第4話

 と、まぁその勢いのまま、俺たちはヤってしまった。

 主導権は最初の方こそ世凪さん、いや凛がとっていたものの、途中からは俺が攻めていた気がする。

 でも、大丈夫だったのだろうか。陽が傾きつつあるのに彼女の家族は帰ってこない。

 いや、バレたら怒られるじゃ済まないけど。

 考えれば考えるほど不安に押しつぶされそうになる。


「ねぇ……私も飴井くんじゃなくて海斗って呼んで良い?」


 腕に抱きついたままの彼女が柔らかく微笑みながら言う。

 でも流石に、これが学校でバレたら肩身が狭くなると言うか、大変なことになる。


「それは……」


「不満……? ここまでやってるんだからもう後には引けないよ? あ、でも」


 凛は視線を俺から天井に移す。


「私もう死ぬから、呼ぶこともないよね……お互い」


 なぜだろう。胸がズキッと痛んだ。

 ただのクラスメイトだったらこんなに痛まなかったのかもしれない。

 でも、彼女を、彼女の誰も知らない姿を知ってしまった以上、彼女に生きてて欲しかった。


「なんで死にたいんだ? 後悔させるって言ってたけど」


 俺は凛に問いかける。


「なんで知りたいの?」


「それは……なんか嫌なんだ……クラスメイトがこんなこと言ってるのがさ……」


 彼女は目を合わせない。


「大したことじゃないよ。私を苦しめてくる人に精一杯の抗議をするだけだから」


「そんな方法間違ってる気がする……」


 凛の顔に横向きの水の筋ができていく。


「でも……それしか方法が思いつかないから……」


「それだと苦しめた人の思うつぼだ」


「そんなんじゃない……そんなんじゃないのよ……」


 涙が音もなくこぼれ落ちる。彼女の声は弱々しくなっていき、震えている。

 そんな彼女の姿は学校では想像ができなかった。


「だって、しょうがない……じゃない……辛いん……だから……なんで……みんな……」


 俺は泣いている少女への対応が分からず、ただ黙って頭を撫でるしかできない。


「ひぐっ……私だって……もっと……ううぅ……」


 彼女は横にあったクッションを掴むと、顔に押しつけて声を殺す。

 二人で盛っていた時とは打って変わった状況で、部屋には彼女の殺しきれぬ嗚咽おえつが響いていた。


「落ち着いた……? か……?」


 彼女が泣き疲れたのか、クッションを顔から離した。

 乱れ、濡れた黒の髪が頬に張り付いている。


「ねぇ……やっぱ私ちょっとばかり生きてみようかな……」


消えてしまいそうな声だった。


「その方が良いとは思う……けど……俺でよかったら相談くらいなら」


 彼女はようやく俺の方を見る。

 泣いた後で目が少し赤くなっているが、口元は微笑んでいた。


「相談相手なんてならなくていいから。海斗は側にいるだけでいいから……だから……」


 凛は俺の顔を彼女の方に向け、顔を近づける。

 キスをされると思い、一瞬目を閉じる。

 しかし、唇に何かが触れる感触はなかった。


「海斗には私にもう少し生きてみようって思わせた責任を取ってもらうから」


「え……あっ……はい……」


 もう陽がだいぶ落ちていて、窓からはオレンジ色の光が差し込んできた。

 彼女が起き上がると、その横顔が夕日と重なる。

 だいだいに染まった頬が夕焼けの中に溶けていた。

 恥ずかしそうに笑う儚げな姿に俺は心を奪われ、見惚れてしまう。


「あのさ……ごめんね。あと、ありがとう」


「ああ」


 彼女がいつもような雰囲気に戻ったところで、時計を見る。

 時刻は午後五時。いや、もう五時なのか。そろそろ帰らないとまずいかもしれない。


「そろそろ帰る」


 いつもとは全く別の、良い香りのするベッドから抜け出すと、リビングに脱ぎ散らかされた服に袖を通す。

 その姿を凛は下着をつけながらちらちらと見てきた。


「なんかついてる?」


「ううん、別に。思ったよりいい体してるね。帰宅部なのに」


「帰宅部をなんだと……」


 彼女は上と下の下着だけつけると、俺の方に近づき、首筋に口付けをする。

 少しジリジリといった音がして、ゆっくり唇が離れた。


「じゃ、しばらくよろしくね」


 凛は微笑み、そう言った。


「その代わり死なないでくれよ?」


 冗談めかして返すと彼女は小さく頷く。そして、再び部屋に入ると次は服を着て出てきた。


「送る」


「いや、送ったら君がまた帰る時危ないl


「送らせて」


 何回かこのような会話が繰り返される。断ろうとしても彼女は頑なに送ると言い続けた。

 最終的に俺は彼女と我が家の中間地点で別れると言うことで手打ちにした。


 陽がどんどん落ちていく。雨は上がっていて、雲の切れ間からは夕焼けの空が見えていた。

 凛と初めて並んで歩いている。

 普通の恋人が行っていく順序が明らかに今回は狂っているんじゃないかと思う。

 しかも、これを恋人と言ってもいいのだろうか。もうよく分かっていない。


「ねぇ、もうすぐ中間地点?」


「もうちょっと行ったところのT字路が中間くらいかな」


 そんな会話をしている中、何度も何度もお互いの手の甲が触れ合う。

 早く握ってしまえばいいのに、なかなかいざ繋ぐ勇気がなかった。

 あそこまでの行為をしているが、どことなく恥ずかしさと繋いでも大丈夫なのだろうかという気持ちが邪魔をしていた。


「このT字路ね」


 結局手は繋がないまま彼女との別れの時がきてしまった。


「じゃあまた」


「多分次会うのは明後日、学校でかな……?」


「そうだな」


 一歩彼女から離れる。また一歩また一歩。

 ふと振り返ると、元気そうになった彼女が小さく手を振っている。

 俺はそれ以降振り返らずにまっすぐ帰宅した。


<後書き>


チキりました。本番かけなかったんや……!

流石に警告は怖えっす

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