第8話 接触洗脳も失敗

 山田太郎といると、考えていた洗脳術を結局やるのを忘れちゃうとか、ちょっとしか遊んでないのにもう一日が終わってるとか、地球の時間が歪んで困る。


 日に日にドキドキが増している。日に日に何らかの生命体が地球や私を襲うための攻撃頻度が上がっているということだ。

 早く、早く早く、山田太郎を洗脳しなきゃいけない。


 今日こそは必ずや、例の洗脳術をやってやる。




 出会ってすぐの頃は放課後になると速攻で帰宅していた山田太郎だけど、夏休みが終わってから木々の葉が色付いていた頃の間は何度か一緒に帰った。

 そして、木々の葉が完全に落ちて、夕方から電飾が光る頃になると、もうすっかり毎日一緒に帰るようになっていた。


 今夕も帰り支度を整えて山田太郎のもとへ行く。山田太郎はスマートフォンとかいう薄っぺらい電子機器をちょいちょい操作していた。


「星乃、今日帰りちょい遠出しない?」

「遠出?」

「そそ。クリスマスシーズンだし、綺麗なイルミネーション見に行こ」


 山田太郎がニコッと笑いかけてきたならば、私は頷くことしかできなくなる。断るなんて、もってのほかなのだ。


 

 山田太郎が行きたい場所は、電車で少々揺られなければならないらしい。それに乗るために、私は初めて小生命体実験施設に足を踏み入れた。

 そこでは、身長の高い大人や同年代の学生に、ちょこまかと動き回るちびっ子まで、ありとあらゆる地球人が各々無秩序に行き交っていた。どこからか『間もなく三番線に電車が』などという声も聴こえる。なんという混沌。言葉を失う。

 私、こんなところ、山田太郎とじゃなきゃ絶対に来ない。そっと山田太郎に近付いて制服の裾を掴む。


「や、山田太郎……」

「あ、星乃は切符買わなきゃだっけ。切符売り場はこっち」


 山田太郎が何やら壁に載せられた図を見上げる。

 な、なんだ、あれは。微生物が這いずり回った跡のようなぐちゃぐちゃした線がこれでもかいう細かさで書き込まれている。見ていてゾワッとした。めまいがしそうだ。


「星乃、買ってきた」


 山田太郎に渡される長方形の小さな紙。ちょっと硬くてずらーっと小さな文字が書かれている。

 紙を機械に通して動く階段に乗ると、やっと電車が目の前に。


「よし、行くか」

「うん」


 山田太郎から離れないようにしっかり裾を握って、私は実験機に乗り込んだ。


 電車の中は、席は埋まっていて立つ人もいっぱいいるけど、生命体実験というほどでないくらいだった。なんだ、ちょっと拍子抜け。


「想像と違う」

「電車をなんだと思ってんだよ」

「押し潰されるかと思ってた」

「あー、通勤ラッシュんのときはヤバいかも。今はまだ会社終わってないから」


 そうなんだ、と言おうとした瞬間、地面が少し揺れた。動き出したらしい。


「星乃も吊り革持てば? 危ねえし」

「腕を上げるのはしんどい」

「じゃあ代わりにどっか掴んどいて」

「わかった」

「や、俺の腕じゃ……まぁいっか」


 吊り革に掴む山田太郎の腕を掴む。これなら私はあまり腕を上げなくても済む。完璧だ。



 かたんことんと夕暮れの電車に運ばれる。目まぐるしく流れる風景はどこもかしこも茜色。

 途中で見かけた川の水面は夕日が反射しキラキラ輝いていて、途中で見かけた道路には真っ黒な電車の影が伸びている。


 星全体の気候をコントロールするためのドームも、他星からやってきた侵略を目論む軍隊もここにはない。

 宇宙の隅っこという立地で運良く侵略されていない、平和で穏やかな小世界。


 侵略するために洗脳を、征服するために洗脳を。地球侵略のために、私はしばらくそう思っていた。

 でも、山田太郎と一緒にいると、知らないことを知って、知らないところに連れ出されて、知らない景色と出会うばかり。

 今なら、地球を欲しがる依頼主の気持ちがわかる気がする。


「……この星は、綺麗ね」


 一人言のつもりだった。車内のざわめきやアナウンスに紛れて、誰にも聞こえないはずだった、けど。


「俺もそう思う」


 山田太郎が静かに優しく微笑む。あなたはこの星の生命体でしょ。自画自賛なんて。




 電車から降りると、日は沈んで夜が訪れようとしているときだった。冬の夜は足早い。

 目的地を目指して歩いていく。この辺りでは若そうな個体の地球人二人が連れ添っているのをよく見かける。寒いのか、小柄な地球人は首元に布切れを巻き付けていたりする。


 私の体は寒さにも暑さにも強く、病んだりもしない。我が星の中でも殊さら強さを誇っており、惑星侵略のための超適性個体ともてはやされていた。

 だから、今も寒さなどは微塵たりとも感じな、


「星乃どこ見て……あ、寒い?」

「え、いや」

「大丈夫? 俺のマフラーだけど使う?」

「使う」

「即答かよ」


 布切れを巻いていた地球人のほうを見ていたら、山田太郎が細長い布切れを貸してくれた。マフラーというらしい。

 見様見真似で首に巻き付ければ、もこもこしていて柔らかく、山田太郎の匂いがした。ふむふむ、マフラー、悪くない。



 山田太郎のマフラーでぬくぬくしながら、山田太郎の隣を歩く。ずっとこの時間が続けばいいなと考えていたら、他の生命体からの攻撃を感じて、洗脳しなきゃと正気に戻る。

 対象者と接触することで洗脳術をかけられる。血を使用するほどじゃないけど、大気も陣も介さずに直接術をかけられる、強めの洗脳術だ。

 私は山田太郎にそっと手を差し出した。


「山田太郎、私の手を握って」

「はい」


 山田太郎はすんなり手を繋いでくれた。するりと指を絡める。

 手、私より大きくてゴツゴツしている。地球人は個体差によって体格が違う。山田太郎は強そうなタイプだと思っていたけど、握力は案外優しかった。

 繋いだ手がぽかぽかする。なんだか暑い。……暑い? 強さにも寒さにも強い私が?


 脳内がにわかに混乱し始める。いや、非常時でも臨機応変に動かねば。早く洗脳を……! 集中して手に術を込める。うんうん、この感覚はいい感じ。確実に成功した。

 私は山田太郎を見上げた。


「山田太郎、三回回ってわん」

「急にどうした。犬カフェでも行きたい?」

「……いえ」


 あれ。山田太郎には、なんで洗脳が効かないんだろう。本当に手を繋いでいる?

 手を見ればしっかり繋いでいた。数回力を入れて握り直す。よし、もう一度。


「こ、今度こそ。山田太郎、三回回ってわん」

「おけおけ。今度わんこに会いに行こうな」

「……むむ」


 山田太郎に洗脳が効かない。あれもこれもどれも失敗。自分の中に焦燥感が芽生える。

 だって、早く洗脳しないと。


「てか、急に変なこと言い出して、もしかして星乃熱でもある?」


 山田太郎が私の顔を覗き込む。ち、近い。至近距離でぱちっと目が合って、山田太郎がふはっと笑った。


「星乃、ほっぺた真っ赤」


 困った、ドキドキ危険信号がうるさい。うまく考えられなくなって、息をするのもやっと。

 他の生命体からの攻撃はだんだん強くなっている。念動力も使えない弱い私が、これ以上のさらなる攻撃を受けて太刀打ちできるのか。



「星乃、顔上げて」


 山田太郎に呼ばれて自分が俯いていたことに気付く。ゆっくりと前を見れば、


「……わ、すごい」


 ふと、故郷の星を思い出した。

 暖かな色の明かりでライトアップされ光に満ちた並木通りが、そこにはあった。

 初めての惑星侵略後に生還して宇宙船から降りるときに、みんなが道を開けながらもお祝いに駆けつけてくれたときみたい。


 道の消失点には、頂点に星が乗っているひときわ大きな木が光らされている。宇宙船着陸場の誘導灯っぽい。

 生け垣ですらチカチカと光り飾られている。まるで宇宙から見た恒星のよう。


「山田太郎。私、これ、気に入った」


 なぜだか頭の中に、侵略学の勉強を頑張って頑張って頑張って、惑星侵略に勤しんでいた過去の自分が浮かんだ。

 そうだ。私は、生還したときの依頼主や家族が喜んでくれるのが嬉しくて、惑星侵略をしていたんだっけ。


「そっか。そりゃ良かった」


 山田太郎がふんわり嬉しそうに笑って、繋いだままの手をぎゅっとさせた。私は一歩だけ山田太郎にくっつきたい気分になった。



 山田太郎を洗脳して完全に地球を征服すれば、依頼主や家族は喜ぶが、山田太郎の笑顔は二度と見られない。

 でも、地球を征服をしなければ、他の生命体から攻撃されて死ぬか、逃げて帰って依頼主の奴隷になるか。どらちにせよ、待っているのは暗い未来だ。


 私は、どうすれば……。

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