第九章 異世界の法則

 この世界において「アニマ」と言う言葉は精神や魂、あるいは生命エネルギーのような意味で使われている。しかし概念上の存在ではなく、確かに実在するものだ。そして「エーテル」とは、秀樹の仮説によれば、我々の世界で言う、ダークマター、光や電磁波の波を媒介するであろうこの宇宙を満たしているはずの何らかの物質の様なもので、我々の世界のダークマターとは性質が異なる何らかの存在ではないかとの事だ。特定の元素や粒子が魔法が使える原因なら、全く偏在しておらず、どこにも均一に存在している事が不自然であると言っていた。

 さらに、アニマとエーテルの反応には自身のアニマの性質が大きく関わるらしい。大きく分けて、「自己」と「他者」と言う二つの方向性があり、秀樹や瑛里華の様にアニマが自己に対して強く作用する人間は、何かを放出したりする事が苦手で、その反面、自身の身体能力の強化したり、自己治癒魔法を自分にかけたり、皮膚にアニマを纏わせて防御力をあげる事ができる。だから瑛里華は女戦士として前線で活躍している。秀樹の様に、武器にも作用せず、自身の身体のみに作用する魔法は珍しく、今まで前例が無いらしい。

 それに対して他者の精神、あるいは外界のエーテルに作用するアニマを持っている者は校長や教授の様に魔法使いや僧侶として自身の身体の外側に作用する魔法を使う。武器を軽くするのはこの魔法の最も基本的な物で、これは瑛里華も普段使っている。この魔法を発展させて、最終的に攻撃的に作用するか防御や回復を中心に作用するか、あるいは相手のアニマにエーテルを介して介入して一時的に相手を操ったりする魔法を使うかは本人の潜在意識が大きく作用するらしい。

 例えば哲也は自己中心と他者中心の丁度間ほどで、若干攻撃よりらしい。

 この適性はある程度、基礎的な修練を積んだ段階ですぐに分かるだが、修練を積まなくても、本人の人格をよく知っている人間や思考を同調させたものならおおよそ検討がつくらしい。テレパシーで思考と同調させた時に相手のアニマの手触りの様なものを感じる事ができるからだ。

 聡祉は教授や哲也のレクチャーを受けて、アニマを感知する修行を始めた。シルフィー族がやっても良かったのだが、やはり人間同士の方が感覚が近いため教えやすらしい。

 と言ってもよほど大層なことをするわけでは無い。瞑想をしたり、基本的な武術の鍛錬をしたりと、だいたい基本的なイメージ通りの「修行」と言う感じの事をしていくと、だんだん、体の中のアニマとエーテルの反応を感じられる様に成る。坐禅をしている時の呼吸や、武器を振るった時、斬撃が空気を切る感覚に、少しずつ、エーテルの手触りが感じられるのだ。次第に、体の中にもアニマとエーテルの反応がある事が分かる様に成る。ここまで来ると、自身の身体能力を上げる事も出来る様になってくる。

 聡祉はやはり、潜在意識としても他者志向が強く、テレパシーは直ぐに使える様になった。

 普段使用する武器であるが、聡祉は哲也と同じく、シンプルな剣にした。聡祉は剣の心得が一応はあるし、この世界では魔法を剣に乗せて放出できるため、剣だからと言って間合いが短いということはない。しかし、魔法も物理的な法則の制約を受けるため、やはり一点に衝撃が集中する槍の方が一撃あたりの威力も高いし、直線的な衝撃が加わるため、魔法の効果距離も遠く成る。一方で槍を横に振った際は、剣ほど細かいコントロールが効かないため、多少効果範囲が無駄になりやすいし、体が振り回されるため、二発目の攻撃に時間がかかる。剣の方が近い距離の敵を効果的に倒す事ができるし、連撃を加えやすい。それに咄嗟に近づいてきた敵に対しても対応しやすい。

 「他者」に作用する魔法というのも、秀樹の様に全く使えない人間は珍しく、例えば瑛里華も回復魔法なら相手に直接触れれば使う事ができる。「自己」に向かう魔法も教授の様に「他者」志向が強い人間でも例えば多少筋力を増強して重い杖を使ったり、手甲で殴る時の威力を増したりは出来る。「他者」志向の魔法で武器を軽くしたりする事も基本的には秀樹以外は皆やっている。

 「自己」志向の魔法で自身の筋力を増強する事と、「他者」志向の魔法で武器を軽くする事は初めに教わる大事な魔法だ。

 ただ、自身の筋力を増強する魔法は、同時に骨や筋にも強化を及ぼさないと怪我をするのでそこも教わった。また、関節や筋肉、神経の痛みも出やすく成るので、徐々に体を癒す回復魔法も覚えていく事になる。回復魔法を使うと筋肉の疲労回復も早くなるので、筋力アップや武術の習練も早くなるが、姿勢や関節に癖がつきやすくなるので、定期的に理学療法士の様なシルフィー族が回復魔法を使いながら骨格の歪みをアジャストしている。

 武器を軽くする魔法は、これを使っている間、触れている武器は実際に物理的にも軽くなっているので、攻撃をする際はこの魔法を解除しなければならない。しかし、重い武器を魔法で軽くして、それを解除し相手に攻撃し、また武器を軽くするのは難しい調整が必要で、魔法の練習と武術の修練を同時に訓練しなければならない。教授はその辺がうまいらしく、後で話を聞いたら合気道を長くやっているとの事だった。成る程、杖の応用というわけか。体全体の動きと武器の動きを連動して滑らかに動くという修練を長年積み重ねてきたおかげで、武器に振り回される事なく体全体で重い武器をも扱える様になったという訳だ。

 この世界で教わる武術というのが非常に特殊で聡祉は興味深かった。普通武術というのは腰を深く落とすが、この世界の武術というのは基本的には腰を落とさない。膝を軽く伸ばして身軽な構えをし、体重移動をしやすくする。この世界では鎧も軽くする事ができるし、魔法を媒介する素材で鎧を作ってしまえば、全身を覆う必要もない。瑛里華がビキニアーマーを着ているのはそのせいなのか本人の希望だったのかは遂に聞き出せなかった。

 やはり聡祉は周りの感じた通り、僧侶寄りの魔法剣士としての適性がある様だった。剣の腕前もそこそこはあったので、剣を媒介にした魔法の習得もスムーズに進んだ。

 次に、この世界の構造のレクチャーを受けた。この世界は主にシルフィー族が行政を管理しているが、食料は比較的豊富にあり、グルドとシルフィー族はモンスターや動物を狩猟していれば基本的には自活していける。したがって、政治や行政がこの世界で果たす役割は少ない。シルフィーはグルド程は食事を取らず、最低限の栄養だけであとは魔法で大気や日光を合成して生きていける。グルドは基本的には肉食が多く、彼らは自分たちでコミュニティーを作っているのであまり外部とは関わらない。というのは彼らは体のサイズが違うので、彼らのコミュニティーはシルフィーや人間とはあまり共に生活が出来ない。やはりここで問題になるのは人間の生活をどう成り立たせるかという事である。

 この世界では農業はある程度できるが、何分にも人出が足りないのと、ディス・アニマで汚染された凶暴なモンスターが農作物を荒らしに来るので、やはりここで農業を成り立たせるのにも武力が必要だ。

 人間の集落は大きな川の中流に開かれていた。グルドは鉱物を使って様々な武器を製造、加工するので、基本的には川下に住む。ここに住む人間は多少荒んでいるがそこまで派手に環境破壊をしたり水質を汚染したりはしないのでそういう事は問題になっていない。

 餓死者が出るほどは飢えてはいないが慢性的に食料難で、食料を安定的に確保するには大変な危険が伴う。ここでは農業ですらも時に命がけなのだ。深刻な怪我をすればシルフィー達が治療する事もあるが、今は主に転生した地上人達が治療を担っている。

 どうやら聡祉達が召喚されたのは、先頃まで魔法を使って戦っていた人間達が、元の世界に帰った者と汚染が進んで帰れなくたった者だけになってしまい、魔法を使える人間がいなくなった所で新たな魔法が使える人間が必要になった事が主な理由であるらしい。

 集落人口構成は男性が8割で女性が2割だ。その上高齢化が激しく、一番若い人間は、16歳で第二次世界大戦中に転生した着た青年で現在20歳だ。彼はかつては非常に強力な戦士であったが早々に高濃度のディス・アニマに汚染されてしまい、以来ずっと肉弾戦で戦闘に参加している。肉弾戦で集団戦闘に参加すると汚染地域から素早く逃れる事が出来ない為、汚染が進みやすく成り、精神も不安定に成りがちになる。

 しかし、つい数週間前、教授達が先に転生してくるまでは彼はこの集落では主力の戦力だったのでこの集落では高い地位にいた。それが転生者の出現で地位が奪われてしまい、精神の不安定が増している。とは言っても、戦闘に参加する頻度や前線での戦闘が減ればそれだけディス・アニマの汚染も防げるため、彼に対しては戦闘からの緩やかな撤退と精神的なケアーが必要とされるだろう。

 この集落にいる人間のほとんどが似た様な状態である為、個別の状態を把握し、ケアーの方法を考えなければならない。

 しかし、この集落で校長が特に注意を払っていたのは女性と子供だった。

 元々、女性の転生者は少ない。戦争などで一度に大勢が生死の境をさまよい、さらにこの集団がある程度知性や品性に優れていなければいけない。こういう偶然はあまり起きない。

 さらにこの偶然が女性に起きるという事は非常に稀である。そうすると、男女の人口比率の大きな違いはやはり様々な問題を引き起こす。ここにいる女性は汚染が進んで魔法が使えなくなっているので、戦闘能力に決定的に欠けるのでコミュニティー内で権力が持てない。そうすると、特に性愛関係で主導権を発揮出来ないので、男性に対して隷属的にならざるを得ない。さらに周りは昔の男ばかりという訳だ。その上、恋愛やセックス絡みの揉め事から嫉妬や横恋慕だけでは収まらず、この状態で出産をする事があり、そうすると、子供は先天的にディス・アニマに汚染されている。その子供は生まれながらにして魔法も使えないし、精神も不安定に成りがちであるし、生育歴にも問題がある。

 そこで聡祉は、福祉政策担当として、以下の様な政策を立案した。

 前近代社会や初期近代社会においては、貧困の問題は男性に始まり女子供に終わる。しかし救済方法がこの順序になる必要はない。マジョリティーである男性は集団性を持つため、やはり男性に対しては集団的なアプローチ、具体的には聡祉達が警備をした農園で働かせたり、共に狩をするなどして職業的な居場所を与え、家庭にいる時間を減らし、強引なセックスや子どもの虐待をする時間を減らさせる。その上で女性には個別的アプローチ、子どもには集団教育の上で社会性を育て、可能な限り精神的に安定させつ事でディス・アニマの汚染を軽減する。

 聡祉はこれくらいのアプローチなら直ぐに計画を立案できた。これならある程度は可能だろう。集落の人数はおよそ150人ほど。女性は三十人程、子供は五十人、残りは成人男性だ。瑛里華一人で女性三十人のケアーはさすがに厳しいがグループ分けをしたり、成員同士の相互ケアーの仕組みを作ればどうにかなるだろう。グループ化の指導やそこからこぼれ落ちるケースに瑛里華は重点的にコミットすれば良いだろう。

 教育的アプローチは校長の指導の元に聡祉、秀樹、哲也、瑛里華が交代でアシスタントに入る。

 成人男性の職業的アプローチは教授を筆頭に聡祉ら男性陣三人が交代でアプローチをする。

 教育的アプローチも職業的アプローチもケア対象との相性があるので、なるだけ交代で事に当たる。全体的に瑛里華に負担が掛かる制度設計になってしまったが、瑛里華にそれを聴くと、彼女は戦士として自身の身体能力を向上させたり疲労を回復させる事が得意な為、ある程度はどうにかなるだろうとの事だった。

 ここまでは聡祉が直ぐに立案できたが、やはり戦闘に参加する際にどうするかは問題になった。誰か一人が残ってこの集落を監督するのか、それとも総出で出陣してしまうのか。

 集落の中で派手な諍いが発生した場合、人間から出るディス・アニマはそれなりの量になる。それを一人で受け止めると汚染される可能性がある。しかし、制度を変えたばかりの時は適応できない成員が不安行動をする事が予想されるので、福祉制度を預かる聡祉としてはこれを放置は出来ないが、転生してきたばかりである聡祉たち主要戦闘要員の汚染も注意を払わなければならない。

 そこで校長の提案によって以下の事が決定した。始めのうち、大規模な戦闘の時は主に校長が集落に居残る。校長は教員としてはベテランで、さらに幅広い年齢層の管理経験が豊富なので、こういう役割ならできると申し出があった。大規模な戦闘の際は若い男性が出払うので、残るのは女性と子供、年寄りが中心となる。それなら校長のお手の物だという訳だ。

 話を総合すると、どうやらこの集落の管理で最も指導的な役割を果たすのは校長になりそうだ。この中では最も山っ気が多い性分で、この人じゃなければ戦国時代から現代までの日本人の問題に対応できないだろう。聡祉は政策立案、教授は内部調整、秀樹は生命科学の知識を生かしてこの世界の研究、哲也と瑛里華は持ち前のフットワークを生かして現場で事に当たるという役割分担ができた。当然、哲也と瑛里華以外の全員が何らかの形で現場にも関わるし、成員のケアーは、ケアーギバーとケアーテイカーの相性が大事なのでこの点についてはチームワークが必要となる。

 戦争や事故によって生死の境を彷徨っている者がくるこの世界では、基本的なサバイバル能力の高い人間が多い。戦国時代からきた者達は当然、その辺の木材を切って集落などは簡単に作れるし、彼らもこの世界に初めに来た人間ではない。以前に来た者達はさらにそれより前に来た日本人で、その頃からの集落なので、昔の日本家屋と同じ作りをしている。一応季節はあるが基本的には日本と同じ気候なので、日本的な生活様式で困る事は無い。農作物も家畜も野生動物も、日本とほぼ同じものがある。乳牛など元来日本にいない動物もここにはいるため、生活の質は工夫をすれば高まりそうだ。

 ここの人間達は、魔法が使える相手に従うという事は習慣として根付いており、聡祉達が指導者であるという事自体は直ぐに受け入れた。

 やはり校長は芝居掛かった口調でこういった民衆を指導する事は極めて手慣れており、子供から年寄りまで非常にうまく取り纏める。

 教授は持ち前の上品さで男性社会の頂点には立ちやすいタイプで、魔法も使えるので指導もスムーズにいっている。

 瑛里華の様子は、やはり女同士では制度や力で押し付けるやり方は合わないらしく、彼女は花に詳しかったので、その辺りの花を摘んできては活けてみたりと、女性とその面倒を見る子供からの支持を獲得していった。

 若い男性三人、聡祉、秀樹、哲也はやはり足で信頼を稼ぐしかなく、子供から年寄りまで、ちょっとした困り事を聞いたり病気を直したりしてどうにか集落の中に基盤を築いていった。

 こうして彼らは、幅広い学識と経験を互いに持ち寄り、優秀な仲間と前例のない問題の解決に当った。地上から転生してきた六人はまるでベンチャー企業かNPOを立ち上げるかの様な一体感に包まれていた。

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