第2話 不穏分子を発見
私の洗脳が効かない不穏分子は、日本と呼ばれる小さな島にいるらしい。念波を幾度か送った末に、そいつの居場所を突き止めれば、高校なる機関にたどり着いた。
例の地球人はここに足繁く通っているらしい。
私は調べた。高校とは、地球人が他者と交流しつつ勉学に励むところだという。高校生と呼ばれる地球人は朝起きては高校に行き、日が沈めば寝床へ帰り、また朝がくれば高校に行く生活をしている。
まどろっこしい。それなら高校に住んだほうが効率的だ。わざわざ学校と寝床の無意味な往復を毎日毎日繰り返すなんて、どうかしている。
しかも往復中は、電車なる動く機械にぎゅうぎゅうに押し詰められるのだという。矮小生物を使った実験みたいだ。まったく、どうかしている!
しかし、不穏分子と接触するならば、おそらく私も高校とやらに通う方法が最も手っ取り早い。
面倒そうだが仕方あるまい。私も高校に行こう。
不穏分子以外は洗脳済み。だから、私が高校に入学するのは朝飯前のことだった。
私は転入生として、そいつが所属する二年四組部隊に潜入することにした。
「はじめまして。
春風吹く季節のこと。
校舎なる白っぽい箱状の建物の中の、教室なるこれまた白っぽい箱状の空間で、商品陳列のように綺麗に並べられた地球人たちを前にして、私はそう挨拶した。
教室中はざわめいた。「天使だ」とか「可愛いすぎる」といった声が聞こえる。完全に黄金比の美にうっとり見惚れている。
ふっ。地球人、ちょろいな。
ホームルームという師の語りを聞くのみの退屈な時を終えると、地球人の数人がわっと私を取り囲んできた。な、なに。まさか私が地球侵略しにきたとバレた!?
と、思ったけれど。
「星乃ちゃんすっごく可愛い! モデルでもやってるの?」
「お人形さんみたいだけど、日本語も上手いよね。ハーフ?」
「ねえねえ、前はどこに住んでたの?」
口々に話し出した。な、なんだ、この落ち着きのない生命体は……。これほどまでに警戒心がない生き物がこの宇宙上に存在していたのか。今まで侵略されなかったのが不思議なくらいだ。
私は地球人型に体を変形させているだけで、本来の聴覚器は数個あるから全て聞き取れたものの、二つの耳しかない地球人は聞き取れないのではないか。
地球人のくせに地球人でも聞き取れない量を一度に投げかけるとは、へんてこりんな生命体だ。
私は地球人たちの質問に適当な言葉を並べて返答したが、終わらない。延々と話しかけてくる。落ち着きがないったらありゃしない。
友好的な態度はちょっと嬉しいけど、私は戯れに来たわけではない。
私が地球にかけた洗脳術は『命じたとき私の意のままに動くように』という穏便タイプのもの。
今、命令をしないで、いつするというのだ。
私は静かに目を閉じて、『私の邪魔をしてはならない』と命令の念波を送った。すると、地球人たちは揃ってパタと口を閉ざし、すぅーっと離れていった。
ようやく場が落ち着いた。地球人が洗脳の効く生命体で良かった。でなければ、私の地球侵略は失敗に終わっただろう。
私は立ち上がって、教室内をぐるりと見回した。
壁にはめられたガラスという大きく透明な硬い板は、こつんと叩いても壊れる気配はない。規則正しく並んだ机と椅子はいずれも頑丈そう、かつ、全く同じ形だ。
高度な製品を大量生産できる基盤が整っているらしい。
箱状の計算されきった校舎と教室をいくつか見て回ったが、どれも似たような外観と中身だった。そして見かけた地球人は皆、制服とやらを身にまとった同じ格好で、時間の法則に従い揃って行動していた。
このようにきっちりと統率が取られている惑星は初めてだ。統率が取られすぎて何が何なのか見分けがつかない。もしや異星体を混乱させるために、わざと同じ空間や同じ格好の生命体ばかりにしているのか? だとしたら相当なものだ。
ふむ。地球人は、意外や意外、文明らしい文明を築いている。
細菌や微生物しかいない星に比べたら、圧倒的に高度な文明と言える。これは依頼主からの追加報酬が期待できそうだ。
完璧に侵略しなければならないからこそ、不穏分子である例外の一人をなんとかせねば。
二年四組部隊の、ガラス越しに外が見える列の一番後ろの席で、肘をついてぼんやり外を眺めている地球人。洗脳確認の念波を送っても唯一返ってこなかった、あいつが不穏分子だ。
師がひたすら語る時間――授業と授業の合間の休憩のときに、私はそいつの真正面になるように机に手をついた。
「ねえ、あなた。私は地征星乃と名乗っている者よ。あなたの名前は何というの?」
不穏分子が顔を上げる。
黒の短い髪は特に特徴もなく、黒の瞳は至ってありふれたものだった。耳は二つしかないし、口も一つ。もちろん手足も二本ずつ。身体的特徴はなんら他の地球人と変わりない。
平々凡々の不穏分子が驚いたようにやや目を丸くさせる。
「え、何、急に」
「あなたの名前を知りたいの」
「俺の?」
「ええ」
不穏分子はだるそうにがしがしと頭をかいて、どこか眠たそうな面倒そうな目で私を見た。
「俺の名前は、
ゆっくりと答えたその声はやや低く、これといって独特なものでもない声だった。山田太郎、山田太郎。覚えた。
山田太郎は、外見に関しては群衆に埋もれてしまいそうな地球人だ。どこにでもいる一般人に見える。
では、なぜ、山田太郎という地球人には私の洗脳が効かないのか。山田太郎には特別な何かがあるのか?
山田太郎、おや、この名前……。
「どこかで聞いた名ね」
「まぁ、よく見かけると思うよ」
論文では日本などという地域のことは記載されていなかった。となると、この名前は日本に来てからよく見たということになる。
私が日本に来てからたった数日の間に何度も目にしたということは、もしや山田太郎という地球人は有名人なのか? それとも、日本には山田太郎という同個体が複数存在しているとか?
私は怪しい不穏分子である山田太郎を探ってみることにした。
目的が決まればやることも決まる。
私は目を細め、唇の端を上げて白い歯を見せた。地球人はこういう顔パーツの配置を好意と認識するんでしょ?
「山田太郎、私と友だちになりましょ」
山田太郎は一瞬目を見開き、そのあとフッと笑い返してきた。外から入ってくる、どこか甘く涼やかな風でふわりと黒髪が揺れる。
「フルネーム呼びかよ。変なやつ」
あれ。今度は私が目を見張る番だった。
山田太郎、なかなかに良い笑顔をする。
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