第18話 胸の谷間を撫ぜる風

 あの上の階の女は自分より、もっと年下趣味だった。昨日ガソリンスタンドの列

 でみたあの少年とあの女の関係は。、疑う余地がない。それに比べれば、自分の恋人の翔馬は立派なおとなだ。一流のビジネスマンとして着実に地位を築きつつある。

 五反田の彼女は勝負に勝った気分に浸っていた。

 だが最近、翔馬とは忙しいを理由に2週間も逢っていない。翔馬へのプレゼントはまだ手元にある。


 今日は横浜へ行こうと決めていた。横浜みなとみらのホテルではない。翔馬のメルセデスの営業所へ直に行こうというのだ。自分もメルセデスのユーザーである。たとえ翔馬が不在でも理由はたつ。事前の連絡はしなかった。あえて押しかけようとした。その前にデパートへ寄った。今日は自分のために。


 シルバーのメルセデスは首都高速を走る。みなとみらいインターを降りて国道15号を走る。丸に三本の矢の看板が見えてくる。旗を持った若者に誘導されて、臨時駐車場に案内された。営業所は50メートルほど先にある。翔馬へのプレゼントを下げて歩いた。

「いらっしゃいませ」従業員が一斉に彼女を迎える。やはり翔馬は不在だった。


「これを雨宮さんに渡しといて」と、自分と翔馬の関係をあえて分かるような言い方をした。受け取った女性従業員は彼女の姿をそーっと、目は動かさぬまま全身を見た。

 年齢に似合わぬ真っ赤な超ミニスカートは、下着のラインが見えるほどにタイトで

 胸は大きくV字に開き、谷間の底まで見えそうだ。


 駐車場へ戻る彼女の後ろ姿を従業員の全員が凝視した。


 冴子と敦也は今日も愛し合った。敦也にはなんの不満もない。つねに優しく愛してくれる。今夜の冴子はいつもより深く深く、全身に喜びを感じた。少年に恋する心とは別物である。今欲しいのは今ここにある敦也の体だ。激しく燃えるには燃える相手が要る。少年を考えつつも冴子の体は敦也を深く受け入れた。


 俊介と冴子の関係は新しいステージに入った。新しいステージにふさわしい演出が必要になる。俊介は焦らず作戦を練った。俊介は今夜からの冴子のショーの時間に自からの意志でカーテンを閉ざした。

 これからは観客ではなく出演者になる。あれは見るものではない。やるものだ。

 俊介の自信と自覚の芽生えといえる。


 五反田の彼女が従業員に託したプレゼントを受け取った翔馬は困惑した。彼女はより近ずこうとするが、プレゼントをされる度に翔馬の気持ちは離れていく。

 翔馬を見る部下の表情が気になる。オレがいない時の彼女はどんな格好だったのか

 想像するとおおよそ見当はつく。他人に見せるべきではない。おれが疑われる。


 苦労して手に入れた地位は決してはなさない。

 もっともっと上がある。だがあの女が邪魔をする。

 Tシャツの4桁の№が、彼女の車の№であることが一層翔馬を不快させた。

 おれの体にまつわり付いて、離れないつもりだな。


 翔馬は彼女と別れる決心をした。翔馬はステアリングをきった。

 翔馬のメルセデスベンツはゆっくりと、五反田とは違う方向に向きを変えた。


 彼女の洋服は本人も気が付かぬうちに、段々と若返っていた。

 確かに美貌の持ち主ではあるが、若い娘と競うのは気の毒である。競うのを諦めるよりはましというべきか。昨日も試着室で真っ赤な超ミニスカートを着ると、ショーツのTバックの線がくっきりと浮き出るのを確認して、車に乗った。


しかし、翔馬には会えなかった。努力は空しく事実だけが残る。

 大きく開いたVネックの胸の谷間を撫ぜる風は、渓谷の下降気流のように冷たかった。もう初夏なのに。


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