第5話
月曜日、俺が学校に着くとクラスの中がどうにも騒がしかった。
廊下からでも話し声が聞こえてくるほどだ。
扉越しに中の様子を確認する。
男子と女子が入り混じって一つの集団を作っているようで、こんなの初めてだ。
集まっているのは教室の真ん中の方。誰かを取り囲むように円形に集まっている。
「おはよう」
挨拶をして教室に入ると、集まっていたクラスメイトが一斉に俺を見た。
友人の一人が俺の方にやって来る。すると急に首に腕を回される。
「お前〜! ちくしょう! 羨ましいなぁっ!」
いや何が起きているんだ。全く理解ができてない。
そんな俺を無視して、彼は羨ましいを連呼しながら俺の腹に拳で軽く突いてくる。
「ね、飴井くんさ。世凪さんと付き合いだしたんでしょ!?」
教室の集まりを見ると、真ん中に顔を少し赤らめた世凪さんがいた。
「なんでそれを……? え……え……?」
恥ずかしいというのもあるが、頭の中が混乱しているのが大きかった。
噂が広まるといったレベルではない。
「一昨日さ、一緒に歩いてたでしょ? それで聞いてみたら照れるからやっぱりかぁって」
凛のすぐ横にいた少女が言う。彼女は
凛とよく一緒にいるところを見るうえに本人は親友だと言っている。
潮汐さんもクラスで人気者。その上胸がでかい。クラスで一番だと男子の中ではよく話題にあがる人物だった。
周りに人たちの様子を見るに、どうやら彼女に一昨日の別れ際を見られていたようでそれをクラス中に話されたというわけだ。
「でさ、凛はまだ付き合ってないって
「なる……ほど……?」
たしかにはたから見たらこれは付き合っている事になるだろう。俺も基本はそのつもりでいるが、付き合っているというよりもっと良くない関係であるのは確かだと思う。
脆くて淡い関係でしかないのだから。
「で、実際付き合ってるんでしょ?」
潮汐さんが身を乗り出して訊いてくる。
「いや、まぁ、うーん……難しいな」
実際の付き合っているの条件や過程を無視して飛ばしているので、何とも言えなかった。
「と、とりあえず。付き合っているとかそういうのよりもっと違うやつだから」
凛も俺と同じような感覚に陥っているのだろう。これとは言わずぼかして反論している。
「へぇ……まぁいいよ。遂に凛にも恋人がねぇ……めでたいめでたい」
にやにやしながら潮汐さんは凛の背中をぽんぽんと叩いた。
「だから違うって……」
未だ恥ずかしそうに凛が反応すると、潮汐さんは何かを凛に耳打ちした。
「えっ……!? いや……違うって……! そんなわけないし……!」
凛が急に大声で反論し、頬を真っ赤にする。
「それ、図星つかれた反応。なるほどねぇ……ふーん……へぇ……」
潮汐さんは何かが分かったようなことを言いながら彼女の席へと戻っていく。
一方何かを言われて頬を高揚させ、明らか動揺している凛は両手で顔を覆い、違うを連呼している。
「世凪さ……」
心配になり声をかけようとすると、呼び方が気に入らなかったのか、少し睨まれる。
「り、凛……何言われたんだ……?」
「言わない」
「いや教えてよ……」
彼女に聞いてもよっぽど恥ずかしかったのか口すら開かなくなってしまった。
「旦那さんは今日も大変ですねぇ」
周りのクラスメイト達も面白がって茶化してくる。
そうするとこっちまで恥ずかしくなってきた。もうどうしようもない。
クラスの状況を俺が鎮めていると始業のチャイムと共に、担任が入ってくる。
その瞬間教室の雰囲気は急に静まり返った。俺が言い訳をしなくてもよかったんじゃないだろうか。
授業が始まり、退屈な時間を過ごしている。
ふと凛の方を見るとまじめに授業を受けている。
俺の席は窓際なので外の風景が見えるのだが、今日は何にも面白そうなものは見えないようだ。
ただ、湿っているであろうグラウンドと所々に植えられた木が見えるだけ。
「早く終わらねぇかな……」
誰にも気付かれないようのそう呟く。ぼんやりと黒板を眺め、教室を見渡す。でも最後に視線が落ち着くのは凛の後ろ姿だった。
「おい、飴井」
授業をしていた老教師が俺の名前を呼ぶ。やばい、なにも聞いていなかった。
「は、はい!」
俺は慌てて、立ち上がる。ガタッと大きな音がして、みんなの視線が俺一点に集まった。
「授業真面目に聞いていないだろう。授業はきちんと聞くように」
その先生は甘いのでいつもこれだけで終わる。怒られずに済むのは何より嬉しいのだが、今日は周りが違った。
「なんだ、
友人の一言で一斉にクラス中が笑い声で満たされる。
それだけでも十分恥ずかしいのだが、それ以上に気まずい事があった。みんなの視線が俺だけでなく凛にも向けられていることだ。
恐る恐る彼女の方を見ると、口元を少し隠して微笑んでいた。
安心感と同時にさっき以上の強烈な羞恥心に襲われた。彼女が笑って済ませてくれているのがありがたいようで痛かった。
俺はそれ以上事を荒らげないように静かに席に着く。
その後、俺はこの授業はとりあえず真面目に受けようといつも以上に必死になっていた。
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