第8話 石油王オンステージ!

 「はいーじゃーぁクラス委員は前に出てー。先生は後ろで休憩してまーす。」

先日体育祭が終わったかと思ったら、早くも次は文化祭の準備が始まる。

「では何かやりたいことある人挙手してください。」

「はい!」

堀内くんが元気に手を挙げる。やりたいことと言われても具体的なことが何も浮かばない人間なので、こういう時積極的に意見を出してくれる人がクラスにいるととても助かる。

「どうぞ。」

「やはりうちのクラスの特性を生かした出し物をやるべきだと思います。日本中探してもうちぐらい、と言う特性…つまり?」

「石油王がクラスにいる!」

教室の端から声があがる。

「正解です!」

「えっ?」

堀内くんの楽しそうな声の隙間から佐渡くんの困惑した声が響いた。

「えーとつまりそれ何するの?」

クラス委員が眉を寄せて尋ねる。

「せっかく石油王がいるのだから、彼を構成の中心にしたステージがやりたいです!アラビアっぽい衣装つけて、石油王囲んでベリーダンスでも踊ったら、絶対盛り上がると思うんだよね!」

「ほーん、つまりダンスステージね。」

1番後ろでのんびりデスクチェアに掛けていた先生が間延びした相槌を打つ。

「そう!ベリーダンスとか絶対他のクラスと被らないし!ネットでレッスン動画とか上がってるからそれ見て練習してさ!」

「えーでも衣装が恥ずかしくてやだー。ベリーダンスとか、上半身ほとんど下着じゃんー。」

女子から不満の声が上がる。

「ややや、そこはさ、袖付きタイプとか色々模索してもらってさ、おへそくらいは良いじゃん?そこくらいはサービスしてくれないの?」

「お前真の目的はそれか?策士だな。」

石田くんが褒めてるのか貶しているかよくわからないヤジを飛ばす。

「男子も同じ衣装着て踊るなら考えてあげても良いでーす。」

「ゲェー誰得だよー。」

「男子のスカートはスリットめっちゃ入れたろ。」

「堀内は言い出しっぺだからメインダンサーね。」

「えぇえ〜?」

「佐渡は例の白い石油王スタイルだな!」

「やばー!それは見たいかも!」

「ありがたや…」

「三日月っぽい剣とか振り回そうぜ!」

 ワイワイ盛り上がって、すっかり方針は石油ダンスに固まっていった。あっという間に、ダンサー班、衣装班、照明班、音響班などのチーム分け、各必要人数の検討、参考動画鑑賞など、現実的な話し合いになっていく。私はダンスには自信がないので、裏方の音響班になった。フリー素材のアラビアっぽい音楽をとにかく集めるのが最初の仕事だ。

 ステージの主役に据えられた佐渡くんはというと、ニコニコ笑ってはいるものの、いつもより口数が少ない気がする…けど気のせいかな?みんなの熱気に押されているだけかもしれない。


 やる気に満ち溢れた人がいて、それにみんなのノリが合わさると、どんどん物事は進んでいく。こう言う時寮生活は便利だ。打ち合わせも練習も、普通の学校よりたくさん時間を使える。そういえば佐渡くんが主役のステージで大成功を収めたら、あの瀬尾くんも少しは口を噤むようになるのではないだろうか?そのためにも、このステージは絶対に成功させたい。


 11月に入ると音楽も振り付けも決まり、ステージが徐々に形になってきた。準備作業を終えてやることがなくなった音響班は衣装班を手伝うことになり、家庭科室を借りて今日はみんなでミシン作業だ。ツルツルキラキラした布を、指示通りにカットしてパーツごとに重ねていく。

「そう言えばさ、当日って親とかも見に来るじゃん?もしかして石油王パパも来るのかな?!」

ミシンを動かしながらお喋りという器用な真似ができるなんて、さすが家庭科部員。衣装班は主に家庭科部で構成されている。

「実希知ってるー?」

「うぇ?なんで私に聞くの。」

「いや仲良いでしょ佐渡くんと。」

「そんなことは、ない、よ。」

「あははは動揺しすぎでウケる。」

本当にすぐ顔と態度に出るのなんとかならないかなぁ。もしも佐渡くんがうちに泊まったなんて知れたら絶対根掘り葉掘り聞かれて外野が盛り上がって暴走してしまうから、とにかくボロを出さないようにしないと…。

「お疲れ様ー。」

ガラリと扉を開けて入ってきたのは、

「あ、佐渡くん。」

まさかの佐渡くんだった。両手に重たそうなビニール袋を下げている。

「これ吉田先生から差し入れのジュース。」

「なんだー石油王なんだからフルーツ盛りとか持ってきてくれたのかと思ったら〜。」

「はは、ごめん今日は生憎いい果物が入らなくてね。美味しいよこのジュース、おすすめはオレンジ。」

石油王にジュース配りの雑用を頼むなんて、あんなに油田の威光に怯えていた先生もすっかり緩んだものだ。

「佐渡くん練習はいいの?」

ジュースを受け取りながら、堀内くんを中心としたダンス班はこの時間校舎裏で練習しているはずだけど、と思って聞いてみる。

「やーそれが俺前半は金貨撒いたり、突っ立ってダンサーを捌いたりで基本やることないんだよね。堀内が石油王たるもの最初は悠然と立ってろって。」

「みんなが踊る中お金撒くの?」

想像したら面白くて笑ってしまった。でもザ!石油王って感じがするし、佐渡くんなら様になりそう。

「佐渡くん文化祭当日って御両親見にくる?」

ジュースを飲むときは流石にミシンを止めた家庭科部員が聞く。

「いや来ないよ。」

即答した佐渡くんにみんなが嘆きの声をあげる。

「えー会いたかったな石油王パパぁ。」

「まぁ遠いしね。よろしく伝えておくよ。」

そっかぁ…石油王というものは自家用ジェットとかでフットワーク軽くどこへでもホイホイ遊びに行っちゃうイメージだったから、てっきり見にくるのかと思った。まぁ男子高校生の親だとわざわざ見にくる方が少ないか。うちは私そっちのけで、佐渡くんのステージ見たさに家族総出で来るわけですが。

 あれ?家族といえば…

「お父さんはアラブにいるんだよね?今はお母さんも?」

夏休みの夜の記憶を辿ってみると、うちの学校に入るまではお母さんと二人で日本で生活していたはずだ。

「母さんはどこだったかな。今はどこか南の方の国にいるはずだけど。」

「ひえーーーまじかセレブの香りするーー!」

周囲がきゃっきゃと盛り上がる中、小声で聞いてみる。

「寂しかったりはしないの?」

「寂しくはないよ、のびのび好き勝手にやらせてもらってるし。あと正月には集まる予定だしね。」

「そっか!」

良かった、家族がすれ違ってるわけじゃないなら、他人様のご家庭ながらほっと一安心。という思考が、露骨に顔に出ていたのだろう。佐渡くんは小さく笑って、「ありがと」とかろうじて聞き取れるくらいの声で言った。

「さてそろそろ後半部の練習始まるし帰ろうかな!衣装楽しみにしてるね!」

ひらひら手を振る佐渡くんをみんなで見送って、いざ私も仕事再開とハサミを手にしたところで、視線を感じて顔を上げる。と、ミシンの間から衣装部の面々がじっとこちらを見ていた。

「やーっぱり仲良いじゃーん。」

「距離感違う気がするんですけどぉ。」

かぁあと顔面が熱くなるのを感じる。

「いいからきびきび手を動かしてください!」

「はぁーい。」

籠った熱を散らすようにハサミを動かす。茶化されるとどう反応していいか分からなくなるから困る。でも、周りからは仲良く見えるのだとしたら。それはちょっぴり嬉しかった。




 充実していると、時間が過ぎるのが早い。あっという間に文化祭当日を迎えた私は、コーラス部の発表を終えて急いで自分のクラスの教室に向かっていた。石油王ステージまではまだ時間があるが、一度教室でリハーサルをした後、宣伝も兼ねて衣装を着たまま学校内を練り歩き体育館ステージに行く手筈になっている。私は衣装隊の後ろからステージ案内のプラカードを持って付いていく係だ。

「おー舟越さんお疲れぇ。」

教室の扉を開けると、深いスリットが入った薄布ひらめくスカートに、ゴツいブラジャーをつけベールを被った堀内くんが迎えてくれた。クリクリした丸い目にお化粧をして、思っていたよりずっと可愛く仕上がっていて笑ってしまった。

「似合うね堀内くん。」

「でしょー俺も自分の魅力にびっくりしてたとこ。コーラス発表はうまくいった?」

「うんバッチリ!」

「へー俺も見たかったなー。」

低い声に振り向くと、これまた妖艶な衣装に身を包んだ高橋くんが、スリットから出る足に構うことなく大股開いて眉を寄せて椅子に座っていた。今度は似合わなすぎて笑ってしまう。

「高橋くん歌とか興味あったっけ。」

「いや、歌というか…。」

モゴモゴいってよく聞き取れない。セクシーな女装が余程不本意なんだろう。

「実希お疲れ様!写真一緒に撮ろー。」

わっと色とりどりのベールに囲まれる。

「わーみんな綺麗だね!素敵素敵!」

最初は過激な露出のベリーダンス衣装に拒否反応を示していた女子達であったが、胸元の開いていないパフショルダータイプの衣装ならと妥協し、今ではお腹が見えることなんて全然気にせずキャッキャと楽しんでいた。お互い写真を撮りあってカメラをあちこちに向けていると、鮮やかなベールの向こう側に純白の影が映り込んだ。

「わ。石油王だ…」

 思わず息を呑む。伝説の生き物と同レベルの存在が、目の前に降臨していた。褐色の肌に白い衣装がよく映えて、ピンとまっすぐ伸びた背中からは後光が差すよう。どこか佐渡くんが遠い存在になった気がして、なんとなく声をかけずらかった。

「おーしそろそろ行くぞー!適当に分かれて廻ってー」

ぞろぞろ教室を出て行く列に、慌ててプラカードを抱えて追いつく。

 千春ちゃんに「今更ビビってる場合?」とか言われそうだけど、踊り子に囲まれた神々しい佐渡くんは私には眩しすぎて、そっちには付いていけなかった。そうだ、瀬尾くんは体育館に、もういるだろうか?絶対今日のステージは見てもらいたい。私は瀬尾くんを探そう。佐渡くんに近づけない自分の不甲斐なさの言い訳みたいだが、私の使命は瀬尾くんを体育館へ導くことと決め、プラカードを持つ手にグッと力を込めた。


 「ねぇ佐渡くんたち遅くない?もう開演15分前だよ。」

なかなか体育館控え室に現れない石油王の身を案じて、クラスがざわつき始める。もう私たちの一つ前の演目が始まったところだ。

「行く先々で生徒やら保護者やらに取り囲まれてるの見たよ。もしかして石油王ファンに捕まってなかなか辿り着けないのかも。」

「私ちょっと見てくる!」

たまらず駆け出した私の後ろから、

「俺も行くわ!みんなはもう持ち場に着いといて!」

と、堀内くんが続く。胸がザワザワする。佐渡くんは無事だろうか。

 体育館裏口から出て表へ回ったところで、すぐに佐渡くんは見つかった。踊り子に囲まれた純白の石油王は遠くからでもすぐ目につくからありがたい。走り寄るうちに、彼が誰かと話しているのが分かった。背の高い、大きな声でハキハキニコニコと喋るおじさん。あれ…?私はあのおじさんの笑顔には見覚えがある。一体どこで…。

「瀬尾グチの父ちゃんじゃん!」

走りながら堀内くんが小さく叫ぶのを聞いてハッとする。そうだ!学校パンフレットや校内誌で必ず見る顔。全校生徒に刷り込まれたあの笑顔。うちの卒業生にして地元の星、瀬尾社長だ!よく見ると社長の後ろには両手にコーヒーとジュースを持った瀬尾くんがいる。さっき学校内を巡って探した時には見つからなかったのだが、瀬尾社長と一緒にいたのか。

「佐渡、時間!」

佐渡くんのすぐ後ろまで近づくと、堀内くんが短く叫んだ。ハッと振り返る石油王一行。その様子を見て瀬尾社長は佐渡くんの手をとって口を開いた。

「いやぁ、引き留めてすまなかったね。息子から君の存在を聞いて、ぜひ一度話をしたいと思っていたものだから、つい話し込んでしまった。どうか許して欲しい。」

うわぁ…抑揚の付け方とか、テンポだとか、瀬尾くんの話し方にそっくりだ。というより、社長の喋り方を瀬尾くんが完コピしているのか。先ほどからニコニコ笑顔を絶やさない瀬尾社長とは対照的に、背後の瀬尾くんは憎々しげな、人を何人も呪い殺してきた恐怖のこけしのような顔をしている。近づくと本当に呪われそうで怖い。

「いえ、お話しできて大変光栄でした。」

佐渡くんが立派に社長と渡り合っている。社長と石油王が手を取り合う姿は、何か重要な商談が成立した瞬間みたいに見えた。

「君は弁が立つし、とても聡い顔をしている。きっと将来油田から生み出されるものをうまく立派に扱うだろうね。うちの息子は少々頭が固いところがあるが、根は素直で真面目な子なんだ。どうか末長く仲良くしてやってほしい。」

そういうと、深々と瀬尾社長は佐渡くんに向かって頭を下げた。下がった頭の向こう側で、瀬尾くんが絶句しているのが分かる。

「それではステージ楽しみにしているよ。行こうか。」

瀬尾社長の足が体育館入り口へと向かうが、俯いた瀬尾くんは動かない。

「先に行ってください。僕はお手洗いに行ってから追いかけます。」

「そうか、では。」

最後にもう一度佐渡くんに向かって丁寧に頭を下げると、瀬尾社長は体育館の中へと消えていった。瀬尾社長は瀬尾くんと違って話の分かる人らしかった。それとも石油王とのコネクションを得たいがための丁寧な態度だったんだろうか。一般生徒に対する態度ではなかった。どちらにせよ、大好きなお父さんが日々自分が蔑んで突っかかっている相手を丁重に扱い、頭まで下げるという状況は、瀬尾くんにとって耐え難い苦痛だったのだろう。尊敬する人が一般大衆と同様に石油王に媚びているように映ったのかもしれない。顔色が悪くなっている。

「…僕はお前を認めていないからな。口八丁の偽善者だと思っているし、お前との縁など欲しいとも思わない。」

肩を震わせ、瀬尾くんが絞り出す。

「うん、分かってるよ。でも俺は、もっと力抜いてさ、瀬尾くんと普通に話せたらな、とは思ってるよ。意外と気が合うかもしれないし、試してみないと分からないだろ?お父さんも仲良くって…」

「父の名を出すな!お前なんか、お前なんか嫌いだッッ!」

お父さんの話題で頭に血が昇ったのだろう、ほとんど反射的に瀬尾くんが手を振り上げ、持っていたコーヒーがその手から飛び出した。

 いけない!そう思った時にはもう遅かった。

「きゃあぁ!」

踊り子の悲鳴が上がる。佐渡くんの純白の衣装には黒い大きな染みが広がっていた。アイスコーヒーだったから火傷の心配はなかったけど、これではせっかくの衣装が台無しだ。

「うわ、やべえぞもう始まるのにどうすんだこれ!」

堀内くんの焦った声が響く。本意ではなかったのだろう、流石の瀬尾くんも青い顔をして立ち尽くしている。大変なことになってしまった。染みを落とすにしても今からでは間に合わない。体育館の扉からは拍手の音が漏れ聞こえる。私たちの前の演目が終わったところなんだろう。時間がない。

「大丈夫、みんな落ち着いて。」

焦るみんなに呼びかけたのは、佐渡くんだった。

「コーヒーかかったのが俺でよかった。白い衣装なら白いシーツとか巻いてベルトで固定すればそれっぽく見えると思うから、大丈夫だよ。ちょっと保健室まで一走りして借りてくる。」

「いやでももう始まるぞ!行って帰ってきてしてたら間に合わねぇよ。」

「大丈夫。舟越さん!」

「ハイっ!?」

急に名前を呼ばれて声がひっくり返る。

「俺が戻るまで場を繋いどいて。例の石油王の歌、ステージで歌ってよ。」

「えっ無理だよそんなの!」

無茶振りも無茶振りでひっくり返りそうになる。

「この場を繋ぐには舟越さんの即興力にかけるしかない。大丈夫、めちゃくちゃ面白かったし、ダンスの前のいい導入になるよ。絶対間に合わせるから、俺を信じて!みんなは舟越さんのサポートね、ホイって掛け声と手拍子よろしく。」

「でも私あれを大勢の前で歌うのは恥ずかし…」

「大丈夫、堀内それちょい貸して!」

堀内くんの頭からベールを取ると、ふわりと私の頭に覆い被せる。

「これ被ったら客席からは顔隠れるし、多少はマシでしょ?体育館の扉だけ見て歌って。俺がそこから駆けつけるから。舟越さんなら絶対できるよ!大丈夫!」

にっこり笑顔を向けられると、できなくもないという気持ちになるから不思議だ。大丈夫と言われると、大丈夫な気がしてくる。周りのみんなもよく分からないまま、なんとなく落ち着きを取り戻している。

「大丈夫、心配いらない。このくらいなんとでもなる。だから、俺たちのステージ見ていってよ。」

先ほどから石のように動かなくなった瀬尾くんの肩を、佐渡くんがポンと叩く。

「よしじゃあよろしく!」

ダッと風を切って佐渡くんが駆け出すのと同時に、堀内くんもスカートをはためかせて体育館裏口に向かって走り出す。

「おーしなんかよく分からんけど舟越さんを全力でサポートするしか道はねぇ!急げお前ら!」

「応!」

走りながら振り返ると、いつもより一回り小さくなった瀬尾くんが体育館に入っていくのが見えた。やるしかない。落ち着いて、頭の中で歌詞を組み立てる。今日までのみんなの頑張りを無駄にはさせない、絶対成功させるんだ。


 幕間の司会によるマイクパフォーマンスが終わり、拍手の音が体育館にこだまする。いよいよだ。ステージの真ん中に立ってじっと幕が上がるのを待つ。舞台袖からクラスのみんなが心配そうに見ている。いくらコーラス部だから舞台上で歌うのに慣れているとはいえ、ソロで歌った経験はない。

 ゆっくりと幕が上がっていく。緊張で足が震えそうになる。落ち着いて落ち着いて。

『みなさん。石油王を見たことがあるだろうか?砂漠にゆらめく蜃気楼。はたまた人々が作り出した幻影。雲の上の存在。そうは思ってはいないだろうか?彼は確かに存在する。これは、一人の少女と、偉大なる石油王の、出会いの物語であーる。』

予定にないナレーションが入って、随分低い声のキメ声が面白おかしくて、頬が緩む。堀内くんだ。続けてカッとスポットライトが私を照らす。大丈夫、佐渡くんは絶対来る。ゆっくりとお腹いっぱいに息を吸い込む。


 

『♪皆 耳澄ませろぉ

油湧く 音がするぞ

金塊 引っ提げ 石油王 降臨 ホイ!』


時間を稼ぐためになるべくゆっくりと歌う。クスクス客席から笑い声が聞こえてくる。よし、掴みはOK。


『♪彼の睫毛 風を起こし

 砂を散らし 油田拓く

 白き衣 尽きぬ資産

 狂わせるよ 教師も ホイ!』


みんな金塊事件での教師たちの狼狽ようを思い出したのか、笑い声が確かなものになる。二度目のホイは、タイミングを掴んだクラスメイトも一緒に叫んだので、無駄に壮大な感じになって、より観衆にウケた。よし次は2番だ。


『♪おぉ 見よあの列を

 玉の輿を 狙うハンター

 おぉ 靡かぬ彼と

 悔しがる男子 ホイ!』


舞台袖から響く手拍子に会場が続き始めた。佐渡くんは、まだ来ない。


『♪黒き油 川となって  

 山をくだり 谷をはしる

 砂漠の国 ラクダ踊る

 通貨単位 ディルハム ホイ!』


手拍子の間から「でぃるはむ…」と復唱する声が聞こえてくる。アラビア通貨を観客の頭の中に刷り込むことに成功したようだ。ベールの向こうの扉は未だ開かない。そろそろ、ネタ切れを起こしそう。次の3番までが、限界かもしれない。佐渡くん、早く…。


『♪おぉ 力が湧くぞ

 彼の笑顔 安心する

 優しき 眼差し 

 みな君の虜 ホイ!』


うう、佐渡くん、もう私…。


『♪彼の周り 笑顔溢れ

 悩み消えて 心躍る』


お願い、佐渡くん…!


『♪信じている 胸の明かり』


あっ


『♪呼びかけるよ 私に』


「ホイ!」


 突然ステージと逆サイドから大きな掛け声が響いてみんなが振り返る。開け放たれた扉、そこに立っていたのは。

「石油王だ!」

歓声とともにカッとライトが佐渡くんを照らし出す。

 間に合った!佐渡くんが来てくれた!よかった…!

 その堂々とした姿は、とても保健室のシーツを巻きつけただけとは思えない、どこからどう見ても立派な石油王だった。悠然と客席の真ん中の通路をステージへと歩きながら、佐渡くんが歌い出す。


『♪皆 耳澄ませろ

 油湧く 音がするぞ

 金塊 引っ提げ 石油王 降臨 ホイ!』


「あはは」

気が抜けて笑ってしまう。ステージに上がってきた佐渡くんから差し伸べられた手をとって、今度は二人で歌う。


『♪彼の睫毛 風を起こし

 砂を散らし 油田拓く

 白き衣 尽きぬ資産

 狂わせるよ 教師も ホイ!』


最後のホイは観客も一緒になって叫んでくれたので、耳がビリビリした。なんだか胸がいっぱいだ。

歌い終わるなり佐渡くんは両手を高く掲げて手を2回叩いた。それを合図にステージ両サイドからザァアッと踊り子が現れ、爆音のアラビアミュージックがかかる。

 さぁ、石油ダンスショーの始まりだ!

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