第2話
彼に女性に対する肉感的な何かが無かったとは言い言い難かった。
しかし、それと対になる様に、また彼に肉感的な何かがあったとは言い難かった。
およそ彼は、まだ女に対する肉感的な何かではなくとも「恋」や「傾慕」の気持ちがあったのかもしれぬ。
だが私には彼にはなかったのだ。と断言ができるひとつの記憶がある。それは彼の午睡の微睡みの夢に生きている少年から推測することができるだろう。
少年は、天鵞絨の薄汚れたソファーへ座っていた。特に何をする訳でもなく座っていた。
悲しきかな........その少年は息を吸うことを忘れるほど光彩陸離としていた。
ただ、少年の周りでは生物たちが再生と破壊を繰り返すばかりだった。しかし私は、その美しい輪廻転生の輪には加わることが出来なかった。
カーテンが風邪を孕み拍動していく_____
またある時の夢に出てくる男は筋骨隆々としていて若々しい、ある意味漁夫のような男だった。
若々しい筋肉を持つ男はその網を振るい、彼を捕まえた。
青く波立つ海は、だんだんと荒れ狂い船へ波侵入してきていた。
体は板へ乗せられ、彼は蹂躙された。美しい小刀を出した。鞘は金で周りが縁どられており、まだ生々しい動物の毛皮が貼り付けられていた。若い男のポケットにはそのあるまじき汁が染み付いていた。
中心部にかけては擬宝珠のような突起が2.3個付いていた。擬宝珠は海の光に反射してギラギラと艶かしい色を起ていた。
さやから刀を抜く。
刀は明るい緋色であった。
彼は刀に懐紙を充て、ひとしきり舐めていた。刀とは恐怖そのものの権化であり、あれ程官能的な器具はない。
逆説的にいうなればー―――――
腰から引いたなだらかな、鋼はもはや私の喉元しか見ていなかった。
鋼は喉のまじかまで到達し、その力を以て私を貫いた。
瞬間私は絶命した。
血はまだ生きていた。
血だけがありありとこの世に意義として存在していた。
私よりも明らかに物質的なものの方が生きているのだ。
最後の人生となるはずの華やかな血は、まだ明るく輝いて、その後明るい命の糧となっていく_______
そのうちに私の肉片は彼の口元へ寄せられ喉を通り、血や肉となっていった。
私は彼の一部となったのだった。
その間も白波はあたかも海を孕み平然かのように膨らんでは沈み砕けていった。軽い潮騒の響きは私を恐怖へ誘うどころか、鮮明たる美しさへ誘っていた。
如何にしても彼は、女に対する肉の欲情があるのだと信じきっていた。
確かに彼の行為は正しく、異性との交際・恋愛や心のうちの音楽を聞くなどといった年相応のものだった。
音楽が年相応かと聞けば否定するような人間もいるだろうが、大人たちが音楽に対する行為を常日頃やっていて又、音楽によって産み出された我々が音楽に興味を持たないはずがないのである。
音楽はカタルシス的面を含みただオルガズムに走るものでは無い。
しかし、彼らの行為そのものを音楽と肯定的に表してしまうのは難があるだろう。
彼らの行為は音楽よりずっと神聖では無い、むしろ神聖とは真逆の自己のオルガズムへの陶酔、すなわちオルガズムの一変を味わい偏った栄養となっているのだ。
彼らの行為から枠がはずれたほど音楽は神聖なのだ。
音楽は全ての物事を生む、無から有を転じる神聖な行為なのだ。
音楽を悪く思う時があればそれがぐるっと回ってこちらへ来る。そして、いざ正当性があると行為に踏み込んだ瞬間それ自体が塵になり不能となる。
その類まれなる均衡を持った音楽は彼の中で週期的に起きる彗星の到来のようであった
「――?――?」
彼はひとしきり寝ていたようだった。
時折襟元で聞こえた寝息は私のものであったらしかった。
自己の睡眠を理解していないのだと客観的に彼は理解した。
客観的にりかいは出来たもののそれ自体の理由がわからずじまいであった。しかし永い年月をかけた苦悩が彼をそうさせたのであった。
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