第56話 赤い夕陽と怪しい計画書

「コーチ、本当にすみませんでした」俊介はコーチに頭を下げ謝った。

「おれにではない皆んなにだ」

「ごめん」

 俊介は3年生のいるコートに向かって頭を下げた。

「一人一人にだ」

 コーチの声に2年生と3年生の並ぶ列に向かい一人一人順番に頭を下げた。

「ああいいよ、分かった、分かったよ、あーそう、」

 言葉は粗野だが悪気はない。それぞれの言い方で俊介を許し受け入れた。


 「1年生にもだ」

 コーチの声に俊介はまた反感の気持ちが起きかけた。だが必死でこらえた。

 「ごめん」 


 「一人一人だ」

 こーちにまた同じことを言われた。屈辱に耐え一人一人に頭を下げた。

 つい数日前までは先輩面をして命令口調で話していた。そんな下級生に頭を下げる。

 だが同じ目標に向かって進む同志、1年の歳の差がどこにある。若干早く生まれた。ただそれだけにいかほどの価値がある。コーチが俊介に教えたかったのはその点であった。

 俊介一人ではない。全員に見せたいものであった。


「もっと大きな声でしっかり謝れ!」

 一人一人に深く頭を下げ詫びた。

「よし、この中に入って練習しろ」

 指示されたのは1年生だけのグループ。


 今日一日は仕方がないと諦めた。「どうせ練習が始まれば実力の差を見せてやる」

 だが甘かった。練習が始まってすぐに気が付いた。自分とはレベルが違う。去年自分が入部した時と同じだろうと高を括っていた。かって日本は先ず大学を卒業し、社会人になってからプロ宣言をした。だが今の日本は昔とは違う。海外の選手と同様に16~17歳くらいでプロとなる選手が多い。ジュニアのレベルはかっての大学生やプロを凌ぐ。今年の1年生はそんな子ばかりであった。俊介の想い上がった気持ちを戒めたのは誰の言葉でもなく下級生の実力であった。


 部活とは助け助けられ、教え教えられ、共に学び共に進む、協調の精神を学ぶ場所である。

 一人秀でた選手を養成する機関ではない。何から何まで全てを教えられた。


 眺める西の空は既に赤い。”日本庭球発祥の地”の記念碑の上に夕陽は落ちた。


 冴子は理子から預かった封筒を開いた。最上邸で見た店舗見取り図。完成予想図。説明を受けた書類である。従業員にお作法の教育をしてほしいと頼まれたあの時のままの書類である。 


 説明を受けていない書類があった。”事業計画書”

 1、設立趣意、 2、事業内容、云々。分厚い書類は小さい文字で埋まっていた。

 冴子にはとても読む気になれない専門書のように見えた。

 比較的大きな文字と写真のある1枚があった。設立発起人名簿。


 理事長 最上 大一郎  

 副理事 最上 理子

 理事  玉川 信

 他に10数名の名前があった。


 聞いたことがあるような名前があった 玉川 蘭。

 まさかあの蘭のことでは?不安がよぎった。


 冴子が不安と同様に疑問を持ったのは高級リゾートホテルに関する記載であった。

 レストランを開業すると説明を受けたがホテルは聞いていない。


「10万円の出資で高級リゾートホテルオーナーに」

 難しい文字で埋まった計画書の最後にあったのは出資を募るパンフレットであった。

 豪華な実写と見間違うほど精密な建物の外観と室内が描かれていた。

「10万円の出資でオーナーに。リゾートライフを満喫して高収入も」

「2023年8月着工予定」とあった。

 レストランは2023年8月の開業で準備中と説名を受けている。その後にホテルの建設に入る計画に見える。だが開業予定日の記載はなかった。


 これだけの施設を造るには数十億円、いやもっと数百億円はかかるであろうことは素人の冴子にも想像できた。何人の会員を集めるつもりなのか。何千人もの会員がいるホテルで豪華なリゾートライフが満喫できるはずがない。ゴルフクラブを見れば分かる。会員の多いクラブは予約が取れない。怪しい匂いのする計画書であった。


 会員募集パンフレットには河口湖周辺の施設の紹介が沢山載っていた。ゴルフコース。ヨットハーバー。乗馬倶楽部。等々。


 その中にあったのが河口湖自動車博物館、飛行館。ここには旧日本軍の航空機が復元され、かっての雄姿を見ることができる。零式戦闘機、ゼロ戦。一式陸上攻撃機。93式練習機。

 そして一式戦闘機、隼、その他。いずれの機体も完全に復元された実機そのものである。


 現在は8月だけの期間限定であるが訪れる人は多い。夏休みの子どもたちはもちろん大人にも歴史を教えることができる。饒舌も名文も実物が放つ無言の教えには敵うものはない。この地に座するまで幾多の戦いを繰り広げ、生き抜いてきたことか。戦うことは守ること。守られて生きた我々が返す恩は伝え、そして残すこと。


 冴子はこの地に子どもたちを集めてみようと思った。あの二人とはまだ何もやっていない。だがいずれは旅立だせる時が来る。その前に戦う精神を教え込まなくちゃならない。学業もスポーツも学校で何とかやっている。だがそれだけで男が生きていける訳がない。修羅場を経ずに立った男はいない。

 それにはあの二人の彼女。役に立つ。学校でも家庭でも教えれないものを教えるのが自分の役目。奉仕して感謝されつつ自分も授かる。冴子は常に我が道を行く。

河口湖のみずもに映る富士が風に揺れ、流れる雲の向こうに故郷の弥陀を感じた。











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