第19話 議員会館

 ”ぼっち”って言葉が最近よく使われてるって、知ってました?

 ぼっちキャンプ、ぼっち映画、ぼっちレストラン、とかね、ひとりぼっちの意味だったのね。実は私も最近知りました。


 私も今まではぼっちだったみたい。お休みの日は誰ともあわないし、一度も声を出さないこともあったなって、もし私もキャバ嬢でなかったらぼっちだったなって。

 でも、ぼっちの人って寂しい人だなんて思わないでくださいね。

 ほとんどのぼっちは、それが自分にとって最も居心地がいいんですから。


 キャバクラは指名のないお客さんには、15分ごとに女の子かわるでしょ。

 店内指名にしてもらえるときもあるけど、だいたい15分のお付き合いで終わります。

 次のご来店のとき、指名をもらえるようにいろいろ、がんばっているんだけど全部のお客さんに気に入ってもらえる、なんてことはないわよね。


 だから、毎日15人くらいのお客さんと接することになるのね。

 これって、けっこう緊張します。

 はじめて会う人とうまく接することができるかなって。

 へたをすると、お店の大切なお客さんを失うこともあるから。


 最近ある本で知ったんだけど、もし毎日5人のひとと出会いがあったとしても1年で1825人でしょ。この計算でいくと、世界中のひとと出会うには400万年かかるんだって。

 私、お休みの日にはほとんど、誰とも合ってないってことに気が付きました。

 するとお仕事で一日15人のお客さんと、お話できる日はすごく恵まれているんだなあって思いました。

 すると、15分で交代するのもぜんぜん気にならなくなりました。


 その15分間は神さまから与えられた時間だった、と思うことにしました。

 そう思って接客してると、ふしぎに指名してくれるお客さんが増えてきました。

 このお店に入ってからできたご指名のお客さんが今日、10人になりました。

 だから今日は10人記念日ってわけ。

 出会いって奇跡ですよね。たくさんの出会いの中から、縁のあるひとと巡り合える。それってもう恋してる気分です。だからこのお仕事は私の天職です。


 今日、来てくれた10人目のご指名のお客さんは安藤さん。

 自営業っていってたけどお仕事はよくわかんない。

 はじめて来たときの印象って、ごく普通のひとって感じで印象に残る話を私もした記憶がないんだけど、安藤さんにはそれがよかったみたい。相手に求めるものってひとによって違うから、画一的なサービスを好まないひともいると思います。

 はじめてのお客さんに対するよくあるパターンは


「この店はじめてですか?」

「私もなにか頂いていいですか?」

「乾杯しましょ」

「無口なんですね」

「なにか話してください」

「いつもはどこのお店にいってるんですか?」


 よおく考えてみたんだけど、この6パターン以外聞いたことがありません。

 安藤さんはこんな切り出し方をする女の子に、うんざりしてたみたい。

 確かに、挨拶のあとの会話って難しいんだけどお客さんにしても、もうちょっと違う話のできる子を求めていたのね

 私が安藤さんの希望に会っていたのかどうか分からないけど、多分ほかの子とちょっと違ってたみたい。


 安藤さんのお仕事はある衆議院議員の秘書でした。

 きっといろいろと神経をつかうお仕事なのね

 議員の先生の手足となって影で支える役目でしょ。議員の先生ってなにか裏の顔を持っていそうで、秘書さんには無理な注文を出すんじゃないかしら。

(これ、私のかってな空想です。たぶん間違っていると思います。ごめんなさい、でもほんとかも?)


 それで、この前の選挙で先生は当選したので良かったんだけど、もし落選してたらどうなっていただろうって。

 ひょっとしたら、私の一票は議員の先生以外のひとの運命も、握っていたのかもね。


 それで、「おれ、次はいつ来れるか分かんないけど、あまりしつこく電話とかLINEをしないでくれよ」

 今まで、うちの店はスマホを使用しなかった理由が分かってきました。

 それで、安藤さんの呼び名を私が決めました。


 安藤さんだから、「あんちゃん」って呼びたくなるんだけど、あまりにも安易だから下の名前を聞いたらと「守篤〈もりあつ〉です」と言いました。

 だから、「もーやんでどお?」って聞いたら気に入ってくれて「これからは議員会館の中でももーやんにするっていってくれました。国のために働くもーやん、想像してみてください。…素敵でしょ。


 もーやんと議員の先生のご活躍をお祈りいたします。


 それでは、今夜もおやすみなさい。











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