第3話 視線洗脳に挑戦

 唯一洗脳が効かない不穏分子、山田太郎の正体を探るため、私と山田太郎の高校生活が始まった。


 私は山田太郎の隣の席になり、ことあるごとに山田太郎に洗脳術をかけることにした。

 古くから伝わる洗脳術には、対象に血を飲ませるものもある。故郷の惑星で同じ生命体に洗脳をかけるには、このように強力な伝統的洗脳術でなければ効かない。

 しかし、急に『私の血を飲め』と言い出すのは、さすがに不審者すぎる。山田太郎に怪しまれ避けられるようになっては、目的が達成できなくなってしまう。


 ここは、微弱だがお手頃で簡単な、怪しまれないような洗脳術からやってみよう。




 太陽が頭上に位置する頃合いに、各々が自由に友人などと談笑や食事を楽しむ時間が訪れる。昼休みである。この時間は山田太郎の正体を探ろうタイムだ。

 山田太郎は授業が終わるといつも速攻で帰宅するので、むしろこの時間しか山田太郎と話す機会がないのだ。


 通路を一つ隔てて、腕を伸ばせば届くという距離で、私は山田太郎に声をかけた。


「山田太郎、私の目を見て」

「ん?」

「何か感じない?」


 私はじっと山田太郎から目を離さないようにした。山田太郎はパンと呼ばれる嗜好品の封を開けながら答えた。


「何かって、何?」

「なんでもいいの。ちょっと、こっち見てよ」


 目に力を入れて脳内で発動させた術を反芻する。大丈夫、やり方は間違っていないはず。山田太郎がこちらを向きさえすれば洗脳術をかけられる。

 山田太郎は一瞬だけ私を見、すぐにパンに視線を戻した。


「なんもないけど」

「何か一つくらい思うことはないの?」

「あー、じゃあ、地征さんは美人だなって思った」

「それ以外は?」

「カツサンドが美味そう。いただきまーす」


 山田太郎がパンにかぶりつく。あれは白いふわふわのパンに具材を挟んでいる食べ物……確かサンドイッチだ。隙間から分厚いお肉が見える。

 何よ、何よ。そんな喋りも動きもしない物体より、喋るし動く私を見なさいよ。私のほうがお得でしょ。

 山田太郎の目を動かしてやろうとクイッと指先を動かしてから念動力が使えないことを思い出す。地球、なんて不便!


 気を取り直して、私は再度山田太郎のほうを向いた。とにかく私の目を見させないと洗脳術をかけられない。


「ねえ、山田太郎。私と見つめ合ってみましょ」

「いや、いい。食事中なんで」

「食事中でも私の目を見ることはできると思う」

「カツサンド見つめるのに精一杯なんで」


 なんだ、この地球人は。そんなにもパンが好きなら、そのパンと同じ姿になってやろうか。

 私は自分の体を変化させ、られない。そうだった、この星域ではなぜか体の形を変えられないんだった。ああもう、地球、なんて不便!


 私が頭を抱えると、横からどこか引き気味の声がした。


「え、そこまで落ち込む? そんなに俺と見つめ合いたかったの?」

「そうよ。さっきからそう言っているでしょ」

「うわー。俺、そんなに見つめ合いたがる人初めてだわ」

「バカにしているの? 私は本気なんだけど」


 明らかに私を舐めている発言をされた。声に苛立ちをにじませると、山田太郎がピクッと動いた。

 鼻で笑い、ごくんとパンを飲み込む。口角を片側だけ引き上げるその表情はいかにも呆れてます、といったもの。肘をついて手の上に顔を乗せ、私に向かって薄ら笑いをした。


「地征さん、俺のこと好きなの?」


 見た、ようやく完全にこっちを見た。


「そんなわけない」


 山田太郎は私を笑い者にしたいみたいだけど、目さえ合えばこっちのもの。あとで泣いても知らないぞ。私は視線洗脳の術をかけた。かかれ、かかれ、かかれ、かかった?

 山田太郎にニヤリと笑いかける。


「山田太郎、自分の身に異変はない?」

「なにそれ。美人にドキドキしましたとか言わせたいの?」

「そうではなくて。……おかしいな」

「あのさ、俺に構う前に地征さんもさっさと昼飯食ったら? それともダイエット中?」

「もういい」


 私は立ち上がって廊下に出た。


 あれれ、おかしいな。まさか私の洗脳術が間違っていた?

 適当にそこらへんにいる生徒に声をかけ、じっと目を見て洗脳をかける。『三回回ってわんと鳴きなさい』の命令通り、その生徒はその場で三回回ってわんと鳴いた。

 ほら、私の洗脳術は間違っていない。きちんと合っている。


 山田太郎とただの地球人との違いは何か。

 もしや、あの好物らしきパンに何か秘密がある?




 私は急いで山田太郎の元へ戻った。ちょうど最後の一切れのパンを食べる山田太郎に向かって叫ぶ。


「山田太郎!」

「今度はなんだよ」

「そのパンは、何なの?」

「カツサンドだけど」

「それは見たらわかる。違う、そういうことではなくて」


 秘密を吐けと言って、そう易々と秘密を吐く者はいない。では、ええと。


「それはどこで売っているの?」

「カツサンド? これはコンビニのやつ」

「こんびに」

「コンビニエンスストアな。学校前に何店舗かあるけど、どこでも売ってんじゃね」

「学校前……それは箱型の外観で、出入り口の上に店名が書かれているお店で合っている? コンパクトな店内に所狭しと雑多なものが色々並んでいて、どのお店も似たような商品を似たように配置しているところ?」

「まぁ、そういうところ。一日中開いてるとこな」


 しめた。入手方法がわかれば、それでよいのだ。


「そう、わかった。教えてくれてありがとう」

「もしかして今から昼飯買いに行くのか? もう昼休み終わんぞ」

「いえ、私が摂取するわけじゃないから」

「……は?」


 困惑顔の山田太郎を無視して優雅に席に座る。

 見てなさい、山田太郎。次に頭を抱えるのはあなたなんだから。




 その夜、マンションという数多の部屋を収める高層建築物の一室で、私はまたまた頭を抱えさせられた。


 山田太郎の言っていた通り、山田太郎の食べていたパンを手に入れた。

 そのうちの一切れは細切れに解剖した。どこかに防術の類でも仕組まれているのだろうと思ったが、なかった。

 さらに一切れは、実験として近くにいた地球人に食べさせた。地球人の体内で何かが作用して防術が発動する可能性を考えたからだ。しかし、そんなことはなかった。

 残りの一切れには術をかけてみた。パンに眠る自我を呼び起こしてみたのだ。するとパンはすぐにちょこまかと動き出し、ぴーちくぱーちく喋り出し、そそくさとマンションから出て行った。今頃、動き喋るパンが地球のどこかを冒険していることだろう。


 つまりパンを調べた結果、パンには何の異常もないことが判明したのである。

 では、どうして、山田太郎にだけ洗脳が効かなかったのか。山田太郎と視線洗脳術の相性が悪かったのだろうか。


 別のやり方を考えなければ。次こそは山田太郎を洗脳するために。

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