第6話 家庭訪問で呆然

 え? それを知ったとき、私は理解できなくて混乱した。

 山田太郎と接触する目的でせっかく高校生になったのに、高校に通わない期間が存在するだと。


 地球にやってきてどのくらい経っただろうか。地球の天候は情緒が不安定らしく、雨続きの日かと思えば、快晴続きの日になった。気まぐれがすぎる。

 そして、期末テストという暗記お遊びゲームを終えると、夏休みというものになった。数十日連続で学校に通うのをお休みするという夏季休暇期間である。


 そう、夏休み。これが大問題である。


 学校に通わない期間、それすなわち山田太郎と会わない期間ということだ。

 これでは洗脳をかけられない。大変よろしくない。なんとか山田太郎と会わないと。




 ということで、私は山田太郎を家に呼んだ。夏休みのある日のこと、真っ青な空と白いもこもこ雲が印象的な日のことだった。


「山田太郎、山田太郎!」

「お、地征。今日も暑いなー」

「そうね」


 私のマンションの入り口で山田太郎と待ち合わせ。山田太郎は汗をかいたのか、腕で額をぐいっと拭った。

 山田太郎、制服じゃない。大きめのぶかっとしたシルエットのTシャツを着ている。ラフな雰囲気なのに洗練されているというか。見慣れなくて変な感じ。なんだか緊張する。私はちょっと前髪を整えた。


「じゃあ、行きましょ」

「地征の家、めちゃくちゃ良いとこなんだな。ビビるわ。ちな何階?」

「一番上」

「一番上!?」


 びっくりされた。この地が最もよく見渡せるよう、高いところを選んだだけ。山田太郎以外の地球人は洗脳済みなので、この家を使えるようにするのは簡単だった。

 動く箱で上階まで登る。この待ち時間はちょっと長い、けど。箱から降りて、私は軽やかさなステップを踏んだ。


「降りたあとのふわふわ、楽しい」

「ちょっと浮遊感残るやつな」

「そう」


 このふわふわは浮いているときの感覚に似ている。

 山田太郎がいるせいか、余計にふわふわする気がする。




  玄関や廊下は少し狭め。リビングはものすごく広い。私は使ったことがないけど、キッチンも広いと評判らしい。私の家はそういう間取りだ。


「じゃ、お邪魔しまーす」

「山田太郎、失礼」

「は?」


 靴を脱いでいる山田太郎の目を隠すように、顔にタオルを巻き付ける。しめしめ、これで前が見えないようになったはず。


 私の家のリビングルームはとても広い。広いので、そこに大きな洗脳術の陣を描いた。紙と紙を繋ぎ合わせて、クレヨンというペンで陣を描き上げた。山田太郎を中央に立たせたら洗脳開始だ。

 しかし、怪しまれて逃げ帰られたら全ての苦労が水の泡。私が三日三晩かけて頑張って描き上げた陣を無駄にはしない。そのための目隠しである。


 目隠し山田太郎をリビングに誘導する。いいぞいいぞ、山田太郎を洗脳するまであとちょっと。


「山田太郎、ここから動かないで」

「なんだよ、このもてなしは」

「いいから。ぜーったい動かないでね」 

「はいはい」


 陣の中央に山田太郎を立たせ、細部を確認する。どこにもミスはない。よーし。

 指先で陣に触れる。頭の中で術を組み立て、すうっと念を込める。大丈夫、大丈夫。これは陣さえ合っていればほぼ成功する洗脳術なんだから。

 

「なぁ、まだ立ってなきゃダメ?」

「あと少し」


 指が触れている陣の外枠から、じわっと発光し始める。大丈夫、大丈夫。問題なく陣の全てが発光して――。

 これは完璧だ! 私は自信満々で山田太郎を見上げた。


「山田太郎、三回回ってわん」

「…………は?」


 えっ。な、なにそのキレ声。洗脳術は?


「あ、あれれ? ちょ、ちょっと待って!」

「あのー、地征さん?」

「ご、ごめん。お願い、待って」


 慌てて陣を確認する。どうしてだろう。術は正常に発動した、確実に。どうして、どうして。どこか書き間違えた? けれど、何度も確認したし、発動もしたのに。

 私がクレヨンを持とうとしたら、背後からガッと手首を掴まれた。目隠しを取った山田太郎が冷めた目でリビングを見回す。おもむろに足元の紙の一枚を手に取り、「はぁ」と憐憫のため息をついて目を閉じた。


「……地征、こういうのは中学生までに卒業しとこうな」


 よくわからないけど、この地球人、もしや私をバカにしている?

 どうやら洗脳術は失敗しているし、山田太郎にはバカにされるし。一体どうなっているんだ!



 

 洗脳術が終われば、今日の予定はもう終わり。

 山田太郎、今日は来てくれてありがとう帰っていいよ。と言う前に、山田太郎がリビングをうろうろし始めた。


「地征は一人暮らし?」

「ええと、家族はここにはいないから、そうね」

「飯はちゃんと食ってる?」

「栄養はちゃんと取っている」

「あっそ。じゃあこれは?」

「サプリメント」


 山田太郎はテーブルに置いてあったサプリメントの山から一袋をつまみ上げた。それは今朝飲んだもの。まだいくつか入っているはずだ。


「量ヤバいけど、地征ってこんなのばっか食ってんの?」

「まさか。ゼリーとドリンクも摂取している」


 栄養剤保存庫――本名は冷蔵庫というらしい――のドアを開ける。ひんやりした冷気とともに、コンビニで買い占めた栄養剤たちがこんにちは。

 サプリメントからゼリーにドリンクまで。あまりの素晴らしい栄養剤揃いに山田太郎は目を見張った。


「おお。……で、飯は?」

「だから、今見せているでしょ」


 ふふんと見せびらかす。山田太郎になら、いくつかあげてもいい。ほらほら、とゼリーの一つを山田太郎の前で左右に振ると、ぺちっと手で払い除けられた。

 山田太郎が両手で顔を覆ってしゃがみ込む。私の聴覚器官の一つがかすかな声を捉える。「……こんなやつだったのか」。山田太郎は私をどんなやつだと思っていたのか、問い詰めたくなった。


「ねえ、山田たろ」

「よし、地征!」


 急に山田太郎が立ち上がる。さらに、私の手首を取って、そのまま玄関へ。


「ちょっ、えっ、どこに行くの」

「買い物。地征がこんなダメ生活してると思わなかった。何か食料買いに行くぞ」

「食料? そんなのいらない。栄養剤の備蓄を山田太郎も見たでしょ?」


 私の言葉を聞いて、山田太郎が動きを止めた。手を繋いだままくるりと振り返る。じっと私を見て、迷うように口を開き閉じ、開いた。


「地征のふるさとがどうなのかは知らないけど、ここでは主に肉や野菜から栄養を摂取する。地球上にある栄養剤は補完のためのものであって、それ単体で完結する完全食じゃない。わかったか?」


 肉や野菜から、だと。そんなの嘘でしょ。私は首を傾げた。

 コンビニで確認したとき、多くの食製品は栄養価など考えられていないものだったはずだ。それとも私が知らないだけで、栄養満点の食品があるのか? いや、そうだとしても。


「食品は嗜好品でしょ? 便利な栄養剤があるのに、わざわざ食品から栄養摂取だなんて、そんなの……」

「そんなの?」


 我が星では浮遊、念動力、瞬間移動ができた。移動のために手や足を動かすなどという面倒なことはしない。

 栄養摂取も同様だ。


「疲れるでしょ。噛むの、しんどいんだから」


 故郷では口の中で勝手に溶けて体内に取り込まれる完全食があったので、わざわざ口を動かして食べ物を噛み砕き飲み込む、などという面倒なことを好んでする生命体はいなかった。

 だから、完全食以外から栄養を摂取する生命体は、変人中の変人。ほとんどの食品は変人のための嗜好品であったのだ。

 地球の肉や野菜などに代わるものは我が星でもあったけれど、私が口にしたことはない。


「動くのは疲れるから、食べるのは嫌」


 私がそう言うと、山田太郎はさっきより盛大に「はぁー」とため息をついた。やれやれと首を振る。


「面倒くさがりにもほどがあるだろ……。地征は一人暮らしなんだからさ、健康にも気を使えって。倒れてからじゃ遅いんだぞ」


 そして「とりあえず今日は飯な」と言って、山田太郎は私を外に連れ出した。


 照りつける太陽が眩しい。私は目を細めて山田太郎の背中を見つめた。

 倒れてからじゃ遅いんだぞ、だって。もしかして、私のことを気にかけてくれている?


 山田太郎と繋ぐ手がじんわり熱い。そういえば、夏って暑い季節なんだっけ。

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