第8話
「思ったより早く着いたな……」
時計を見ると待ち合わせ時間の十五分前。
休日ということもあって街には人通りが多かった。
「うわ、手汗やば……」
緊張と興奮でそわそわしっぱなしだ。
早く着いてしまったのもそのせい。
「身だしなみはきちんとしてるからいけるはず……」
スマホに反射して映っている自分の姿を見る。
髪もいつも以上に丁寧に
それでも不安でしかない。
映画館に行くだけ、そう映画を一緒に見るだけだ。
落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。
「海斗?」
後で声がした。振り返るとそこには白のワンピースに身を包んだ凛が立っている。
「良かった。合ってた。お待たせ」
彼女の涼しげな姿が、色々と忘れさせてくれる。
もう七月。暑くて暑くてしかたがなかったのに、それすら忘れてしまいそうだった。
「いやそんなに待ってないから大丈夫」
「そう? 一時間前からいそうなものだけど」
そんなラノベみたいな、そんな。
もしかして俺そんな人間に思われていたのだろうか。
でも、ライトノベルの主人公なんていい人間ばっかりだ。でも、実際はそんな人間ほとんどいない。
俺だってできれば近づきたいが、多分無理だ。
偽善と欲求だけで動いている。今もそうだ。
「今日の私服良いね。私は好き」
「ありがとう。凛のもいいと思う。可愛い」
語彙力のなさがバレるくらい普通の感想しか出てこなかった。
いや、これは語彙力失くすって。
「ふふっ……ありがと」
他の人たちのデートもこういう感じなのだろうか。
正直実感が湧いてない。
「行く順番は映画見てからお昼でも良い?」
「ん……あ、ああ」
「じゃあそうしよ」
彼女が俺の手を握る。
「じゃあ、行こっか」
彼女は俺に緊張で汗ばんだ手を心配する暇すら与えてくれない。
凛に手を引かれ大型ショッピングモールへ。
中は休日ということもあって人でいっぱいだった。
「ん、涼しいね」
「そうだな」
建物内はよくクーラーが効いていて寧ろ寒いまであった。
「こっちかな」
「え」
彼女は俺の手を引き、店内を歩き始めた。
「ちょっ……どこ行くの?」
「え、エスカレーター探すだけだけど……」
「建物の中知ってるの?」
「ううん、
「勘って……」
「大丈夫だって」
「いや、それよりもあそこに……エレ……」
「良いから来て」
彼女は俺の手を握ったままあっちに行ったりこっちに行ったり。
でも、エスカレーターはなかなか見つからない。
「あのさ」
「なに? エスカレーターあった?」
若干イライラしてるな。
彼女はもしかすると重度の方向音痴かもしれない。さっきから同じ所ばかりウロウロしている。
「いや、入ってすぐのところにエレベーターあったけど」
「えっ」
彼女の頬が染まる。
「なんでもっと早く言わないの!?」
「いや、聞かなかったじゃん……」
「そんなこといいの! もう時間ギリギリだから走っていくよ!」
凛はそう言って駆け出す。
二人で最初に入った入り口の辺りまで戻って、エレベーターホールへ。
人が何人か乗っているエレベーターに滑り込むと、ようやく映画館のあるフロアへと着いた。
「待ってて、席のチケットもう取ってるから」
「お、おう」
「あ、なんかポップコーンでも買っといて! あとコーラ! あとで払うから!」
彼女はそう言い残すと、券売機の方にできた人混みの中へと消えていった。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
優しい、話しかけやすい声のレジのお姉さんが相手をしてくれる。
普通にこういうの運があるよね。
なんていうか、話しかけにくい人っているじゃん。
「あ、じゃあコーラのM《エム》二つとポップコーンを」
「ポップコーンは塩とキャラメルがございますが、どうされますか?」
「え」
ポップコーンって塩だけだと勝手に思い込んでいたけど、そうか映画館はキャラメルもあるのか。
女子と一緒だから甘い方が良いのか、それとも飾らずストレートに塩でいくべきか。
滅茶苦茶悩ましい。
「すみません、じゃあキャラメルで」
だった。
甘いのだったらまぁいけるだろう。そんな注文したコーラやポップコーンより甘い考えが頭をよぎる。
「海斗〜こっちこっち!」
食べ物を受け取り入場口の方を見ると凛がチケットを持って手を振っていた。
「私の方が遅いかと思った」
「こっちも結構並んでたし、時間かかった」
「ふふっ、じゃあこれ」
彼女は微笑みながら俺の分のチケットを差し出す。
「ん、ありがとさん」
「何買ったの?」
凛が俺の持っているポップコーンのカップから一掴み取ると頬張る。
「甘いね。キャラメル?」
「ごめん、苦手だった?」
「ううん、甘いの好きだからこっちの方が良い。良いセンス」
彼女はカップを大事そうに抱えると嬉しそうに受付の人の方へ行く。
チケットに入場印を押してもらい、シアターへ。周りが一段階暗くなった。
「楽しみ」
「俺も……」
映画のことなんかより俺は彼女に楽しんでもらえるのかだけが不安で仕方がない。
でも、それ以上に彼女といるのが嬉しくて、頬が緩む。
ドキドキしながら俺と凛は暗くなっていくシアターに足を踏み入れた。
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