第60話 並木通りに舞う古蝶たち
雨上がりの昼下がり。ここは東京銀座並木通り6丁目クラブ紫。集合したるは元ホステス嬢20数名。老いたりとはいえ元は蝶。蜜の香りに群がる業は衰えることはない。
色と金に反応するのは昔のまま。敏感に効く鼻はより成長し今やみんな女実業家
今日も蜜を求めて古巣を乱舞する古蝶たち。昼に咲く紫の花は怪しい蜜の匂いがする。
今日の案内状差出人は最上理子。趣旨は単純、夫最上氏の古希の祝い。だがこの席に最上氏はいない。
古蝶が集まる理由はなんでもよい。枯れた花でも金の残り香があればすぐに集まり乱舞する。
つい先日も孫の友達の誕生日と称して30人集まった。理子自身すでに3回目の案内状発送人。
理子はリゾートホテル計画のパンフレットを配った。瞬くまに20人の会員を獲得した。
用意した1千部のパンフレットは彼女たちが持ち帰り、完売した。
後は蝶たちが花粉を運ぶ。花から花へ次々と。新しい世代はすぐに生まれる。
理子の仕事はただパンフレットを送るだけ。
五反田の蘭の店も同様である。客のウーさん、ムーさん、も家主にも、せっせと勧誘にいそしんだ。
和幸は難を逃れることができた。蘭に対しては苦い思い出の経験が生きていた。
和幸に危険察知能力があったのかと問われれば。それは違う。
和幸は蘭からある相談を受けていた。会員になった人が支払った金が理子の口座に収まるまでのシステム作りである。和幸はシステム開発関連の企業に携わっていた。
倉橋氏が疑問を抱いたのは開発計画に必要な、県や市町村への申請に関する書類がなかったことである。
注意をしてみれば分かることであるが欲に目がくらむとつい見逃す。
倉橋氏が抱いたもう一つの疑問。会長の最上さんはこの計画を知っているのだろうか。
冴子と倉橋氏、和幸の三人は理子の詐欺計画に気がついた。
冴子も思った。最上氏はこの計画を知っているのだろうか。
冴子と倉橋氏、理子の三人は築地本願寺の本講堂にいた。広い本講堂のあちこちに手を合わせる人の姿があった、
三人は右の翼棟よりの隅に並んで座った。
前には阿弥陀如来、背には太いコンクリートの丸柱。
高い天井の後方には96本のパイプオルガン。
読経を耳にして頭を垂れる。倉橋氏が理子に聞いた。
「奥さん、最上さんはこの計画はご存じなのですか」
「計画?……なんの計画でしょう?」
理子は予想通りの言葉を返した。
冴子は安堵した「最上氏は犯罪者ではない」
理子の背後にいる男は玉川信。だがこれを最上氏にどう伝えよう。
冴子は倉橋氏にまだ玉川 信の存在を話していなかった。
玉川 信の存在を知るのは冴子と和幸のみ。
冴子は和幸とゴルフ練習場で会っている。だが和幸が萌音の父であることをまだ知らない。
冴子は和幸をゴルフ練習場に呼び出した。
冴子の電話に和幸は「やった!」と叫び10分後にはもうゴルフ練習場に来た。
練習場の喫茶室で冴子は切り出した。
「和幸さん、河口湖に行きましたよね。どうでした?」
「は、河口湖?」
冴子の質問に和幸はウキウキ気分も吹き飛んだ。
「どうして知ってるんですか?」
「なんでも分かりますよ。あなたと蘭さんのことも」
「いや、蘭さんとは何もやってません」
数幸と蘭との間に何もなかったのは冴子は十分承知の上である。
「和幸さん、蘭さんから聞いているでしょ。玉川 信って人のこと」
和幸は蘭が結婚した事でホッとしていた。ところが新婚の蘭からお誘いの電話があった。
「河口湖のホテルの件でぜひ会ってください」
蘭とは何事もなく終わったと思い安心していた。ところが電話でホテルと言われた。
ホテルの一言で和幸は思わず立ってしまった。
考えてみればあの日の夜、蘭とは何もせずに帰った。帰った理由は場所が蘭の店だったから。
もしホテルに行ってたら間違いなくやっていた。
今頃は蘭の店で皿を洗っていたかも知れない。
ホッとしたのと同時に残念な気持ちも残っていた。あの時ムーさんという客が来なかったら出来たのに。
「冴子さん、蘭さんからホテルの件で相談があると言われ、食事を一緒にしました」
「新婚の彼女とホテル?」
「誤解しないで下さい。頼まれたのはお金のことです」
「お金をもらったんですか?」
「違います。誰か知らない人がお金を払ったら、自動的に理子さんの口座に入るシステム作りです」
「そのシステムを作ったんですか?」
「念のため現地に行って確かめました」
「どうでした?」
「リゾートホテルの建設計画は嘘と分かりました」
「それでどうしました?」
「断りました。犯罪人になりたくないですから」
「誰か替わりに作る人を見つけたんですね。誰か分かりませんか?」
「雨宮という人だと思います」
雨宮と聞いて冴子は衝撃を受けた。すでに忘れていた蘭の過去の男である。
雨宮翔馬は冴子の高校の先輩である。冴子のメルセデスは雨宮翔馬から買った。
その翔馬の名前がこんなところで飛び出した。
「その雨宮さんはシステムを作ったんですか?」
「いやまだ無理でしょう。そんなに簡単にはできないと思います」
「その雨宮さんはシステムづくりの専門家ですか?」
「よく分かりませんが、外車の販売をしていた会社を解雇されたと蘭さんから聞きました」
冴子は全容を理解した。理子に繋がる犯罪の構図。玉川信、蘭、そして翔馬。
システムが完成していないということは、まだ実害を受けた人はいないということになる。
今ならまだ間に合う。最上氏を救うことができる。
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