第九章ノ3 瑛里華と会食中の密談

 ミーティングが終わり、その後は夕食となった。その日は比較的あっさりした食べ物が中心だった。海はあるらしいがかなり遠く、シーフードの代わりに爬虫類や両生類が胃を休める食べ物としては重宝されていた。どちらも大型の物がいるので姿焼きのような形でグロテスクなものでは無く、切り身にしてるのであっさりしたバーベキューのようで皆好んで食べていた。

 夕食はいつものテントで取っていた。気候が温暖であるし、種火を出すぐらいは魔法で簡単に出来るので、毎日気楽なキャンプの様な雰囲気でこの生活を楽しんでいた。

 この時の気候は日本で言う5月くらいで、温暖であるが夜の僅かな冷え具合が1日の変化を感じさせ、程よい風も充実した気分を感じさせるには十分だった。

 瑛里華はいつものベージュを基調とした薄い緑の刺繍をあしらった、厚手のネグリジェの様な服を着て、アクセントに小さめのストーンアクセサリーを着けていた。胸元に微かに光るヒスイの様な、それでいて複雑なプリズムを時折薄く見せるこの世界にしか存在しない不思議な石は、彼女の服がふとした動きに合わせて風になびくのに合わせて、幾つもの表情を見せていた。

 この日はミーティングで時間が遅くなったので、簡単に済ませようと、立食形式で夕食を取っていた。聡祉と瑛里華がサラダを取ろうと同じテーブルに鉢合わせた時に、瑛里華が話しかけた。

 「さっきは心配してくれてありがとう。おかげで大分落ち着いた。」

 「いいんだよ。でもまさかあんなに思いっきり殴られるとは思ってなかったよ。」

 「私も。ボクサーがKOされる時ってあんな感じなんだと思った。私、前に脳震盪起こした事あるの。高校の時、ラクロスで相手のクロスが頭に当たって意識失った事あるんだ。まぁ、二度目だから、慣れてるといえば慣れてるんだ。結構激しいスポーツだから。」

 「意外だね。前から高校の部活の事は知ってたけど、瑛里華さん、大人しそうなのに結構アグレッシブなんだね。」

 「今でもたまに高校の時の友達と集まったり、高校にお邪魔したりしてやってる時あるんだよ。友達でナショナルチームに選ばれた人がいたりして、その子からもアドバイスもらったりするから。テニスは今でもよくやってるし、気分は現役なんだ。」 

 「そっか。じゃぁ、大学院生活とか物足りなかった?」

 「うーん。本当はもう少しアグレッシブな生き方をしたいって思う事もあるけど、今でもなんだか自分がどう言う人間なのか分からないんだ。私、本当はサバサバした側面もあるんだけど、親の教育が厳しかったから、女の子は大人しくしてなきゃいけないってずっと思ってたんだ。でもラクロスで会った友達とかは、そんな教育受けてない人がいっぱい居て。私中高一貫なんだけど、そう言う人って大概、外部進学なの。だから最初は戸惑ったけど、打ち解けてくるとなんだか新鮮で。ラクロス部って、『野獣クラブ』ってあだ名されてたくらい、高校では少し特別だったの。」

 「SM雑誌のタイトルみたいだね。」 

 「そう言う趣味あるんだ!」

 「昔秘書にいたよ。その日の背筋の伸びかたとか、椅子に座る時の姿勢とかで、前日何をやってきたかわかるんだ。両親も気を使ってたよ。趣味にまで口出さないから。」

 政治の裏側というかこういう他愛のない話を始めた時から、無意識に聡祉は父親の様な権力者がする鷹揚で威厳のある身振りや口ぶりを始めていた。

 「うそ!政治家の秘書なのに?うちの会社にそんな人いたら多分どっかに飛ばされるよ。政治家が秘書に気使うなんてあるの?」

 「普通は無いけど、父はそういう事わかってても言わない人だし、元々は党で働いてた人だったから、父も母もあまり強く言えなくてね。でも優秀な人だったよ。趣味さえ知らなければね。政治の世界っていうのは一般社会とは少し違うんだよ。緩い所と厳しい所が違うんだ。一般社会よりも多様性はあると思うよ。だってヤクザだって政治家になれるわけだし。」

 「そうね。なんだか憧れるな。うちなんて花問屋だから、昔から付き合いのあるとことばっかりだし、それでも色々あるけど、付き合う相手が古い人ばっかりだから。」

 「どういう相手と取引してるの?」

 「主に花屋さんだよ。一応うちでも店舗を持ってるから小売もしてるし、たまに、日本舞踊やってる人とか華道やってる人にも下ろしたりするけど、うちの商売、実際は殆ど不動産収入で成り立ってるんだ。今時どこの商売もそうじゃ無いかな。土地の値段維持するために商売やってる様なものだから。だから新しい事みんなはじめたがらないのかもね。」

 「最近そういう話はよく聞くね。うちは実業やってないからなんとも言えないけど、周りの話を聞くとそんな話ばっかりだね。資本主義ってなんだろうね。」

 「じゃあ聡祉くんは革命闘士になるんだ。」

 瑛里華が上目遣いでおどけてみせた。

 「そんなわけないじゃん。」

 二人はその後も他愛のない話をし続けた。他の面子とも歓談をし、この世界での教育や行政の事をある程度話し、武術や戦闘に関する事も軽く打ち合わせをし、片付ける段になって程なくして、瑛里華が聡祉に「ちょっと外に出て夜風に当たらない?」と誘ってきた。聡祉が承諾すると、夕食の後片付けが終わってから1時間後に、大きな岩と3メートルほどの広葉樹のある小高い丘のある場所で落ち合う事になった。

 夕食の片付けが終わってから1時間ほど経ったあとという所が一種のキモである。その間に歯を磨いたり身支度を整えたり出来るし、何よりある程度食べ物が消化されて体が動きやすい。体が動きやすいという事は何をしやすいかは読者に説明しなくてもわかるだろう。体調を整える事が重要になる営みは世の中に数知れずあるが、文化の中で生きようと考えるならば、エレガンスと生々しさは切り離すべきでは無いのである。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る