第5話 栄養補給は大切

 あらゆる生命体の中でも、私の個体は強いほうだった。

 惑星侵略に出発してから帰還するまでの長い長い旅路の間、一瞬も休まずとも動いていられたし、栄養摂取も数回で事足りた。だからこそ、私には天性の惑星侵略の才能があったのだ。

 けれど。


 私は寝床にしているマンションのリビングで突っ立っていた。テーブルに並ぶ、地球式栄養剤のサプリメントを見つめる。

 故郷と地球の栄養補給形態と似ていて、栄養が凝縮された固形物を口にするのみだ。ここは地球も同じなのか、と妙に感動したことを覚えている。


 だが、故郷の完全食である栄養剤が尽きてサプリメントに変えてから、私の栄養摂取頻度が爆増している。

 サプリメントは栄養量が少ないのだろう。朝に一日分摂取しているのに、昼にはふらふら状態になってしまう。

 うーん。学校でもサプリメントを摂取してみようか。この調子では、山田太郎に洗脳をかける前に私の命が尽きてしまうから。




 お昼休みになり、持参したサプリメントを摂取しようとしたところで、困った事態に気付いた。


 私は何か飲み物がないとサプリメントを飲み込めない。

 口に入れたら勝手に溶けた故郷の栄養剤と違って、サプリメントは溶けない。飲み込もうとしても頭が異物を拒否するので、水で流し込むことでやっと飲めるのだ。


 しかし、教室には飲み水すらない。私は絶望した。

 瀕死状態の私に対して、山田太郎が変なものを見たかのように、おそるおそる話しかけてきた。


「地征、頭抱えてどうした」

「……飲み物は、どこ」

「それなら自販機とか購買に売ってると思うけど」

「そう」


 自販機も購買も一階にある。ここは四階。階段は正直しんどい。死んでしまう。

 私は命をかけて水を買いに行かなきゃいけないのか。いや、誰かに命令して買いに行かせる? 悩む私に、山田太郎が聞いた。


「俺は今からコンビニに昼飯買いに行くけど、地征も来る?」

「水をお願い」

「いや、ナチュラルに俺をパシらせんな。行くぞ」


 山田太郎が腕を引っ張ってくる。山田太郎がそんなにも私と行きたいと言うなら仕方ない。わがままな山田太郎に付き合ってあげてもいい。

 私はのっそりと起き上がってあげた。うう、立つのもしんどい。



 頑張って階段を降り、昇降口到着して、私は空を見上げた。天からさぁさぁと水が落ちてきている。

 なんということか。水、ここにたくさんある。


「これを飲めば、買いに行かなくてもいい?」

「雨水は汚いからやめとけ。地征、傘は?」

「ない」

「天気予報見てないのかよ。じゃあ、入れ」


 山田太郎が傘を持って、私のほうに突き出す。二人も入ればぎゅうぎゅうになる傘の下、山田太郎と並んで歩き出す。


 我が星では雨はなかった。星全土に気候をコントロールするためのドームがあったから。

 自然の雨、綺麗。どこもかしこも濡れてツヤツヤ反射している。傘にトタトタ当たる雨粒の音もぴちゃぴちゃ鳴る足音も面白い。


「山田太郎」

「ん?」

「私、雨の日気に入ったかも」

「そっか。良かったな」


 歩きながら、山田太郎の制服の裾をきゅっと握る。


「あとね、山田太郎」

「うん」

「歩くのが速い。私は雨を楽しみたいの。もうちょっとゆっくり歩いて」

「……あのなぁ、昼休みは限られてんだよ! 地征こそさっさと歩け!」


 山田太郎が急に走り出した。なので私も走ることになった。ああっ、死ぬ。体内の栄養がないのに走るなんて、死んでしまう!

 コンビニに辿り着いたときには、二人ともぜーはーぜーはー息が荒くなっていて、結構びちょびちょに濡れてしまっていた。傘を差した意味、皆無。このせいで私が死んだら、山田太郎のせいにしてやる!




 水、水。コンビニの奥のペットボトル飲料水コーナーにて、数多ある種類の水を見比べる。どの水にしようかな。


「地征、決まった?」


 山田太郎はもうパンを選び終えたらしい。今日はサーモンとチーズのパンと、たまごのパンだ。


「ねえ、山田太郎はどの水が一番良いと思う?」

「俺はいつもこれ飲んでる」

「じゃあ、それにする」


 山田太郎イチオシの水を手に取る。うわ、重たっ。


「え」

「ちょ、大丈夫か?」


 落とした。この私がペットボトルを落とした。この前までは持てたのに、ペットボトルが手から逃げるように滑り落ちた。私の体、力が弱くなっている?

 山田太郎が拾ってくれて、もう一度持ってみたけどダメだった。力が弱いのは、きっと栄養を取ってないせいだ。サプリメントを飲みさえすれば元通りになるはず。

 私は山田太郎の背中を押した。


「山田太郎、早く買って戻りましょ」

「地征は水だけ? なんか他にも買っとく?」

「いえ。いらない」

「昼飯は?」

「教室にある」

「ほんとに? 俺、地征が食ってるとこ見たことないんだけど」

「今日はきちんと持ってきた」

「マジ? まぁ、一応これも買ってやるよ」


 山田太郎はレジ近くにあった『エナジーチャージ』とかなんとか書かれたゼリーを手に取った。私は驚愕した。

 これも栄養剤だと。地球式栄養剤はサプリメント以外にもあったのか!


「山田太郎、山田太郎! こっち、こっちがいい!」

「お、欲しいのあった?」

「これ! スーパーエネルギーって書かれてる。栄養いっぱい入ってそう」

「栄養欲しいなら、この辺にある栄養ドリンクとかもオススメ。今度買ってみたら?」

「そうする」


 死にかけにはなったけど、買い物に来てよかった。

 山田太郎が栄養剤ゼリーを買ってくれたし、地球式栄養剤は色々種類があることがわかった。学校帰りに全部買って帰ろう。




 教室に戻るのが待ちきれなくて、私はコンビニを出てすぐにゼリーを手に取った。

 早速蓋を回して開封、できない。なにこれ。蓋、強すぎ。


「山田太郎。これ、開けて」

「自由人かよ。ちょっと待って」

「わかった。待つ」

「忠犬かよ。……あ、雨止んでる」


 天を見れば、確かに水が落ちてきていない。元々さぁさぁ程度で、雨脚は強くなかった。未だにどんより曇り空なので、午後から本格的に降り出すのかもしれないけれど。


「地征、ゼリー開けたぞ」

「ありがとう、山田太郎」

「よし、戻るか」

「うん」


 山田太郎と歩き出す。傘は差していないけれど、帰りも私はゼリー片手に山田太郎の制服の裾を掴んでいた。


「ねえ、山田太郎、歩くのが速い」

「地征が遅すぎんだろ」

「もうちょっとゆっくり歩いて。私はゼリーを飲んでいるの」

「早く歩け。俺は早く昼飯食いたいの」


 ヤイヤイ言い合いながら進んでいく。クイクイ裾を引っ張ったら、山田太郎は余計に足を速めやがった。いじわるっ子め。

 最終的には、どちらが早く教室に着くか競争することになって、私はまた走らされた。瀕死、限りなく瀕死。早く栄養補給をせねば!



 私たちが全力ダッシュで四階の教室まで戻ったときには、外には再び雨が降り出していた。

 雨音をBGMに、休憩も兼ねてゼリーを吸い込む。ゼリーにサプリメントに、今日の栄養剤は豪華だ。

 隣の席では山田太郎が美味しそうに買ってきたパンを食べていた。


 ふむ。雨の日も、山田太郎とお買い物するものも、気に入ったかもしれない。

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