第九章ノ2 ミーティングにて

 一旦その場は授業を中断し、子供達をそれぞれの家に帰らせた。校長が少し目を離した隙に起きた事件なので、校長も責任を感じているらしい。しばらくして全員一度ミーティングを開こうと言う事になった。

 「瑛里華さん、傷の方は大丈夫かい?あまり無理はしない方がいいですよ。」

 南塚教授がミーティングをリードしている。

 「傷は魔法で手当てできるとしても、こういった事が原因で生徒に恐怖感を抱く教師は多いですから。しっかり精神的にも休んでください。」

 「はい。お気遣いいただきありがとうございます。でも大丈夫です。中学はテニスで高校はラクロスですから。少しくらいは慣れてます。」

 「そうか。それは良かった。だから大きな剣を持って戦う事にしたんだったね。元気そうで何よりだ。さて、それでは本題に入ろう。我々はこれから対応を考えなくてはならない。既に母親には校長先生の方から話をしてもらっている。しかし母親から子供を取り上げられるような形で、この子は例のヤクザな集団で育てられている。時たま会う事があっても精神的な帰属は男性集団の方に強いらしい。もう十二歳になると言う事だ。中々修正の効く年頃じゃない。これを教育的に解決するべきか、それとも別の手段を取るべきか、いずれは結論を出さなくてはならなくなるだろう。しかし今はまず、それぞれの考えている事、感じている事を率直にいって欲しい。事は子供の人生に関する事だ。先入観にとらわれず、まずは意見や感想を言い合おう。」

 この少年にもっとも頻繁に接していたのは瑛里華だったので瑛里華が真っ先に発言を始めた。

 「まず私からは、あの子は引き続き学校に行かせるべきだと思います。理由は、今学校から引き離せば余計に荒っぽい世界に引き込まれてしまうからです。確かに時折暴力や粗暴な振る舞いは今までありましたけど、あの子の育った環境を考えれば仕方がないと思います。今回はこう言う結果になってしまいましたが、私がもう少し注意したり、男性がもう少し彼と接するとか色んな方法を試してみるべきだと思います。」

 哲也が発言した

 「基本的には俺も賛成です。ただ、彼と接するのは自分たちだけでは限界があると思います。あの子は僕に向かって、『ガキ一匹殴れないオカマみたいな奴らは魔法が使えなきゃ何にもできねぇ。どうせ俺の方が自力は強いに決まってらぁ。いつかまとめて子分と妾にしてやらぁ』っていってましたよ。」

 アウトローと地域社会というテーマでは校長の一家言に頼らざるを得なかった。必然的に皆の視点が校長に集まった。

 「懐かしい言葉だな。昔はそんな子供はいっぱいいた。あれでああ言う子は皆が思ってるよりは純朴なところもある。ヤクザというのは身内のしきたりが色々あるからな。しかし彼らは国家や学校といった管理側を敵視している。あの子が学校で反抗的なのはな、何もただ悪意があっての事じゃない。そもそも我々が行っている学校教育も、必ず全員に役に立つとは言えない事だ。あの子や周囲の大人はな、それを本能的に感じ取っているのだよ。しかしな、どんな社会にも最低限の仁義は必要だ。世間からただ厄介者扱いされるだけのヤクザじゃそのうち爪弾きにされる。その辺りの塩梅を大人ならわかっているのだが、あの拳骨坊やはまだその辺りがわかっていないようだ。いづれにしろな、誰かがキツくお灸を据えなければな、最後には集団内の対立にまで発展しかねない。あの坊やの周りの大人たちと膝を交えて話をするというのは悪くない提案だがな、あの手の人間たちというのは女に対する暴力には甘い。人前でやらなければ良いくらいにしか思っていないだろう。それはそれで一つのあり方と認めるか、そうでないかが我々が考えなくてはならないところだ。」

 学校という立場で複雑な地域と関わってきた校長ならではの意見であった。

 丸山秀樹が少々の沈黙の後に口を開いた。

 「実はあの子、時々戦国時代から来た連中に武術を教わりに来てるみたいなんです。自分、一度だけあの子を見たことがあります。それなりに練習してるので年の割には良い腕してますよ。子供なんで周りから可愛がられて色々仕込まれてるみたいですね。ヤクザ連中からも色々と仕込まれてるみたいですから、そんなこんなで荒っぽい気性に出来上がったんでしょうね。」

 南塚教授が困惑している様子だった。

 「まるでアウトローのエリートじゃないか。おそらくあの子は周りよりも早く狩や戦いに出ることになるだろう。しかしその前に、集団のあり方を彼に教えておかないと、長期的な悪影響があるかもしれない。」

 聡祉は一度論点をまとめる必要だあるだろうと考えた。

 「根本的な問題はそこだと思います。あの子はいずれ、ヤクザや戦国武士の教育で、この世界では立派な戦士になるでしょうし、この世界ではそれが立派な大人になると言う事です。ですが、今の彼は自分の周囲の集団しか見えていません。それではいずれ、大局的な見方が出来なくなりますし、その他の集団との軋轢も生みかねません。今の集団はこの世界に来た時代ごとに小集団を作り、それぞれが若干対立関係にあります。スモールグループがある事自体は否定する必要はありません。それぞれの得意分野で分業は必要ですし、それは全体の活力になります。しかし、集団間を結びつけるなんらかの価値観なり共通点が必要です。学校とはそれを教えるための機関としての役割もあると思います。そうであるならば、あの子にも最低限、大きな集団のあり方を教えていく必要があるのではないでしょうか。」

 「さすがわ伝説の民生委員の息子だな。福祉のあり方をよくわかっている。」

 校長の言葉というのは、やけに丁寧だが、噛んで含んで誰にもわかるような独特の間合いがある。

 「それならまず、わしと教授、瑛里華さんであのヤクザ者とキリシタンの所に話に行こう。昔の人間は年長者の言う事は聞くからな。瑛里華さんにはわしと教授で何度か行き来して腹の内が分かればあの子の処遇もはっきりするだろう。率直なわしの意見を言うと、あの子はもう少し、母親と一緒にいるべきだと思うがな、今からでは遅いかもしれん。返って母親の負担が大きすぎるだろう。魔法を使えるものに従うと言うここの掟に従えば、ヤクザ者はいったんは話を聞くだろ言うがな、面従腹背が彼らの常でな。腹の内をよく探らんといかん。瑛里華君には女性たちの本音をもっと聞き出して欲しい。それとな、哲也くんと秀樹くんには日本海軍の所に行って、事情を相談して欲しい。確か彼らの中にキリスト教徒がいて、キリシタンの女性と正式に結婚した人がいたはずだ。彼ならキリスト教徒同士で話ができるだろう。彼ら夫婦に暴れん坊の面倒を見てもらう事も視野に入れて相談をしに行って欲しい。」

 哲也はこの問題を誠実に考えていたが、少々世間に関する認識が甘かった。次の発言の後、すぐに瑛里華に論泊される。

 「あの、自分、女性達とたまに接してて思ったんですが、一度、保護者会見たいのを開いた方がいいと思うんです。この件をどう思ってるのかという事もそうですし、学校をどう運営していくかっていう事と、生産現場と家庭生活の兼ね合いとか、率直な意見を聞いた方がいいと思います。」

 「それなら、保護者会ひらくとかじゃなくて、みんなが個別に話を聞きにいった方がいいと思う。だって、同じ女といったって、武家と下女とキリシタンと遊女じゃ価値観が違いすぎるから。今集めたら絶対喧嘩になる。哲也君、保護者会ってお茶飲んで楽しく話す所だと思ってる?絶対に違うからね。マウンティングと政治の場なんだから。」

 「ごめん。そういう事考えた事なかったから。」

 秀樹が一度手を挙げて発言をした。

 「取り敢えず、誰がどういう層に話をしにいくかという事が決まった所で、制度の運用に関して一度フィードバックをする必要があると思います。一太郎君の処遇で提案なのですが、あの子は一度、自分に預からせてもらえませんか?戦国時代から来た人たちは、あの子には優しくしてますし、彼らも地侍なので、そこまで家柄や血筋を重視しません。ヤクザ者には確かに厳しいですが、子供には優しいです。あの子を戦国組と会わせて自分と一緒に稽古をして、その上で話を聞いてみたいです。」

 教授は賛意を示した。

 「それはいい考えだ。あの子がリラックスできる、それも家庭でも学校でもない第三の場所で話を聞くのはあの子も自分の考えをまとめるきっかけになるだろう。生まれ育った場所だと同調圧力が働くから、趣味の場所や『斜めの関係』がある場所の方がいいだろう。よし、あの子のことは一度秀樹君に任せよう。皆はそれでいいかな?その上で、一度、政策に関するフィードバックを行おう。」

 全員が賛意を示し、この日のミーティングは終わった。夕食には少し遅い時間であったが、まだ宵の口だった。


 

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