第16話 Tシャツはスリーペアー

 冴子のメルセデスはデパートのタワーパーキングにいた。紳士用品売場にいる客は男性より女性の方が多い。冴子が今見ているのは男性の下着売り場である。男は自分のモノも自分で買わないものなのか。逆の事態が発生したらそれは事件である。

 男とは妻が買うものを黙って着るものなのか。

 独身の男はどうなのだろう。彼女が選んだものならば、何でもいいのかも知れない。包むモノのサイズを彼女たちは知っているからだろう。


 冴子は俊介に贈るものを探していた。名前も年齢も昨日知ったばかりだが、心は旧知の仲である。下着を贈るのは自然なことと思っていた。

 だが待てよ。と冴子は手にとった下着を戻した。これを洗濯をするのは俊介の母親である。これを見つけた母親はどんな反応をするだろう。俊介がこの下着を着用した姿は見たいがその後に起きる彼の悲劇は見たくない。冴子は違う売場へ移動した。


 海外有名ブランドの売場にきた。ここは隼人にTシャツを買っ店である。

 やはりTシャツかと思い、ケースのなかを見た。あの時と同じデザインのTシャツがあった。「プレゼントですか?」あの日と同じ店員がいった。毎日たくさんの客がくる。客の顔など覚えていない。「同じデザインでご兄弟のために袖の№違いがございます」左の袖のブランドのマークの下に4桁の数字が入っていた。前に買った時は気が付かなかった。ペアルックとして購入する人が多いらしい。

「同じ№はございません」隼人の№は確認していないがあの二人に同じTシャツを着せるのも面白いと思った。

 冴子は2着買った。1着は自分用に。女性が着てもおかしくないデザインである。

 むしろちょっと色っぽい。


 五反田の彼女は女性ランジェリーコーナーにいた。最近の翔馬はなんとなく、よそよそしい。彼の気を引くセクシーなランジェリーを探していた。これを着けた私をみたら翔馬だって……うふふふ。


 彼女は紳士用品売場に移動した。翔馬の営業所所長就任のお祝いのプレゼントをまだしていなかった。スーツと思っていたのだが、スーツは本人がいないとサイズが分からない。時計は初めてデートをした時にプレゼントした。ネクタイはありふれている。

 彼女は自分ならではのなにかを探していた。海外有名ブランドのコーナーにきた。

 ベルトと靴を候補に考えた。プレゼントした時計は茶色の皮バンドだった。

 同じ色で時計、ベルト、靴を揃えるのはお洒落の基本である。翔馬にはもっと恰好よくなってほしい。靴のサイズは分かっている。彼女はクロコダイルのベルトと靴を選んだ。同じブランドのTシャツがあった

「左の袖に4桁の№があります。ご自分の記念になる数字を選べます」

 偶然だろうか。彼女のメルセデスの№の在庫があった。

 この3点を翔馬に贈る。日曜日が楽しみになった。


 俊介は他の部員とは別のコーチと二人だけの練習をした。他の1年生部員はすでに終了したメニューである。3か月の遅れを取返さなくてはならない。

「今日はホアーハンドの練習」

 先週習った親指と人差し指のVの字を真新しいラケットのグリップの右の角に合わせる。

 コートにしゃがんだコーチが5メートルほど先から俊介に向かって軽くふわりとした球をトスした。

 俊介は軽く打った。球はコーチの頭を超え、更にネットも超えてコートの外に消えた。他の1年生部員の笑い声が聞こえた。

 軽く振ったつもりであったが、テニスボールとはこんなに飛ぶものなのかと驚いた。

 2球目はもっと軽く振った。球はコーチの前にふらふらと飛んで転がった。

 大きかったり小さかったり、とにかく難しい。

「球はドライブをかけて打つ」ドライブとはなんの事やらさっぱり分からない。

「球をよく見て、自分の右に飛んできた球をラケットを下から上に擦るように打つ」

 いわれても、すぐにできる訳がない。籠の中の球を全部打ち終わって、コート一面に球が散らばっていた。

「すぐに球を集めてこい」コーチの声に籠をもって球を拾い始めた。

「なにしてる、もっと早く」これを5回繰り返した。


 冴子は6時頃からTシャツを着て俊介のテニスの練習が終わり、帰宅するのを待っていた。

 明るいうちに見せたかった。ブラインドは全開にしてガラスも全開にした。


 俊介が帰宅した。俊介の窓が開いた。冴子は自分が着ているTシャツと並べるように両手でTシャツをかざした。私と君はペアルックよとアピールした。

 左手にもったTシャツを、右手の人差し指で示すとその指を俊介に向けた。

 そして投げキスをした。

 俊介の鼻にあの車の中に流れた冴子の匂いがよみがえった。下着が濡れていた。


 今日は目と鼻も使って交信した。



















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