第14話 負け試合も勝利の快感 

 敦也は自分の組み立てたストーリーを何度も何度も壊し、組み立ててはまた壊す作業を続けた。あれ以来新しい写真は来なくなった。

 敦也は自分で冴子の行動を確かめられる方法として、エスパルスの日程表を見た。

 すると明治安田生命カップのエスパルス対FC東京戦が、味の素スタジアムで行われることになっていた。

 試合が行われるのは明後日である。チケットセンターに問い合わせると、チケットは2枚確保できた。

 冴子が喜んで敦也のデートの申し込みに応じるとすれば、これが最良の手段と考えた。


 冴子のメルセデスは敦也を助手席に乗せ、中央高速を走る。調布インターを降りると甲州街道になる。まもなく味の素スタジアムが見えてくる。

 東京スタジアムとも呼ばれるこの競技場は、父が送ってくれたチケットで来たことがあった。あの時も相手はFC東京だった。FC東京のフランチャイズであるから当然であるがアウエーの風をまともに受けた。あの時は翔馬に久しぶりに会った日でもあった。

 冴子は翔馬のことはなにも思いだすことも、考えることもなかったが敦也は違う。

 この競技場で確認したいことがあった。


 エールの交換が終わり、キックオフ。エスパルスは終始劣勢である。前半を終わり、2対0 でハーフタイムとなった。


「冴子、ちょっとのキーを貸してくれないか?」

「どうしたの?駐車場は遠いわよ」

「ちょっと忘れ物をした」


 冴子からキーを預かった敦也は駐車場へ向かった。敦也はエンジンをかけナビゲーションシステムを操作する。初めて座るメルセデスのナビはBMWとは違う。設定も冴子に合わせてある。敦也が知りたいのは履歴と登録である。


 先ずは登録先を見た。病院、区役所、美容院、他にも幾つかあったが敦也には関係がない。よかった、ホテルは無かった。横浜方面にも行った履歴はなかった。敦也はほっとした。 


 登録を見るとある住所の登録があったので、その住所を検索すると学校のマークがあった。ここに10回ほど行っている。ここには学校のほかに何があるのか分からない。友達の家かも知れない。

 冴子を疑っていた先程までとは違って、久しぶりにスッキリとした気分になった。

 冴子の行動を調べようとこんな手段を使ったことを謝りたくなった。

「冴子ごめん」と、心の中でわびた。


 後半戦が始まってもエスパルスは劣勢である。だが気持ちが軽くなった敦也は冴子とともに精一杯の声援を送った。結果は 4対0 の惨敗であった。

 冴子は残念そうだったが敦也は嬉しくてたまらない。

 ふたりは浜松町駅近くのホテルのレストランで食事をした。

 冴子にとっては残念会。敦也にとっては祝勝会であった。

 レストランの上階のホテルも当然予約されている。


 ホテルの位置はFC東京の親会社、東京ガス本社と、エスパルスの親会社鈴与東京支店の中間にある。ホテルの窓から両社のビルは見えないがベッドの上では両チームの代理ゲームのキックオフとなる。

 冴子は負けた悔しさを。敦也は勝利の感激を。ふたりは肉弾をぶつけあった。

 結果は 2対2 。たがいの健闘をたたえ長いキスのホイッスルで熱い戦いは終了し  

 た。

 冴子はホテルの窓から外を見た。東京タワーが目の前にみえた。その後ろの方向にマンションが位置する。目には見えないが少年に通信した。


  「今夜は遠くにいるの、ごねんね」

  「試合、残念だったね」


  今夜の冴子と少年の光通信は遠距離通信であった。

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