが態度に出ているのだろう。
「そんなんじゃ、凛に嫌われちゃうぞ〜?」
潮汐さんの声は笑っているような声だったが、目が笑っていない気がした。
「まぁいいや、会えて嬉しかった」
そう言って彼女は俺に背を向ける。
「デート楽しんでね」
「えっ」
「まさかバレてないと思ったの?」
潮汐さんの口元が悪戯っぽく笑っている。
「そういうわけじゃないが」
「まぁ凛は君に今はぞっこんだからねぇ。邪魔しちゃ悪いからわたしはこの辺で失礼するわぁ」
彼女はそのまま人ごみの中へと消えていってしまった。
なんだったんだろう。
「ごめん、お待たせ」
白のハンカチで手を拭きながら凛が出てきた。
「混んでたの?」
「そう! 中で行列できててさ」
凛はハンカチを畳んでカバンに入れる。
そして俺の手を取ると再び歩き出した。
その手はひんやりとしていて心地がいい。
「クラスメイトに見つかったら気まずいね」
「そうだな」
彼女が照れながら笑っている。
さっき潮汐さんに見つかったというのは言わない方がいいだろう。
勘の良すぎる彼女がデートしているのを悟っていることも。
「じゃあお昼食べに行こう?」
「そうしようか」
「私ここでいい店知ってるんだ。そこでいい?」
「凛がそういうなら行ってみよう」
手を少し繋ぎ直す。
さっきまで彼女が軽めに握っているだけだったが、今度はしっかり離れぬように握った。
流石に恋人繋ぎにする勇気はなかった。
「ちょっとこれはこれで恥ずかしいかも……」
頬を若干染めている彼女の横顔が、この上なく愛しく思えた。
人々からの視線を痛いほど感じながら、俺たちは店へと入った。
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